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(17)野糞、スカトロ大佐、そして大便大使

「ボクは毎朝ウンチする度に、この中に管理人がいるんじゃないかって探しちゃうんだ」

カブちゃんがジャングルの道無き道を義元左文字で切り払って進みながら言いました。

「私も毎朝」

 すず子がカブちゃんに続いて口を開きます。

「起きると管理人さんがひょっこり現れるじゃないかって思っちゃうの」

 他の皆は、すず子が「私も毎朝」と言い始めた瞬間、続いて「ウンチする度に」という言葉がその可愛い口から発せられると思ってギクリとしましたが、そうではなかったのでほっとしました。

「居なくなってみると良い人だったなって思うわね」

 深田恭子似がレザーのピチピチ衣装に絡みついてくるツタ植物を振り解きながら言いました。

「村の人も喜んでたわね。あの後、お祭り騒ぎになっちゃって私たちちょっと長居し過ぎちゃったかしら」

 ネルが木の枝を払い除けながら言いました。

「ところでネルのおじいさんはどこにいるんだろう?」

 二代目暴走船頭が靴の甲にくっついたヒルをもう片方の靴の爪先で振り払って言いました。

「本当にこんなジャングルの奥地にいるのにゃろめ?」

 ウーパーさんが目のない顔で辺りを見回しました。

 その時です。大きな樹の上からテナガザルが声を掛けて来ました。

「やあ、日本人かい?」

「ええ」ネルが答えました。

「オレ、日本人の友達がいるんだぜ」テナガザルが言います。

「えっ、そうなの?」

「ああ、このジャングルのずっと奥の方でさ、ホモ・エレクトスの生き残りを探している不思議な人さ」

「あっ、それ私のおじいちゃんよ。あなた、おじいちゃんが今、どこにいるか分かる? 私どうしても会いたいの」

「ああ、知ってるよ。丁度オレも久し振りに会いたいと思ってたところさ。付いておいで」

 テナガザルのガザルは長い四本の手足としっぽを器用に操って、ブランコの様に高い樹の枝を伝い始めました。

 ネルたちはガザルに先導されて、ジャングルを進みました。

 ジャングルは不思議な生き物たちで満ち溢れていました。

 枝に擬態した巨大ナナフシや手のひらを広げた位の大きさがある毛むくじゃらの巨大タランチュラ、鉛筆位の細さの緑色の蛇がいるかと思うと逆にフランクフルト位太い赤と茶色のまだらのゲジゲジがいたりします。

 つのを三つ持ったオオカブトを見付けて、元々カブト虫であったカブちゃんはちょっとバトルモードに入り掛けましたが、なんとか自らを抑制することが出来ました。

 世界最大の花と言われているラフレシアンや大きな壺をぶら下げた食虫植物なんかも普通にその辺にあるので、ネルは《私、夢でも見てるんじゃないかしら?》と思わずにはいられませんでした。

