(13)ウーパールーパー人間、交尾、そして「世界の終わり」
サムと別れた三人は岩のゴツゴツしている洞窟を苦労して下に降りて行きました。
しばらくすると入り口から射してくる光が届かなくなったので、すず子が錫杖をシャンシャンと突いて皆の頭にライト付きヘルメットを被せました。
「すず子、ありがとう。すず子の妖術頼りになるわ」ライトのスイッチを付けながらネルが言いました。
「どうせなら、洞窟を降りてゆくエスカレーターも出してくれないかな?」カブちゃんが冗談で言うと、すず子は何の考えも無しに錫杖をシャンシャンと突きました。
日立製作所製のエスカレーターが洞窟に現れました。
「冗談だよ」カブちゃんが驚いて言いました。
すず子はまた、シャンシャンしました。エスカレーターは消えて無くなりました。
「いや、エスカレーターはあった方がいいわよ」ネルが言いました。
すず子はまた、シャンシャンしました。また、エスカレーターが現れました。
結局三人はエスカレーターに乗って、洞窟の底に降りて行きました。
エスカレーターに乗りながら三人がヘルメットに付いたライトで周りを照らすと、ぬめぬめとした鍾乳石が虹色に輝いて浮かび上がったり、天井に密集してぶら下がっていた蝙蝠が一斉に飛び立ったりしました。
エスカレーターを何本も乗り継いで、三人はとうとう洞窟の底に到達しました。
そこは、中学校の体育館がすっぽり入ってしまう位の巨大な空間でした。
奥の方はどこまで伸びているのか暗くて良く分かりません。
天井からはつららのような鍾乳管が無数に垂れ下がり、床からは石筍と呼ばれる柱がニョキニョキと立っていました。
しばらく歩いて行くと大きな池が現れました。ライトの光が届く限り池が広がっています。
「どうしよう。ここから先に進めないわ」ネルは頭のライトを左右に振って言いました。
「とりあえず、迂回してみようよ」カブちゃんがそう言って右方向に歩き始めました。しかし、洞窟の壁が立ちはだかってしまい、それ以上は行けませんでした。反対方向にも行ってみましたが同じことでした。
「どうする? 水の中に入ってみる? 案外浅かったりして」ネルが言いました。
「ボクは甲冑を着ているから深かったら溺れちゃうよ」カブちゃんが美しい少女の顔を曇らせて言いました。
「こんな時、あの暴走ボートがあればね」ネルが言いました。
「出しちゃう?」すず子が皆の前に錫杖を突き出しました。
「出せるの?」ネルとカブちゃんが同時に声を上げました。
「うん」錫杖でシャンシャンと地面を突く音が洞窟に響きました。
「お待たせー」
調子の良い声と共に、二代目暴走船頭(初代暴走船頭はネルに殺人犯であることを暴かれて捕まりましたね。二代目はネルたちが暴走ボートに乗った時、途中の桟橋で初代とエンジン談義をしていた若者です)と暴走ボート、ついでに深田恭子似が現れました。
初代暴走船頭の妻だった深田恭子似は、もし初代暴走船頭のアリバイの口裏を合わせた証言をしていたら罪に問われていたのでしょうが、その機会もないまま直ぐに初代暴走船頭が捕まったので、ギリ大丈夫だったようです。
深田恭子似は映画『ヤッターマン』ドロンジョ様風の黒革のボンデージ衣装を身に付けていて、周りに憚ることなく二代目暴走船頭とイチャイチャしています。
深田恭子似は早速二代目に乗り換えたようです。
ボートだけに。
なんちゃって。
さて、皆がボートに乗り込むと二代目暴走船頭はエンジンを始動させました。
爆音が洞窟の中に反響しました。スクリューが水の中に入り、ボートが急発進しました。
と、その時、何者かによって下から突き上げられたボートが、あっという間にひっくり返り、乗っていた乗員乗客計5名は池の中に放り出されてしまったのです。
