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(15)亀甲縛り、蛇玉、そしてドリンクチケット

 さて、翌日です。

 高床式住居の前に一本の丸太が立てられ、そこに白い絹の衣装を着た高床式少女(仮)が亀甲縛きっこうしばりでくくり付けられています。

 周りには色とりどりの果物が捧げ物としてうず高く積み上げられています。

 村人たちが悲痛な面持ちでその周りに陣取っています。

 七人の侍たちは真剣な眼差しをジャングルに向けています。

 いつもは騒がしいジャングルの鳥や獣や虫たちも、異変を感じてか、恐ろしいほど静まり返っています。

 一陣の風が吹いて村の赤土を舞い上げました。

 村人たちが、太鼓を「ドン、チャッ、チャッ、チャッ、ドン、チャッ、チャッ、チャッ」と叩き始めました。

 ジャングルの奥からメリメリメリと樹の倒れる音が響いてきました。

 そしてそれは、次第に近づいて来ます。

 高床式少女(仮)がその憂いを帯びた瞳をジャングルに向けました。

 大木を押し倒して、とうとう大蛇オロチがその巨大な姿を現しました。

 思わず身じろぎする高床式少女(仮)の身体に縄がぎりぎりと食い込みます。

 大蛇オロチは高床式少女(仮)を見ると口の隙間から先が二つに分かれた舌をピョロロと出して舌なめずりをしました。

「ドン、チャッ、チャッ、チャッ、ドン、チャッ、チャッ、チャッ」

 太鼓の音がいよいよ大きくなりました。村人たちは両手を前に出してひれ伏しています。

 大蛇オロチがその洞穴ほどもある大きな口を開けて、高床式少女(仮)をひと呑みにしようとしました。

 その瞬間です。

「あら、大蛇オロチさん、いらっしゃい!」

 深田恭子似がウインクをしてドロンジョ様風ボンデージ衣装からはみ出さんばかりの豊満な胸を揺すり、胸の谷間を強調しました。

 さすがの大蛇オロチも胸の谷間にはイチコロでした。

 大蛇オロチは高床式少女(仮)に伸ばしていた首を深田恭子似に向けます。

 その時、カブちゃんが大蛇オロチの首に義元左文字を振り下ろしたのです。

 ガチッ!

