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gimmick─鏡の魔女と偶像の騎士─  作者: 秋谷イル
序章・天駆ける狂乱の女神

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欠けた記憶と始まりの記憶(3)

 コマギレとヘビィ・スモーカーはそれぞれの持ち場へ。リグレットは今なお甲板に残り風に当たり続けている。

 柔らかい夜気が肌に心地良い。この船の甲板では常にこのようなそよ風が吹き続けている。目には見えにくいが船体全部を強い気流が包んでいて上空を吹き抜ける強風などはその風の流れに阻まれ甲板までは侵入して来られない。気流の膜は敵の砲撃などを防ぐ役割も果たす。

 飛行帆船クレイジー・ミューズ号。かつてこの名はヤマトの兵士たちを震え上がらせた。海だけでなく空までも自在に駆けて普通の兵士たちには手の届かない空の上から攻撃を仕掛けてくる海賊船。そんなものに対抗できるのは偶像使いたちだけだったからである。

 その上、父ハザンの生み出した数多の偶像使いたちとの激闘をも勝ち抜いてこの船は生き残った。

 常勝不敗にして無敵の船クレイジー・ミューズ。この船がシケイ王女率いる反乱軍の象徴となったのは必然だったと言えよう。

 などと過去を振り返っていると、しばらく気を利かせて沈黙していたフリーダがまた話しかけてくる。

『おいコラ、アンタの偶像が勝手にメインマストに上ってきたぞ。なんとかしろ』

「知ってるでしょ。戦闘中でもない限りロクに言うことを聞かないのよ、あいつ」

 視線を持ち上げるとなるほど、一番大きな帆を張っている太くて長い柱の上にいつの間にやら偶像の姿がある。やはり今のリグレットと同じ姿になっているので、風にマントがはためき、下から見ると本当に鳥が飛んでいるかのようだ。

 一応、呼びかけてみる。

「鏡! 下りてきなさい!」

「……」

 完全に無視。やっぱり命令なんか聞かない。

 あれが従うのは戦闘の時くらい。あのように所有者の意志と関係無く勝手に作動する偶像兵器を自律行動型と呼ぶ。割と珍しいタイプ。

 ちなみに名前は付けていない。完全に自分と同じ姿なので下手に人間のような名など与えてしまうと余計な情を抱きかねない。だから七年間ずっと『鏡』とだけ呼び続けてきた。

 だが目の前でこう呼ぶと、フリーダは決まって苦言を呈す。

『やっぱり名前を付けてやらないからだよ。アンタだって、おい人間っなんて呼ばれても振り返らないだろ』

「必要無いわ。道具としての分類さえわかればそれでいいでしょ」

『情が薄くなっちまったね。昔のアンタなら』

「私は私」

 今はもうシケイでもシランでもない。ただ二人の記憶を持つだけの別の存在だと思っている。

 そうやって割り切らなければ、心の平衡を保てなくなる。まだ崩れて立ち止まるわけにはいかないのに。

『ったく、そういう強情なところだけ変わんないね』

 また肩を竦める船首像。慈愛に満ちた優しい微笑みを浮かべたままでプンスカ肩を怒らせている。ちょっと気味が悪い。

「あなたこそ、その像、表情くらい変えられるようにしたら? なんか噛み合ってなくて不気味なのよ」

『そんな仕掛けを組み込んだら造形が崩れちまうだろ。アタシゃこの顔が気に入ってんだ』

「ならいっそ甲板の真ん中にでも移動させなさい。毎回こうやって船首を向いて話すのも面倒」

 女神像は船首に据えるものだというこだわりがあるのだろうが、当人以外には迷惑な話だ。船員たちも内心辟易しているに違いない。

「だいいちあなた、頭脳部分は船の中にあるんでしょ? いちいちその像を使って話す必要ある?」

『無いね』

 あっさり認めたその言葉の直後、リグレットの背後で突如ベルが鳴り響いた。驚いて振り返った彼女は船縁に見覚えのある装置が設置されていることに気付く。

「まさかこれ……」

『ボタンを押しな』

 ああやっぱりと思いながら言われた通りボタンを押下。すると金属のフタが開いてこちらからもフリーダの声が流れ出した。

『三年ぶりに乗ったんだ、色々変わってて当然だろ。船首からしか話せないんじゃ不便だからね、当然こいつも改造済みさ。今じゃ船中にここから指示を飛ばせる』

「なるほど」

 伝声管自体は昔からあった。でも今はその数を増やし、さらに改造を施して彼女の声を隈無く行き届かせられるようにしたらしい。

「どこまで自分を改造する気?」

『技術は日進月歩だよ。向上心を捨てたらあっという間に置いていかれちまう』

「研究者らしい思考ね」

 女海賊フリーダは天才的な錬金術師でもある。この船が飛べるようになったのだって彼女の知識と技術力の賜物。出会ったばかりの頃は普通の帆船だった。

 そう、驚くべきことにこの船は偶像兵器ではない。神々の力に頼らず錬金術で空中航行を可能としたもの。

「日進月歩か……」

 頭上の月を仰ぐリグレット。いつも変わらず空にあるあれを見やると、ざわついた心が少し和らぐ。

 近頃は錬金術だけでなく、あらゆる物事が目まぐるしく変化していくように感じる。他の全てと異なり、自分だけは七年間ほとんど変化していないからだろう。

「私、本当ならもう二十四なのね」

『まだまだガキじゃないか』

 憎まれ口を叩くフリーダ。でもこれは彼女なりの慰め方だとシケイの記憶を持つリグレットにはわかる。

 もう一度メインマストの上を見ると『鏡』はまだぼんやり見張り台の上で海を眺めていた。元々そこにいる見張り番は居心地悪そうに小さくなって困り顔でこちらを見る。

「姫さん! なんとかしてくだせえ!」

「諦めて!」

 呼んだってどうせ降りてこない。気の済むまで――そもそも感情など無いだろうが、好きにさせておくだけ。

 フリーダの言う通りリグレットはまだ若い。でも他の女たちのように手鏡を持ったりはしない。なるべく自分の顔を見たくないから。

 変わらないのだ。どれだけ経っても成長しない。七年前のあの日あの『鏡』を生み出して以来、成長が止まった。いつまで経っても十七歳の自分のまま変化できない。

 心も、体も。

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