(11)ジャングル、絞め殺しの木、そして「あれ? 俺もしかしてもう死んでるのかな?」
6×2本のミミズ腫れと、ちょっと数えるのが面倒なくらい沢山の同位角、錯角、対頂角を刻んだ筋肉質の尻をモリモリさせながら、サムはジャングルの中の細道をズンズン進んで行きました。
ネルたちも遅れないように後に続きます。
さすがに1.3億年前から続く地球最古のジャングルだけあって、板根という板の様な根、そのまんまやないかい、を張り出した物凄く背の高い樹が沢山生えています。
原住民が農業をする為にジャングルを焼き払い、畑として利用した後に再復活したジャングルではなく、タマンネガラのように原生林のままのジャングルは世界でも稀であるということです。
高木の中には絞め殺しの木と呼ばれる植物に巻き付かれているものもありました。
巻き付かれた中の木が枯れ死して、絞め殺しの木の中心部分が円筒形の空間になって残ることもあるそうです。
樹々の葉のフィルターを通して日光が斑模様になって注いでいるジャングルの中を一行は黙々と歩いて行きました。
ずいぶんと歩いたところで少し開けた原っぱに出ました。
真ん中に水場があって猿やマレーバク、ヒゲイノシシなどが集まっています。
原っぱを突っ切る一本道を一行が一列になって歩いていた時です。
なんと!
後ろからスマトラサイが突進して来るではありませんか!
隊列の一番後ろを歩いていたネルが振り向いた時には、巨大なスマトラサイはもうすぐそこまで来ていました。
思わず後ろに尻もちをついたネルは目をつぶって観念しました。
「私はこれでお終いだわ。あの鋭い角で引き裂かれるか、ぺしゃんこに踏みつぶされてしまうのだわ」
その時です。
ネルのすぐ前を歩いていたカブちゃんがスマトラサイに気付いて、ネルの前に飛び出したのです。
考えるよりも前に身体が動いていました。
カブちゃんが義元左文字の白刃を縦に構えたのと、スマトラサイが突っ込んで来たのが同時でした。
「危ない!」
そう思った瞬間、スマトラサイの角の先端が義元左文字の白刃に触れました。白刃はスマトラサイの角をまるで水煮したタケノコをまっぷたつにするように切り裂いていきました。
そして白刃はそのままスマトラサイの頭、更に胴体の中心を通っていきます。
あまりに切れ味が良すぎた為、スマトラサイは自分が切られていることに気付かずそのまま突進しているのです。
義元左文字を縦に構えるカブちゃんの両脇を、身体の中心をまっぷたつに切られてゆくスマトラサイの右半身と左半身が通り過ぎていきます。
右半身の前足と後ろ足、左半身の前足と後ろ足が交互に動いています。
カブちゃんの後ろにいたネル、すず子、サムも、スマトラサイの両半身が自分の両脇を通過していくのを唖然として見送りました。
すず子はスマトラサイの小さな脳や胃や腸などの断面がピンク色にテカテカ光っているのを|恐る恐る、しかし、しっかり見届けました。
ネルたちを蹴散らしたつもりでいたスマトラサイは、自分の身体の中心をネルたちが通り抜けていくのを見て、初めて自分がまっぷたつに切られたのだということに気が付きました。
「あれ? 俺、もしかしてもう死んでるのかな?」
スマトラサイが弱気になった瞬間、すず子が錫杖をシャンシャンと赤いラテライトの硬い地面に突きました。
するとどうでしょう。
スマトラサイの身体がまた元通りにピッタリ一つにくっ付いたではありませんか。
スマトラサイは何事も無かったかの様に、そのままスピードを緩めることなく突進し続け、原っぱを通り抜け、ジャングルの中に消えて行きました。
「君たちはなんてワンダフルなジャパニーズ・チルドレンなんだ!」サムが原っぱの真ん中で叫ぶと、水を飲んでいた動物たちが近寄って来てそれぞれに
「グレート・ジャパニーズ・サムライ!」とか
「アメイジング・スズメテング!」とか
「プリティー・リトル・ガール!」とか、声を上げながらネルたちの周りを練り歩いたのでした。
ネルたちも思い思いの振り付けで(ちなみにネルはよさこい鳴子踊り風、すず子は郡上踊り風、カブちゃんは鼠派演踏館・暗黒舞踏風、サムはLMFAO・シャッフルダンス風)でグルグル踊りました
原っぱはフェスティボー!(フェスティバル)でした。
気が付くとジャングルの樹冠に真っ赤に溶けた夕日が吸い込まれて行くところでした。
遠くタハン山の向こうの空が紫色や朱色に渦を巻きながら燃えていました。
ネルはお祭り騒ぎの後になって、カブちゃんの命を顧みない勇気ある行動がなかったら、自分たちはどうなっていたかを想像して、今更ながらブルブルと身体が震えてくるのでした。
《カブちゃん、ありがとう》ネルは心の中でカブちゃんにお礼を言いました。
すず子やサムも同じことを考えているようでした。
カブちゃんはカブちゃんで、咄嗟に取った自分の行動ですが、もしちょっとでも白刃の位置が角の先端からズレていたら、自分は串刺しにされ、皆も蹴散らかされていたのだと思うと、ゾッとしたのでした。
【つづく】