裏返ったボートに掴まってなんとか溺死を免れた5名が「一体何があったんだ?」と恐怖に震えていると
「ちょ、ちょ、ちょ、待てーな。なんじら何しよるん!」
池の中から現れたウーパールーパー人間が半身を池の上に出して言いました。
ウーパールーパー人間とは良く言ったもので、身体は人間の形をしていますが首から上は両生類のウーパールーパーそっくりで、首の脇からとげとげしたエラが左右三本ずつ飛び出しています。
身体の色はウーパールーパーと同じ透明ピンクで、衣服は着ていません。
目は盛り上がっているだけで恐らく暗闇の中で必要ない為に退化してしまったものと思われます。
ウーパールーパー人間の出現にビビッた皆は口々に謝罪の言葉を口にしました。
「すいません」
「すいません」
「すいません」
「すいません」
「すまいせん」最後のカブちゃんは泡を食って、語順を間違えてしまいました。
「なんじら、何なの? 人がせっかく静かに暮らしとるところに、大仰な音立てたり、水をどえりゃーかき混ぜたりしちょるばってん、ワイらぎょうさん困るきに」
いったい、どこの言葉なのかはさっぱり分かりませんでしたが、ウーパールーパー人間がめちゃめちゃ怒っているということは皆理解したのでした。
「すいません」
「すいません」
「すいません」
「すいません」
「すいせんま」カブちゃんは語順を一度間違えると、もう何が正しいのか分からなくなってしまって、元に戻すのが無理のようでした。
例えば普段無意識で開けている集合ポストの暗証番号なども、一度間違えると、もう何度やっても正しく出来なくなっちゃったりしますよね。
それと同じ・・・ではないですね。
(良く〇〇が△△なのは□□が△△なのと同じだ、みたいな理論を振りかざす人がいますが、〇〇と□□は全く別物なのですから、□□が△△だからといって〇〇が△△であるという論理が正しいとは言えませんよね? えっ、良く分からない? だからっ! 良く〇〇が△△なのは□□が△△なのと同じだ、みたいな理論を振りかざす人がいますけど、〇〇と□□は全然別物なのですから、□□が△△だからといって〇〇が△△であるという論理が正しいとは言えないんじゃないですかね? ということです)
さて、少々話の本筋から逸れてしまいましたが、ウーパールーパー人間はネルたちの真摯な謝罪に心を落ち着かせることが出来たのでした。
「いや、ワシらかてな、お前さんたちと喧嘩しようっていう訳じゃおまへんのや。でもな、私らごっつうデリケートな生き物なんやねん。耳元でそげな大きな音立てられたり、大層水を掻き混ぜられたりした日にゃわ、身体が弱って、しまいにゃー息絶えてまうっちゅう話しじゃけんよ。ウーパールーパー人間絶滅の危機だべさ。言い換えれば生物多様性の損失だがね。SDGsすなわちサステナブル・デベロップメント・ゴールズ、またの名を持続可能な開発目標に反しておりませんか? って思うニャロメ」
あまりに多様性のある言葉遣いに唖然としたものの、何が言いたいのかは伝わりました。
「ごめんなさい。でも、私たちどうしてもこの池を超えて反対側の地上に出たいんです」ネルが言います。さすが見た目三人姉妹の頼れるセンターです。
「この池の先には滝があるっちゅう言い伝えがおますけんど、誰も行った者はおらんのよ。そこは『世界の終わり』と言われておるんじゃ。その先は無いきに」ウーパールーパー人間が無い目をグルグルさせて言いました。
三人組はその言葉を聞いて目の前が真っ暗になりました。(ヘルメットのライトが消えた訳ではありません)
「えっ、でも、おじいちゃんはこの洞窟を抜けてジャングルの奥に行ったはずだから、その滝を登った先にまたジャングルへの出口があるんじゃないかな?」ネルが言いました。
