文芸部のお食事
「私、気付いたの……人の誕生会に行くとおいしいものが食べれるということに!!」
本日も視界良好、晴天快晴、文芸部はいつも通りの活動……つまり何もしない、いつも通りの部長……つまり支離滅裂の破天荒、いつも通りの俺……つまり不幸者。
何が言いたいのかというと、部長がまた訳わからんということなのだ。
「昨日、宮の誕生会に行ったらまさかのフォアグラよ!! 誕生会にフォアグラよ!! 生まれて初めてのフォアグラよ!! 処女フォアグラなのよ!! わかる? 里山君」
処女フォアグラってなんだよ、と心の中でつぶやく。面倒なので口には出さない。
「はぁ、フォアグラ食べたんですね。よかったじゃないですか」
部長は「はぁ」と溜息をつき、
「よかったじゃないですか……って、リアクション薄いわ!! フォアグラよ! レバー界の王様よ!
それをそんな淡白なリアクションで済まそうだなんていい度胸ね、里山君。あなたの名前をたけのこの里きのこの山君に改名するわよ。いいの? たけのこきのこ君」
「そんな明〇製菓にコビを売るような名前にしないでください、部長。それと、せめて『里』と『山』は入れてください!! そんな山の幸をふんだんに盛り込んだ名前の奴いません!」
今日も部長は絶好調。何を言うにしても、絶対どこかに俺の悪口を盛り込んでくる。
フォアグラの話だろうがアニメの話だろうがそれは変わらない。
もう、一種の病気と思ってもらって差し支えないと思う。
そんな毒舌部長の今回の話はフォアグラについてのようだ。
俺はフォアグラなんて見たことなきゃ当然食べたこともないしがない一般高校生である。
だから、そんな未確認食物について盛大なリアクションを求められても無理なんです。
というかフォアグラに興味ないし。
「まぁいいわ、改名はやめてあげるとして……何かフォアグラクイーンの私に何か質問はないの? ないの? 味とか、臭いとか、味とか、臭いとか」
なるほど、どうやら部長はフォアグラについていろいろしゃべりたいみたいだ。
おもしろい夢を見た後、このおもしろさを誰かに伝えたくなる気持ちと似たようなものだろうかと適当に考える。
今まで食べたことのない未知の味について、いろいろと語りたいのだろう、この人は。
ふぅ、しようがないからいろいろ質問してあげるか。質問しなきゃ不貞腐れるしな。
「じゃあ、シンプルに、どんな味だったんですか?」
なんか、味と臭いについて聞いて欲しそうだったしこの質問が妥当だろう。
部長は待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせ俺の質問に食いついてきた。
「ふふ、フォアグラの味はね…………おいしいのよ!!」
「は?」
いやいや、何を言ってるんだこの人は? 俺の質問は別においしいか不味いか聞いていたわけではないのだが、仕方ないもう一度質問するか。
「もう一度言いますよ。どんな味だったんですか?」
「何回言わせれば気が済むの? だから、おいしい味って言ってるじゃない。おいしい味よ。おいしい味」
この人ボキャブラリ少ねぇ!! 質問しろって言っといてそれはないだろ!! おいしい味ってなんだ? 気の利いたコメント言わなくていいから、せめて甘いとか苦いとか辛いとかそういう言葉で表現してくれ!
くっ、逆にフォアグラの味が気になってきた。
なんとかして、この人からその味を聞きだしたい!
「じゃあ、何の味に似てました? 他の食べ物に例えてみてくださいよ」
この質問ならおおまかな味はわかるだろうとか考えてた俺は大甘だった。
「そうね~、何とも例えれないわね、あの味は。うーん、未知の味だったわとしか言いようがないわね」
だから未知の味ってなんだよ!! と叫びそうになるところを寸前のところで止める。
もういい、この人から味を聞きだすのはどんな凄腕の刑事でも無理だろう。
なら、せめて臭いだけでも聞きだしてやる!
「臭いは! 臭いはどうでしたか!」
俺の剣幕に少しビビリながら部長は、
「臭いは……味噌の臭いがしたわね」
味噌? フォアグラって味噌の臭いなのか?
にわかには信じがたい臭いであるが、臭いを嗅いだ本人が言うのだろうから間違いないのだろう、たぶん。
「フォアグラって味噌の臭いなんですか? 予想外すぎますよ、さすが部長です」
やった、やっとこの人から明確な情報を聞きだした。、フォアグラは味噌の臭い……か。今度誰かに言ってみようかな。
「そうでしょ、さすがでしょ私。フォアグラって味噌に漬けこんでもあんなにおいしいなんて予想外だったわ。和風フォアグラよ、里山君も食べてみたいでしょ?」
「うわー、食べてみたいですーって、調味料じゃねえか!! フォアグラの臭いが味噌じゃなくて味噌の臭いが味噌なだけじゃん!!」
もう、我慢の限界だ。結局何にも伝わってこねえ!! この人なんで話したがってたんだよ!
部長はちょっとびっくりしたのか、顔をこわばらせて、
「どう? フォアグラのこと気になってきた?」と言ってきた。
「ええ、逆にものすごい興味湧いてきましたよ。逆にね」
部長は、「なんで逆に?」と呟いていたが、
「それなら……パンパカパーン。里山君にプレゼントよ」
そう言って部長は自分のバッグをガサゴソ漁り、一つのタッパーを取り出した。
「なんすか、それ?」
「ふふ、開けてみて」
そう言われたので、開けてみると部室中にもわっと臭いが広がる。
「生物兵器?」
「殺すわよ」
うそうそ、冗談です、と言った後、改めてみてみるがよくわからない。白い塊に焦げ目が付いており、何故か味噌の臭いがする。
「もしかして……フォアグラ?」
「チュドーン、大正解よ」
いや、効果音違くね? とか思ったけどそんなことはどうでもいい。
何故ここにフォアグラが?
「ふふ、部活の後輩にも食べさせてあげたいなーって大きな声で呟いたら宮のお母さんがくれたのよ、嬉しいでしょ?」
「嬉しいですけど……嫌な客ですね」
部長は、なんだとーと怒りながらも、その顔は終始笑顔のままだった。
「これ腐ってませんよね?」
「殺すわよ」
二回目の殺すわよを聞いたところで、改めて質問してみる。
「これ……俺に……ですか?」
「そうよ、いらないなら私が食べるけど」
部長が平然と言った言葉に、俺はとても感動してしまった。
部長からのプレゼントなんて初めてのことだったから、急にドギマギしてしまう。
この気持ちが気づかれるはとっても恥ずかしいので、ごまかすように「じゃあ、いただきます」と言ってフォアグラを口に運ぶ。
ゆっくりゆっくり噛みしめる。
「味、どう? おいしい?」
部長がこちらの顔を見ながらそう聞いてくる。
「う~ん、俺内臓系苦手なんですよね」
そう言ったら、部長に「どバカ!!」と言われ、グーパンチをくらった。
まぁ、あんなことを言ったら普通怒るよな。
けど、本音を言うのがどうしようもなく恥ずかしかったんだ。
「おいしい」この四文字がどうしても口に出せなかった。
言ってしまったら本心が部長に伝わってしまいそうだったから、こんな部長が俺の本心を知ったらからかうに決まっている。
だから、せめて心の中で本心を呟いておこう。
「おいしかったですよ、部長。ありがとうございます」
いつか部長に気持ちをストレートにぶつけられるような人間になりたいなと、この時ばかりは願わずにはいられなかった。
そう、本心を全部……。