 しかし、大蛇オロチうろこは義元左文字の刃をね付けました。

「ワイの出番だぎゃー」

 ウーパーさんがその怪力で大蛇オロチの身体を締め付けました。

 しかし、大蛇オロチが身体をブルッと震わせるとウーパーさんは吹っ飛ばされてしまいました。

「これでも喰らえです!」

 すず子が錫杖をシャンシャンと地面に突くと大蛇オロチは空高く舞い上がりました。

 そして、地面に物凄い地響きと共に叩き付けられました。

 しかし、大蛇オロチはケロッとしています。

 すかさず二代目暴走船頭がエンジン・スクリューを高速回転させて大蛇オロチの身体に突き刺しました。

「ターボ全開!」

 しかし、エンジン・スクリューは鱗に触れた途端に木っ端微塵(こっぱみじん)に砕け散りました。

「鬼さんこちら!」

 ネルが白いワンピースの裾をひらひらさせながら走り出しました。

 あおられた大蛇オロチがネルに食い付こうとして後を追います。

 ネルは高床式住居の支柱の間を縫うように走り回りました。

 大蛇オロチはネルを追い回しているうちに、その長い身体が支柱に複雑に巻き付いてしまいました。

「さあ、鬼さんどうぞ私を食べてごらんなさい」

 ネルが立ち止まり、大蛇オロチの目の前にすっくと仁王立ちになりました。

 大蛇オロチは今度こそとばかりに思いっ切りネルに飛び掛かりました。

 大蛇オロチの身体が丁度ロープの結び目を結ぶようにキューと縛られました。

 大蛇オロチは高床式住居の支柱に硬く結び目を作って身動きが取れなくなってしまいました。

「よし、今だ!」

 村人たちがなたやら槍やら山刀さんとうやらを手にして一斉にオロチに襲い掛かりました。

 まるで蟻が群がるように大蛇オロチの長い全身に全村人が全身全霊の総攻撃を仕掛けたのです。

 しかし、大蛇オロチはそんな攻撃にも全然「への河童」で、スルスルと結び目を解くと、また生贄の高床式少女(仮)に狙いを定めました。

「やはり、大蛇オロチを退治するには大蛇オロチの胃の中にある蛇玉へびだまを取ってくるしかないのか」

 村の長老ががっくりと肩を落としました。

「蛇玉?」それを聞き付けた管理人が素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げました。

「そうじゃ、蛇玉を胃から取ってくれば大蛇オロチは死ぬと言われておるのじゃ。

 しかし大蛇オロチの胃の中はもの凄く強い酸性で近付くことさえ出来ないということじゃ。

 今まで誰もそんな無謀なことをしたものはオランウータンなのじゃ」

 長老は十八番おはこのダジャレが決まったことに内心(えつ)りながら、悲痛にうなだれました。

「俺、取りに行くよ!」

 二代目暴走船頭が手を挙げて一歩前に進み出ました。

「いや、私が行くわ!」

 深田恭子似も勢い良く手を挙げて一歩前に進み出ました。

「いやいや、私が行きますよ!」

 管理人が慌てて手を上げ、一歩前に進み出ました。

「どうぞ、どうぞ」二人が言いました。

「? ! ? ! ? !」

 特に何も考えずに行動した管理人はとんでもない重責を背負い込んでいる自分を発見しておののきました。

 と同時に、全身に力がみなぎってくるのを感じたのです。

《よし、私が少女を、そして村を救うんだ!》

 自分の欲望に従って行動する時と違って、何の迷いもありません。

「身体が溶けるほど胃の中に長居するつもりはありませんから大丈夫です」


 管理人は身をひるがえして、大蛇オロチの口の中に飛び込みました。

 口蓋こうがいの広い空間を抜けると喉は狭くなっていてやや頭を低くしないと走れないので「早く、喉終わってくれ!」と思いましたが、さすがに巨大な蛇だけあっていつまで経っても喉なので、管理人は「敵ながらあっぱれ!」と思わずにはいられませんでした。

 そのうちに靴が溶け始めたので、ようやく胃に到着したのかと思いましたが、大蛇オロチが逆流性食道炎をわずらっていただけで、まだやっぱり喉でした。

 胃の方からは物凄く臭い匂いが吹いてきて管理人は気を失いそうになりましたが、必死に足をもがいていると何とか胃に到達することが出来ました。

 胃はとても弾力があり、ちょっとトランポリンみたいで、下手へたをするとボヨ~ン、ボヨ~ンとジャンプして遊びほうけけてしまう危険がありましたが「ここは童心に帰っている場合ではないぞ自分!」と自分に言い聞かせて先に進みました。

 そのうちに全身に降り注ぐ胃液が管理人の身体を少しずつ溶かし始めました。

 しかし、胃も結構な長さがあり「敵ながらあっぱれ!」と感心しそうになりましたが「感心している場合じゃないぞ、自分!」と自分を叱咤激励して先に進みました。

 そしてとうとう蛇玉が虹色に輝いているのを発見しました。

 占い師が使う水晶玉位の大きさでした。

「もしかすると過去に水晶玉ごと占い師を飲み込んだ可能性があるぞ!」と思いそうになりましたが「そんな事実かどうかいくら考えても分からないようなことを推測している場合じゃないぞ、自分!」と自分に言い聞かせて蛇玉を抱えると、また元来た道を戻り始めました。

 足首から下が胃液で溶け始めていました。

 するとマグマシェルターのライブの受付で貰って無くさないように大事に靴下の中に仕舞っておいたドリンクチケットがポロッと出てきました。

「あー、ドリンクチケット使うの忘れてたー!」と、地団駄踏んで悔しがりましたが「そんな小さなことでクヨクヨしている場合じゃないぞ、自分!」と自分をさとしてまた走り出しました。

 すねの半分はもう溶けてしまって中から白い骨が出ているので走り辛いことこの上なかった管理人は「走り辛いことこの上ねーな!」と思いそうになりましたが「そんなこと考えてる場合じゃないぞ、自分!」と自分を鼓舞して蛇玉を落とさないように必死に腕と胸の間に抱えて走りました。

 というのもその頃にはもう手のひらも溶けてしまっていたからです。

 当然髪の毛なんかも溶けて薄くなっています。

 あ、これは最初からでした。

 やっと、胃の部分を抜けた頃には膝から下、肘から先、耳、鼻、顎などはもう溶けてしまっていて、溶けた肉が体中に垂れ下がっている様は、あたかも糞尿を頭から被っている様にも見えました。

 しかし、この先も、胃液が逆流している食道が待っているのです。

「とにかく、蛇玉を持って外に出なければ、そして村を、何より生贄の高床式少女(仮)を救わなければ!」

 管理人はそのことだけを考えていました。

 足や手が溶けてしまうことなど、もうどうでも良かったのです。

 今や管理人は立って走ることもままならず、匍匐前進ほふくぜんしんをしています。

 管理人は喉に焼けるような渇きを覚えました。

「水が、水が欲しい」

 すると、そこに泉がありました。

 冷たい水を口に含むと、何故か今までの人生のあれやこれやのシーンが走馬灯のように頭蓋骨の内側のスクリーンに映し出されました。

 管理人は書き掛けだった小説のことを思い出しました。

 そのことだけが心残りでした。

 管理人は小説家になることが昔からの夢だったのです。


 さて、読者の皆様に、ここで一つご提案があります。

 今まで誰にも読んで貰うことの無かった管理人の書き掛けの小説(この小説は管理室の前を通るネルに読んで貰ったこともありませんでした)を最後に読んであげませんか? 

 それが管理人には何より嬉しいはずですから。


 次に掲げるのは、管理人が書いた書き掛けの小説『はじまりのない物語』の第一章になります。


【つづく】



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