「そうかもわからへんけどな。まあ、せっかくここまで来たんじゃけん、ちょっくら竜宮城に寄って行ったら良いんじゃおまへんか? 話はそれからっちゃ」ウーパールーパー人間が言います。
「えーーっ、竜宮城! 行きたい、行きます、行く、行けば、行くとき、行くでしょ、行きましょう!」
竜宮城と聞いて二代目暴走船頭が狂喜しました。
「うん、竜宮城ってどんなところか興味あるな」ネルも好奇心を刺激されたようです。
「竜宮城かー、ワクワクがドキドキだわ」深田恭子似がボンデージ衣装で締め付けられた身体をくねらせした。
「うん、折角だからちょっとお呼ばれしちゃいたいかも」すず子もモジモジしながらつぶやきました。
「いったいどんな可愛い女の子がいるんだろう?」カブちゃんがアドレナリンを分泌させながら熱い息を吐きました。
いや、カブちゃんはまだ少年なのでこの健全少年少女育成用ほのぼの童話の中でそんなことは言いません。
「いったいどんな不思議な世界が待っているんだろう?」この辺りの無難な発言に訂正しておきましょう。
さて、一行五人はウーパールーパー人間に連れられて池を深く潜った底にある竜宮城にやってきました。
そこは、全く今までに見たことの無い世界でした。
ですから、どんなだったかを表現することがとてつもなく難しいのです。
まず、色からして見たことがない色なのです。
太陽光線は人間の見える範囲は赤から紫までプリズムを通せば7色に見えます。
虹も7色として捉えています。(国によって捉え方は異なり、例えばアメリカは6色、フランスは5色、ロシアは4色だそうです)
赤の外側は赤外線で、紫の外側は紫外線ですが人間には見えません。
しかしここは太陽光線の届かない世界です。
ヘルメットのライトはうるさくて邪魔だからと言って、消すように言われたネルたちは、薄っすらと浮かび上がる竜宮城の世界に目を見張りました。
赤とか紫といった固定した色ではなくて微妙に変化しながら無数の表情が移ろっていくのです。
そもそもそれは網膜が感受した光・色ではないのですから色という概念で捉えるのが間違っているのかもしれません。
それから形と言ってもそれは、何かのようだと比喩を用いて表現することさえ難しいのでした。
あえて言えば、流れる霧のようにも、漂う雲のようにも、舞い踊るオーロラのようにも感じられるのでした。
これも、網膜が捉えた形ではなく、かといって、手や肌の触覚で判断した形かというと、そうでもないのです。
直接触れていない、離れたところにある物の形も確かに知覚することが出来たからです。
人間には所謂五感以外にも外の世界を感受するセンサーがあるようです。
(ところで、例えばスキーとかダンスをしている時に感じる重力の「加重」と「抜重」など、これは恐らく内耳の三半規管とかが関係しているのでしょうけれど、その感覚は五感には数えられていませんね)
しかし、そんな漠然とした世界のようでも、竜宮城は確かにその絢爛たる姿をネルたちの前に現わしていました。
その不思議な伽藍めいた空間の中で、ウーパールーパー人間たちが、楽しそうに蠢いていました。
(ところで、寝ている時に見る夢は網膜で捉えている訳では無いですが、形として見えていますね。色があるかどうかははっきりしませんが、かといって無いとも言えません。網膜で捉えたものを現実と呼んでいますが、はたして本当なのでしょうか? 科学の扱う世界だって所詮は五感や科学機器で捉えうる範囲の世界ですよね。そうして数値に置き換えられた世界を貫く法則を人間は求めようとして、万有引力の法則だの相対性理論だのを考え出した訳ですけれど、そもそも世の中の事象を法則に還元しようとすることだって如何なものでしょうか? 世の中を構成する原子の動きが、厳密には一瞬一瞬その時限りの二度と現れない動き方をしているとしたらどうします?)
