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(7)イケメン雲助、横チン補正、そして形而上学

 ホテルに無事チェックインした一行は、通された部屋のあまりのゴージャスさに


「凄いねー」とか


「さすが一泊35万円だけあるわね」とか


「こんなものまであるよ、見て! 見て!」


 とか驚嘆していましたが、具体的な部屋の様子についてはご想像にお任せします。


 それから一行は早速クアラルンプールの街に繰り出しました。


 ホテルを出ると直ぐに人力三輪車のイケメン雲助(くもすけ)(雲助とは客に高額料金を吹っ掛けて暴利をむさぼるタクシー等の運転手のことであーる)が近寄って来たのでツインタワーまでと言うと、


「ほにゃららリンギット(リンギットはマレーシアの通貨)」


 と言うので、相場が分からなかったネルは、とりあえず言い値の半額に値切ってみました。


 するとイケメン雲助は、

《いやいや、きっついですわー、そんなのお話しになりまへんがな》

といった感じの表情と大袈裟なジェスチャーを交えて、最初のほにゃららリンギットとネルの言った金額の中間の金額を

《お客さん、参りましたわ。ほなこれに負けときますわ》

的に告げて一行を人力三輪車の二人掛けの席に押し込んだのでした。


 ネルは、値切ることが出来たので、まあ、こんなものかと思って料金を前払いしました。


 イケメン雲助は人力三輪車を勢いよく出発させました。


 ネルと、ネルの肩に止まったすず子、そしてカブちゃんは人力三輪車の少し高い席から、後ろへ後ろへと過ぎ去っていくクアラルンプールの街を眺めました。


 クアラルンプールは熱帯雨林気候に属する街にしては小ざっぱりと整った表情を見せていました。


 ペトロナス・ツインタワーに到着して人力三輪車を降りると、現地のおっさんがイケメン雲助に近寄ってきて、

「セントレジスホテルまで、ほにゃりらリンギッドで行ける?」

と声を掛けてきました。


 丁度ネルたちが乗ったホテルまでです。


 しかもネルたちが払った金額の半分で行ってくれと言っています。


 そして驚いたことにイケメン雲助は

「オーケーですわ」

と当たり前のように答えるではありませんか。


 ネルたちはやっぱり()()()()いたのです。


 腹が立ったカブちゃんは鎧兜をゆすってイケメン雲助ににじり寄りました。


 しかし兜から覗く顔は少女のそれでしたのでイケメン雲助は全くビビりませんでした。


 ネルも文句を言ってやろうかと思いましたが、言ってどうなるものでもないと思い直し、カブちゃんの背中を押して黙ってその場を去りました。


 しかし、帰りはさっきおっさんが言った金額以上はびた一文(いちもん)も余計には払わないぞと心に決めました。


 ペトロナス・ツインタワーはナスというよりも雨後(うご)のタケノコみたいに見えました。


 展望台は3000円もするのでパスし、ショッピングモールをウインドショッピングしてシーフード・バイキングのお店でディナーを満喫しました。


 カブちゃんはカニの甲羅のミソが気に入って食べ過ぎてしまいました。(その晩皆が寝静まった頃、カブちゃんがトイレに(こも)って緩んだお腹と格闘していたことは誰も知りません)


 さて、とうとうホテルへ帰る時間が来ました。


 絶対に負けられない戦いが待っています。


 ペトロナス・ツインタワーの前にずらりと並んで客待ちをしている人力三輪車の前にネルたちは腕を組んですっくと立ちました。


 ネルは眉間(みけん)に皺を寄せて厳しい視線を対峙(たいじ)している人力たちに投げ掛けます。


 カブちゃんも絶対に舐められないぞと気持ちを強く持って義元左文字の柄に手を掛けました。


 ネルの肩に止まっているすず子も真剣な表情で前を見詰めているようでしたが、正直すずめの表情は良く分かりませんでした、と記述しなければ、筆者は善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)違反(いはん)のそしりを免れ得ないことになるでしょう。


 夕闇迫る熱帯の空に黒い雲が沸き起こりました。


 湿った風が邪悪なスコールの到来を予感させます。


 対する人力たちは人力たちで

「このアマからなら、どれだけ搾り取れるだろうか?」

とネルたちを値踏みしています。


 早速ネルたちに近寄ってくる人力がいます。


 ビジュ良しスタイル良しで格闘家みたいなオーラが漂っています。


 (なめ)したような小麦色の肌、薄い皮下脂肪の下で上腕二頭筋(じょうわんにとうきん)が盛り上がり、首の胸鎖乳突(きょうさにゅうとつ)(きん)(たくま)しく浮き出ています。