 小さな泉の周りでトリバネアゲハという青い光沢のある羽根を持った蝶が群舞している光景には、ネルでなくとも現実とは思えませんでした。

 ネルたちはお腹が空くと、その辺に生えている野生のバナナやイチジクなんかを食べました。

 そんな風にしてネルたちは豊かなジャングルを奥へ奥へと進みました。


 大きな滝がありました。滝壺の周りで休憩を取ることにしました。

「ネル! ネルじゃないか!」

 皆から少し離れたところで休んでいたネルは、後ろから声を掛けられてひっくり返りそうになる程驚きました。

 そこに立っていたのは、全身に泥を塗りたくった半裸の、というかほぼ全裸のおじいちゃんだったのです。腰に木の筒みたいなものを紐で括り付けているだけでした。

 つまり、おじいちゃんがそこに居たということ以上に、その姿に驚いたと言っても過言ではないでしょう。

「おじいちゃん!」ネルは叫びました。

「ネル、どうしてここに?!」おじいちゃんはネルよりもっと驚いています。

「話せば長くなるけれど。おじいちゃんは元気なの?」ネルは言いました。

「ワシは元気じゃよ」

 おじいちゃんは、そう言いながら、ドロンジョのボンデージ衣装を着てM字開脚で座っていた深田恭子似をガン見していました。

 腰にぶら下がっていた木の筒が、みるみるうちに正午の方向を指しました。確かに相変わらず元気なようです。

「おじいちゃん、『誰でも上手に弾ける魔法のベース』まだ持ってる?」

 ネルは早速ここまで来た目的であるところのことを尋ねました。

「あー、あれか。あれはトゥエンティーワン・パイナポーペンというタイのバンドに新しく加入したベーシストにあげてしまったよ」ガン見は外さずにおじいちゃんが答えます。

「えー、そうなのー、ショックー。私、それを借りにここまで来たのに」ネルは落胆の色を隠せません。

「どうしてまた、そんなものが欲しかったのじゃね?」

 丁度その時、鎧兜を脱いで、Tシャツと短パン姿で水浴びしていたカブちゃんが滝壺から上がってきました。

 やはり歳には勝てないのか、M字開脚の効力が早くも薄れてきていた木の筒が、再びテッペンを指しました。

「うちの家族でバンドを組もうとしているんだけど、楽器初心者のお父さんがどうしてもベースを上手く弾けるようにならないので、魔法のベースの力を借りたいなって思ったんだ」

「そうか、しかし圭君(ネルのお父さんのこと)に『誰でも上手に弾ける魔法のベース』をあげても上手くはならなかったじゃろな」

 カブちゃんの濡れて身体にぴったり張り付いたTシャツに魂を抜かれながらおじいちゃんが答えました。

「それって、お父さんを軽くディスってる?」

「いやいや、そういうことじゃなくって、あのベースにそんな魔力なんてそもそも備わって無かったということなんじゃよ」

「えっ、と云うと?」

「うん、あれはワシが『カブちゃんズ』というバンドの天才ベーシスト、レノン・マッカッカトニーニから『誰でも上手に弾ける魔法のベース』だよ、と言われて貰った物で、実際ワシもそれで上手くなったんじゃが、実はそんな魔法の力があった訳ではなくて、そういうベースを弾いているという思い込みで上手くなっただけだったんじゃよ。

 ワシはそれを後から聞かされたんじゃ。言ってみればプラシーボ効果のようなものじゃな」

 滝壺から上がって鎧兜を装着していたカブちゃんは、おじいちゃんの「カブちゃんズ」という言葉が耳に入って

「えっ、今なんかボクのこと言った?」と声を掛けてきました。

 見るとネルがほぼ全裸姿の男性と話しているではありませんか。

 ネルはカブちゃんに向かって

「いえ、カブちゃんのことを話していたんじゃないの。これ、私のおじいちゃんよ! 会えたのよ!」

 と叫びました。

「あっ、おじいちゃんですか。ボク、カブちゃんって言います。宜しくお願いします」

 カブちゃんはおじいちゃんに向かって叫びました。

「カブちゃんかね。宜しく」

 おじいちゃんはそう言いながら、美しい少女だと思っていたカブちゃんが男の子の声で「ボク」と言うのを聞いて混乱してしまいました。

 テッペンを指していた木の筒はショックで一気に6時を力なく指しました。

 神経質でデリケートな所もあるおじいちゃんは、過去にもちょっとしたことが気になって、大事な時に役に立たないということが度々あったのでした。

「それで話の続きじゃが、ある程度ベースが弾ける人で無いと、さすがに思い込みだけで上手くなることはないのじゃよ。だから初心者の圭君には効果が無いと言ったんじゃ」

 その時ジャングルに少し入った樹の陰で野糞をしていたすず子が戻って来ました。

 可憐な少女に「野糞」などというデリカシーの欠片もない言葉を使って、失礼じゃない! と思われる読者の方もいるかもしれませんが、野糞は野糞であってどこまで行っても野糞である訳なので、これは致し方の無い事であります。

 試しに他に何か良い言い換えの言葉が見つかるかもしれないと思い、広辞苑第五版をひっくり返してみたところ《【野糞】:野外で糞をすること。また、その糞》となっており、他に綺麗な言い回しがある訳ではないということが判明したのでした。