「こんにちゅわー」
「よく来たなもー」
「たのすぃんでいってくらなはい」
沢山のウーパールーパー人間たちが入れ替わり立ち代わり来ては、そのすべすべの部分、飛び出したエラの根元だとか脇腹だとかをすりすり摺り寄せてくるのでした。
「遠慮なんかしょっぱなで、どんどん喰らいちょって」
途方もなく柔らかくてツルツルのとびきりの美ウーパールーパー人間が色んな食べ物とか飲み物を勧めてくれます。
すず子の隣にはゴツゴツもりもりのイケメンのウーパールーパー人間が密着していて、体中に爽やかかつ甘いものを薄く延ばしていってくれます。
全身の表面、あらゆるところで心地よい弦楽四重奏が奏でられているような、めくるめく感覚に包まれて、すず子ははにかみながら、うっとりとしています。
それから、口には噛み応えのあるトリュフみたいなものを頬張らせてくれます。
さらに口移しに何かの飲み物を飲ませてくれると、舌の奥の今まで意識したことのない部位から、感じたことのない多幸感が広がってくるのでした。
ネルの隣には触れるか触れないかの微妙なタッチで、皮膚をサワサワしてくれる細マッチョのウーパールーパー人間が密着しています。
トランスめいた一定のリズムで脇を刺激してくるかと思うと、尾てい骨の辺りに変拍子のリズムを重ねて刻んできたりして、次第に高揚感に包まれて全身が細かく波打ちました。
ネルは「こんな風に幸せ感に包まれることが究極の幸せなのかしら」などと思ったりしました。
ネルの直ぐそばで、二代目暴走船頭と深田恭子似が、2人の蠱惑的なウーパールーパー人間と全裸で絡まりあい内臓の奥の奥まで擦り付け合っているようでした。
でも、ネルはそれを目で見ている訳ではなくて、なんとなく伝わってくる波動めいたもので柔らかく感じているだけでした。
それはただただ美しい光景で、視覚で捉えていたら感じたかもしれない嫌悪などといったものが入り込む余地は全くありませんでした。
鎧兜を脱いだカブちゃんは、隣りに侍る美熟ウーパールーパー人間から、身体中の穴という穴に、柔らかかったり、そこそこ硬かったり、甘かったり、辛かったり、ヌメヌメしていたり、ザラザラしていたりするものを、優しく入れたり出したりして貰っていて、自分はいったい今何をされているのか全く分からなかったのですが、初めての精通でドロドロの精子が尿道を駆け上がって来る時に、尿道の粘膜が上げる「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」と云う悲鳴と同じようなものを身体中が発しているので、意識が遠のきそうになるのでした。
しかし、カブちゃんとていつまでも「ボク初めてなんです」的に受け身(be動詞プラス過去分詞)でいる訳ではありませんでした。
カブちゃん少年は、少年と云ってもカブト虫は蛹から成虫になって2,3週間で交尾する訳ですから、そっちの方面ではもうそこそこの達人な訳で、何も知らない美熟ウーパールーパー人間は、カブちゃんに手解きしているつもりがいつの間にか嵐の様に翻弄されてしまうのでした。
(因みにネットで「カブト虫 生殖」で調べると「AIによる概要」というのがヒットして、その内容がツボるのでここに載せます。「カブトムシを繁殖させるにはオスとメスを飼育する必要があります。飼育ケースにオスとメスを1匹ずつ入れると大抵交尾します。交尾を誘発するには安定した足場にメスを置き、メスの背中にオスを乗せる方法もあります。」以上)
そのようにして、五人は地上の時間で云ったら恐らく何日も、しかしここではそもそも時間の観念は無いので、一瞬のようにも永遠のようにも感じられる時を過ごしたのでした。
「私たち、そろそろ行かなくちゃ」ネルが、ふと気付いてそう口にしなかったら本当にいつまでも竜宮城にいたかもしれません。
「え、まだいいじゃあぁん。ずっとこうしていまひょうよ」ネルの傍に寄り添っていた筋骨隆々のウーパールーパー人間がそう言います。
「だって、このままだったら、私死ぬまでここにいることになっちゃうわ」ネルは言いました。