 ネルは

「うっわ、めちゃカッコ良い」

(なび)きそうになります。


 格闘家風人力がスパッツに手を伸ばして横チン補正(よこちんほせい)をすると、竜骨(りゅうこつ)がスパッツの薄い生地を通してその形状を露わにします。


 トレイにパック詰めされた立派な松茸を思い浮かべて頂ければ良いと思います。


 何故かその補正動作の一部始終をつぶさに観察していたネルは思わず格闘家風人力の分厚い胸板に飛び込んでしまいたいという欲望にかられましたが

「ビジュが良いって云ったって、目鼻の配置がたまたま黄金比に(のっと)って配置されてるだけのことじゃない。惑わされてはだめよ!」

と何とか自制心を働かせることが出来ました。


 そして、格闘家風人力の引力から逃れて、鶏ガラみたいに痩せて真っ黒に日焼けした初老の人力に向き直ると

「セントレジスホテルまで、ほにゃりらリンギットで」ときっぱり告げました。


 初老の人力は頷くとネルたちを(うやうや)しく人力三輪車に乗せました。


 ネルは値段の交渉がすんなりいってしまったので、読者同様ちょっと拍子抜けでした。


 翌日の朝、いよいよ一行はタマンネガラを目指します。


 ここで、タマンネガラについて説明しておきましょう。(うぃきからの抜粋です)


 タマンネガラ国立公園は、マレーシアにある総面積4343平方キロメートルの国立公園である。

 マレー半島中部に位置し、1.3億年前から続くとされる世界最古の熱帯雨林や同半島の最高地点であるタハン山(2187メートル)が含まれる。

 タマンネガラはマレートラやマレーバク、アジアゾウ、スマトラサイ、カニクイザル、ガウル等の貴重な哺乳類の生息地である。

 他にサイチョウ、セイラン、セキショクヤケイ、エボシクジャク等の鳥類も見られる。

 また、約300万種の昆虫などが生息する。

 タハン河上流のクアラタハンはタハン山登山の出発地点として用いられている。


 さて、ネル、すず子、カブちゃんの一行は、まずバスでクアラテンべリンという町を目指します。


 一行を乗せた大型バスは、最初は高速道路、途中からは(ほこり)っぽい街道をひたすら走って行きました。


 途中大雑把(おおざっぱ)な古いコンクリートの箱みたいな店舗、すなわち金物屋やら大衆食堂やら自動車整備工場やら床屋やら何のお店なのか分からないお店やら、が(のき)を並べている町をいくつも通り過ぎました。


 朝に出発したバスがクアラテンべリンに到着したのはお昼ちょっと前位でした。


 灼熱(しゃくねつ)の太陽は真上から照り付けているように感じられます。


 赤道に近い場所ですからね。


 クアラテンべリンからタマンネガラのジャングルの入り口であるクアラタハンまではボートに乗ってタハン河を(さかのぼ)って行きます。


 ボートの出航する時間までまだ間があったので、一行は河を見下ろす食堂のウッドデッキで米粉(べいふん)ヌードルを食べることにしました。


 器の縁は油でべとべとでしたが、パクチーや塩干魚や豆板醤みたいなものが入ったヌードルは予想以上に美味しく、塩味のスープをネルもカブちゃんも一滴も残さず飲み干してしまいました。


 すず子は身体の小さなすずめなので、ヌードルの切れ端を何切れか貰っただけでお腹一杯でした。


 カブちゃんはお代わりを2回しましたが、今度は幸いにもお腹が緩むことはありませんでした。


 ネルは大きな樹の木陰のウッドデッキで食後のチャイを飲みながら、ゆったりと流れている河をぼんやり眺めていると、ウトウトと良い気持になってきました。


 食堂や船着き場の周りにいる現地の人たちは仕事の途中で休んでいるのか、日がな一日そうしてグダグダしているだけなのか分からない様な人ばかりでした。


 いつもせかせかと忙しそうにしている日本人がネルにはちょっと可哀そうに思えました。


 ネルがそんな風に思っているのを察したのか、すず子が眠たげな声で言いました。


「これも幸せの一つの形なのかもね」


「うん、世の中には私の知らない、あるいは理解出来ない価値観で幸せに暮らしている人が一杯いるのかもしれないなー」


 ネルは試しにそんなことを言ってみました。


 ネルの言葉もすず子の言葉も、穏やかに河面(かわも)を吹き抜けてゆく風に乗ってあっという間にどこかへ行ってしまいました。


 周りの自然と人間たちの圧倒的ゆったり感を前にして、言葉は正に吹けば飛ぶような重みしか持ち得ませんでした。


 お代わりをしてお腹一杯のカブちゃんは、形而下学(けいじかがく)形而上(けいじじょうがく)学を瞬殺したことなど知る(よし)もなく、テーブルに突っ伏して熟睡モードに入っていました。


【つづく】

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