 やっぱり、野糞は野糞なのです。

 で、自分の野糞のことが読者の間で侃侃諤諤かんかんがくがくの議論を巻き起こしていたことなど知る由もないすず子が、何食わぬ顔で藪から現れた時、おじいちゃんのロリコンセンサーがピンと反応しました。

 6時を指していた木の筒は三度みたび12時を指しました。

 野糞直後それもブットイという特殊事情がすず子の表情に官能の色を帯びさせていたのかもしれません。

 (映画化の際にこのシーンのバックに流す音楽はモーツァルト交響曲第42番「脱糞」ヘ長調 K.720など如何でしょうか。そうです、チューバが舞台裏で「ブリッブリッブリブリブリブリ」とリアルな脱糞音を奏でるあの有名な曲です)

「で、圭君にアドバイスが一つあるのじゃが、ワシが言いたいのは『考えるな、感じろ!』ということじゃよ。

 勿論基礎練習は積まなきゃならないけれど、大事なのは演奏する時に他の楽器の音やリズムにしっかり耳を傾けるということなのじゃよ。

 ただ自分のパートだけ楽譜通りに弾けば良いと思っていたのでは、音楽など生まれんのじゃ。

 他の楽器の音をしっかり「感じる」ことが出来れば、自ずとベースが歌い出すのじゃ。

 そして、そのベースの音を感じた他の楽器たちも、当然それに触発されて、そこにまた生きた音楽が生まれるのじゃ。

 それこそが音楽の醍醐味というものじゃよ。

 そしてもっと言えばライブではそこに観客のリアクションというものが加わってくるのじゃ。

 観客だって音楽を奏でている一員だし、そのことを意識してライブに臨むべきじゃね」

「分かったわ、おじいちゃん。今言ったことお父さんに伝えるね」

「っじゃ、とりま、ウチおいでよ。ワンルームで狭いけど」

 おじいちゃんが気軽に言うので、ここがジャングルであることを忘れて、マンションにでも連れて行かれるのかとネルは思ってしまいました。

 因みに「とりま」とは「とりあえず、まぁ」のギャル語です。

 一行六人とガザルが連れて行かれたのは、ピンク色をした岩壁の下の穴でした。

 穴はずらりと10個程も並んでいて、マンションを想像したのも、あながち間違いでは無かったな、とネルは思いました。

 穴だけに。


 おじいちゃんが一つの穴に入って行こうとすると、隣の穴から、おじいちゃんと同じような恰好をした男の人が出てきたので、ネルたちは卒倒しそうになるほど驚きました。

 男の人の肩には鷲が、足元には蛇がいます。

「あっ、ツァラトゥストラさん、こんにちは。今日はちょっと蒸しますね」

 おじいちゃんが当たり前のように挨拶をします。

「こんにちは。おや、今日はえらいにぎやかでまんねんな」隣人が微笑みます。

「はい、孫が尋ねて来たもので」

「それは、よろしゅーおますな。ワテはこれからちょっと足を延ばしてスカトロ大佐の所

まで行ってきますわ」

「あ、あのガルシア・マスカラスさんが『1973万光年の孤独』の中で描いてらした方

ですよね」

「そーでおます。キューバから亡命して来てこの辺りでバナナのプランテーション農園を

始めようと画策しなさっておまします。

 でも最近は最低賃金が上がってしまいよるもので、奴隷制でも導入しないと無理かもなんて嘆いておましましたまんねんかんねんですわ」

「はー、やっぱり経営者は目先の手形の返済期日のことにまで気を配らなきゃいけないの

で、物事を微視的に見てらっしゃる。さすがですね」

「それに、国際的な化学肥料の高騰で、時代の流れに逆行して有機農法を取り入れよるら

しいですわ。

 東洋一の巨大肥溜め施設を建設するんだって張り切っておましましたまんねんかんねんここどこねんですわ」

「すると、私らちょっと行ってひり出したら小遣い程度稼げるかもしれませんね?」

「そーどす。

 農園で採れたバナナを食べさせて日に何回もひり出させるブロイラー人間施設も併設されるちゅう話でおます。

 そこのケージに入ってしまえばスマホなんかも無料で支給されてあらゆるエンターテインメントが終生見放題、一生安泰、極楽浄土ってことになりますまんねんかんねんここどこねんけつのまわりはしわだらけしわのあいだはくそだらけですわ」