「死ぬ? なんで死ぬずら?」ウーパールーパー人間が怪訝そうに聞きます。
「だって、永遠にこうしている訳にはいかないんだし、私たちはいつかは死ぬのだから」
「死ぬことなんかないわいな。だって、私たちは宇宙の一部なんだき。宇宙が続く限り私たちも続くだし」
「でも、この心臓はいつかは止まって、身体は腐って分解しちゃうよね」
「それはあなたのほんの一部ですばい。あなたはもっと広く宇宙に広がる存在だらー、そげなことで途絶えてしまうことはないですと。あなたは、自我という妄想に鳥疲れっちゅう」
でも、やっぱりネルは竜宮城を後にすることにしました。
おじいちゃんを探し出して「誰でも上手に弾ける魔法のベース」をお父さんに持ち帰るという目的を忘れてはいなかったのです。
さて、竜宮城から池の反対側の端までは最初に会ったウーパールーパー人間が案内してくれることになりました。
彼の言うところの「世界の終わり」にある滝を登って地上に出ることが出来るかどうかは心許なかったですが、とにかく行ってみるしかありません。
皆は、二代目暴走船頭のボートに一列に乗って、エンジンは使わずに櫂で漕いでゆっくりと池を進んで行きました。
途中、洞窟は何度も分かれ道に差し掛かりましたがウーパールーパー人間の的確な指示に従って進んで池たので安心でした。
「竜宮城、素敵だったわね。いつかまたこの不思議体験をしたいものだわ」
深田恭子似がピチピチに張り付いた革のコスチュームを撫でながら、竜宮城でのめくるめく感覚を忘れないように反芻しているようでした。
しかし、その感覚は既に薄れてきてしまっているようなのを深田恭子似は寂しく思いました。
言葉に置き換えて記憶貯蔵庫の棚に仕舞っておくことが出来ない体験は、風化するのが速いですし、好きな時に取り出すことも難しいようです。
《でも、何かの拍子にあの感覚が蘇ってくることがあるかもしれない。
たとえば、紅茶に浸したマドレーヌを口にした時とかに》
深田恭子似はそう強く思うことで、きっとそれが実現するとでも思っているのか、何度も心の中で繰り返しました。
「あなたたちは、不思議だ不思議だ言わはりますんけんど、わたしらにとっちゃこれが当たり前じゃけん、逆に『世界の終わり』の先にあるという世界を知りたいちゅうのあるで」
ウーパールーパー人間がボートの舳先から皆に振り返って言いました。
「じゃあ、一緒に来れば?」ネルが言いました。
「そうだよ、そうだよ、旅は道連れ世は情けって言うじゃない」カブちゃんは意味は良く知りませんでしたが、知っている言葉をとりあえず吐いてみました。
「マジですねんか? じゃあ、そうすっぺかなー」ウーパールーパー人間は冒険に同行する決心を固めたようです。
「ところでウーパールーパー人間さんは、何て名前なのですか?」すず子が尋ねました。
「うちらの世界に固有名詞、名前は存在せんのや。宇宙と自我との境目が無いのやさかい」ウーパールーパー人間が言いました。
「でも、なんか呼び名があった方が便利じゃない?」とネル。
「そうだよ、便宜的に何か呼び名を付けようよ」カブちゃんは、「便宜的」という難しい言葉を使ったことを、密かに一人ドヤりました。
「『ルーパー』なんてどう?」と、深田恭子似。
「いや、『ウーパー』の方がいいな」と、二代目暴走船頭。
「『ウーパー』いいですね」と、すず子。
「でも、『ルーパー』も捨てがたいよね」と、カブちゃん。
「私も『ルーパー』の方が全然いいと思う」と、ネル。
「いやいや、絶対『ウーパー』ですって! 『ウーパー』! 『ウーパー』! 『ウーパー』! 『ウーパー』!」
そのごね方をどこかで聞いた記憶があるなと思って、ネルが振り返ると、なんとそこにはあの管理人が座っているではありませんか。
カブちゃんの後ろ回し蹴りで永遠にオサラバしたはずの管理人です。
「あ、管理人さん、どうしてここにいるの?!」ネルが驚いて言いました。
「さあ、それは私に分かることではありませんし、世界中で誰一人として理由を説明出来る人間などいないでしょうね」