「ユーチューバーになんかなって他人の目ばっかり気にしているより、自分の世界に没入

出来て、そっちの方がよっぽど魅力的ですね」

「ほんま、そーどすな。ではおおきに」

 隣人はそう言って軽く会釈をすると鷲と蛇を連れてジャングルの中にスタスタ入っていきました。


(ところで、せっかくここまで読んで来たのに、いやに大便系の話を突き付けられるなとお嘆きの貴兄に、一言釈明いたしますと、決して大便業界のアンバサダー通称「大便大使」の座に就こうなどと云う「大それた」野望がある訳ではないのであります。水が低きに流れるがごとく意図せず大便に行きついてしまうのです。ご容赦お願い申し上げます)


 さて、おじいちゃんの住んでいる穴ですが、広さは30平米程で、確かにワンルームマンションのようでありました。

「ところで、お母さんとココは元気なのかい?」おじいちゃんが尋ねました。

「元気だよ。お母さんは家族のバンドではギターとメインボーカル、ココはキーボード、私はドラムなの。ココと私は歌も歌うよ。みんな練習頑張って大分上手くなったんだよ。あとはお父さんさえベースが弾けるようになってくれればね。どこか小さなライブハウスで良いからステージに立ちたいんだ」

 ネルが言いました。

 お母さんが昔やっていたバンドのツアーに同行して、もう一年も家に帰って来ていないことは話さずにおきました。自分の気持ちをどう整理して伝えたら良いか分からなかったからです。

「どんな曲やってるの?」おじいちゃんが聞きます。

「オリジナル曲だよ。作詞作曲はお母さんの担当。ココも『鬼ごっこ』っていう曲の歌詞を書いたし、私は『子ども扱いしないでよ』っていうアナーキーなパンク調の歌詞を書いたんだよ。書いたのは小6の時だけど。そしてお母さんが曲を付けてくれたんだ」

「ほー、それは是非聴きたいものだね」

「えっ、じゃあアカペラでちょと歌っちゃおうかな」

「是非是非」おじいちゃんは手を叩きました。

 それでネルは『子ども扱いしないでよ』を歌い始めました。 


 12歳の誕生日の夜

 私はもう子供を演じるのをやめた

 ランドセルだってゴミ箱にぶちこんでやった

 金属が付いてるから可燃ごみじゃないと思うけど 

 そんなこと 知ったこっちゃない

 

 あれをするな これをするな

 学校の先生は言うけれど

 私は私のやりたいようにやる

 教科書だってゴミ箱にぶちこんでやった

 他の古本と一緒に紐で縛って資源ごみとして出すべきなんだろうけど

 そんなこと 知ったこっちゃない


 12歳だって18歳の成人と違う所なんて一つもない

 だってそうでしょ?

 18歳になったからって急に何が変わるっていうの?

 大人と子供の区別なんて

 頭の固いおバカさんの考えたこと

 私は私の気持ちに素直に従って生きるんだ

 子供だからって枠に嵌めないで

 キティーちゃんのTシャツだってゴミ箱にぶちこんでやった

 可燃ごみで出すと有料の袋に入れなきゃならないけど資源ごみの日に古着と書いた紙を袋に貼って出せば半年に一回管理人さんが苦労して作成した管理組合名義の申請書のおかげで市から補助金が降りるんだろうけど

 そんなこと 知ったこっちゃない


「ネル、凄く良い曲だよ!アナーキーじゃよ!さすがワシの孫だけある」おじいちゃんが手を叩いて喜びました。

 すず子も「凄い!凄い!」と言いながら手を叩きました。

 カブちゃんも「凄いよ!」と手を叩きながら言いました。

 二代目暴走船頭も「凄いなー」と言って手を叩きました。

 以下省略。

「ココが作詞した『鬼ごっこ』っていうのはどんな曲なんだい?」おじいちゃんが興味津々で尋ねます。

「ラップ調の曲なんだけど、歌おうか?」

「是非」

 それでネルはダウンのリズムでヒップホップっぽく踊りながら歌い始めました。


 ランドセルを玄関の中に放り投げて

 三角公園で待ち合わせ

 遊具の上で二人はお待ちかね

 食べているのはおせんべいかね?

 さっちんがグーを出す

 まちょぴもグーを出す

 ウチはチョキ

 そう チョキ チョキ チョキ

 切ってやりたいさっちんの長い髪の毛

 

 さっちんが逃げる

 まちょぴも逃げる

 ウチは鬼

 風を切って追い駆ける

 人生は鬼ごっこ

 追い駆けて

 追い駆けて

 でも いつまで経っても捕まらない 

 いつまで経っても捕まらない


 ネルが歌い終わった時、歌を聴きつけて集まってきた隣人たちで洞穴の中はぎゅうぎゅう詰めになっていました。みんな拍手をしています。

「凄く良いよ。しかし、ココが『人生は鬼ごっこ』なんて大人びたこと言うとは驚きだね。

 幼稚園の運動会で駆けっこの時、走りながらワシら家族にニコニコして手を振るものだから、いいから前向いてちゃんと走って! ってヤキモキしたのがつい昨日のように思えるのじゃが」

 おじいちゃんが懐かしそうに言いました。

「ところでおじいちゃん、この隣人の人たちはどうしてこんなジャングルの奥で暮らしているの?」

 ネルがおじいちゃんと同じように泥を体中に塗りたくって、色んなサイン・コサイン・タンジェントの木筒を付けた原始人風の隣人たちを訝しそうに見ながら言いました。

「もしかして、この人たちは、おじいちゃんが探しているホモ・エレクトスの生き残りなの?」

「いや」おじいちゃんは首を横に振りました。

「じゃあホモ・ネアンデルターレンシス?」

「いや」

「ホモ・フローレシエンス?」

「いや、ただのホモじゃよ」

「ただのホモ?」

 ネルは驚いて周りを見ると、確かに寄り添って木筒を握り合っている隣人がいます。

「まさか、おじいちゃんも?」ネルはびっくりしておじいちゃんを見つめました。

「いや、ワシはこの近くにある女人専用洞穴群の方に住みたかったんじゃが、男子禁制の規則が厳しくてな。木筒組はこっちにしか住めないのじゃよ」

「この人たちが伝説のオランウータン人間なのかな?」

「違う。元々はクアラタハンのキャンプ場にいたバックパッカーじゃよ」

「どうして土人(差別用語なので最近は使いません)みたいな格好してるの?」

「その方が雰囲気が出るじゃろ。みんな文明社会に嫌気が差してジャングルに住むようになったんじゃ。洋服を脱ぎ捨てることで文明社会のくびき(自由を束縛するもの)からも解放されるのじゃ」

「ここには幸せがあるのかな?」ネルは聞いてみました。

「さあ、どうだろうね。少なくともワシはここでの生活が好きじゃよ。

 もう、幸せとは何ぞや? とか、自分はこれで幸せなのか? とか、そういった問い自体をしなくなったね。

 毎日果物とか野生のキャッサバとかを探したり、鳥やイノシシなんかを罠で捕らえたりするのに忙しいしね。

 それに「幸せ」なるものが人生の最終目標でもあるまい。

 ワシは我々ホモ・サピエンスに絶滅させられずにいるホモ・エレクトスの生き残りを探すことで生き生きと生きておるね。

 それを幸せと言うのかもしれんが。はっはっはっ!」

 おじいちゃんの瞳は少年の様にキラキラと輝いていました。

 ネルはお母さんのことを思いました。

 《きっと、今頃お母さんも世界のどこかで音楽をやりながらキラキラしているに違いない。

 それが一番お母さんらしい生き方なんだろう。それを尊重してあげたい気持ちもある。

 でも、お母さんがいないのは寂し過ぎる。

 私のことより音楽、そしてもしかすると一緒にいる男のことの方が大事なの? とか思うと悲しいし、怒りさえ込み上げてくる。

 お母さん、どうして帰って来てくれないの? 

 早く帰って来て。

 そして、家族バンドでステージに立とうよ。

 お母さん、早く帰って来て》


【つづく】


 



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