管理人が嫌に偉そうな物言いをするので、同乗していた少なからぬ人が「むかっ」ときたのでした。
(この突然の管理人の出現という事態を穏便に収める為に、政治家御用達のことわざにもある「さらっと流せばどんな矛盾も怖くない」を発動するしかないようです)
「じゃあ、まあここは復活した管理人さんを立てて『ウーパー』ということにしておきましょうよ」
ネルが鶴の一声でこの議論に決着を付けました。
「ウーパーさん。宜しくね」
「ウーパーさん、宜しくです」
「宜しく、ウーパーさん」
「ウーパーさん、頼りにしているわ」
「ウーパーさん!」
「ウーパー!」
ウーパーさんは、初めて自分の名前というものを持ち、みんなに呼ばれたことで、なんだかとても良い気持ちになりました。
名前を持つことで自我が芽生えて来てしまったのかもしれません。
それが良いことだったのか、人間と云う存在のそもそもの原罪であったのかは分かりませんけれど。
さて、なぜか管理人が付け加わった一行が暗闇の中、ボートを漕いで行くと、遠くからザーという水の落ちる音が聞こえてきました。
「『世界の終わり』が近づいてきているみたいね」ネルが恐る恐る言いました。
「そこの滝を登っていけば、また地上のジャングルに出られるんだよね?」カブちゃんが心配そうに言いました。
「ウーパーさん、どうなのですか?」すず子が震える声で言いました。
「滝の先がどうなっているかは、分らないのですバイ。近くまで行ったことがないですきに」
そんなことを言っているうちに、ボートは何かに引き寄せられるようにスピード上げていきました。
「船頭さん、メッチャ漕いでる?」ネルが驚いて声を上げます。
「いや、俺ではないよ」
しかし、ボートはもの凄いスピードで前進しながら、コントロールを失って水面を回転し始めました。
「うわっ、このままだと滝に突っ込んでボートが転覆しちゃうんじゃない?」誰かが叫びました。
ネルたちはヘルメットのライトで前方の暗闇を照らそうとしましたが、ボートが回っているのでうまくいきません。
ゴーという音はいよいよ近づいて来ます。
しかし、不思議と水しぶきは掛かってきません。
その時です。
ふわりと宙に浮いたボートが急に落下し始めたではありませんか。
「うっ、わー」
「ぎゃー」
「ひー」
「ブリッ」(これはちびった音です)
「世界の終わり」は確かに滝になっていましたが、上から滝が落ち来ているのではなく、そこから下に滝が流れ落ちているのでした。
「ウーパーさん! 落ちてるよ!」ネルが叫びました。
「そうでんな」
「ウーパーさんの言ってた滝ってここから落ちてるの?」
「どうもそのようでがす」
バッシャーン!
大きな音を立てて、ボートが真っ逆様に滝壺に落ちました。
信じられないことに、皆ボートの中にちゃんと座っていて怪我一つありません。
(ここはさらりと流す所です。川だけに)
ボートはそのまま少し下流に流されると洞窟の出口から外に出たのでした。
久しぶりの太陽光線に皆は目をしょぼしょぼさせました。
しばらく目を開けることが出来ませんでしたが、ようやく薄目を開けると、そこはジャングルでした。
「やったー、またジャングルに戻ったよ!」カブちゃんが叫びました。
「でも、どういうこと? 私たちジャングルから洞窟をエスカレーターでずいぶん深く降りていって、平らなところを歩いたわよね。そして、池を先に進んで、最後に滝を落ちたんだわ。どうしてそれでジャングルに戻るの?」ネルは記憶を手繰り寄せながら頭がグルグルして何が何だか分からなくなりました。
「まるで、エッシャーの世界ね」深田恭子似が教養をひけらかしましたが、二代目暴走船頭にはチンプンカンプンでした。
さて、深いジャングルの中に放り出された七人、すなわち、ネル、すず子、カブちゃん、二代目暴走船頭、深田恭子似、ウーパーさん、管理人に一体どんな運命が待ち受けているのでしょうか?
それはこの先を読み進めた「あなた」にしか知る権利はないのであります。
【つづく】




