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ディノ=ブラウンとの対面

 二週間後。テムズ川沿いにあるパーティ会場には煌びやかな衣装に身を包んだ大勢の人が集まっていた。主催は首相の属する派閥なだけあって出席している面子には錚々たる顔ぶれが揃っている。会場の中心では、首相が有名な企業のトップと談笑している。少し離れたところには有名俳優がいて人に囲まれている。著名な作家がいて、人気アーティストの姿があり、宝石で身を飾った貴婦人がいて、場内は熱気に包まれていた。


 ウィルは煌びやかな会場の片隅で小さくため息を吐いた。


「緊張してる?」


 隣にはイブニングドレスに身を包んだマリーの姿がある。髪を結って化粧をしたマリーはいつも以上に美しく、大人びて見えた。ウィルもマリーに合わせてタキシードを着込んでいる。ウィルの体格に合わせて作られたタキシードは良く似合っており、正装に髪を整えたウィルもまた大人びて見えた。


「少し。マリーは平気そうだな」

「私はお父様と参加することもあるから慣れたわ」


 くすりと笑ってマリーは手にしたグラスを傾ける。


 ロバートとスティーブンと一緒に会場入りしたウィルとマリーは、ロバートに連れられて一通り挨拶回りを済ませた後、ロバートと離れ人目につきにくいこの場所で時間を潰している。今日の目的であるディノ=ブラウンはまだ会場入りしていないらしく、彼が来るまで待機しているように、との命令だ。


 会場内にはビュッフェ形式で様々な料理が並んでいる。きっと平時であれば美味しそうだと食指が動くのだろうが、今は全くその気になれない。任務に緊張しているのもあるし、こんな煌びやかな場で身の置き所の無さも原因だ。着慣れないタキシードに肩が凝って仕方がない。


「俺にはこんな煌びやかな世界は向いてない」


 苦笑しながら言うとマリーは軽く目を瞬き


「あら、そうは言ってもすごく様になってるわよ。堂々として見えるし、ロバートの後継候補という肩書が妥当に見えるわ」


 そう、ロバートは挨拶回りの際にウィルを自分の後継者候補として皆に紹介したのだ。誰もが好奇の目でウィルを見て、褒めそやす。その賛辞の裏側には、将来有望な人物に少しでも早く誼を結び、自分の利益に繋げたいという思惑が見て取れる。パーティに参加している人物は皆、野心に燃えた者ばかりだ。少しでも自分の利に適いそうな存在があれば逃しはしない、というギラギラした下心が透けていて、ウィルは居心地の悪い気分を味わっていた。


「俺がロバートの後継候補なんて、設定に無理がある」

「そんなことないわ。実際、優秀で将来有望なのは間違いないもの。ありがたくロバートの設定に乗っていればいいのよ」


 そう言ってマリーは笑う。


「ロバートは貴方に人脈を作らせたくて仕方ないのよ。私たちの務めを果たすうえで人脈はどれほどあっても困らないもの。特にこういうパーティで繋がれる人脈はどれほどにでも利用価値のあるものだから、積極的に繋がりを持ちにいった方がいいわ」


 私たちの務めとは、宝珠を抱いた龍としての務め。禍斗(かと)を滅ぼし地脈の流れを正すこと。小声で周りに聞こえないように言うマリーにウィルは小さく頷く。


 禍斗(かと)は人から人を渡り歩き、最終的に人に取り憑いてその人物を乗っ取る。邪な思念が強ければ強いほど禍斗(かと)に魅入られ易いため、時の権力者などの有力者が禍斗(かと)に魅入られることが多い。そして有力者になればなるほど、その身辺に近づくことは難しくなる。だからこそ、ターゲットに繋がる人脈を持つことは龍としての使命を果たす重要な鍵となる。


 今生で神龍(シェンロン)は世界屈指の大企業の社長という稀な立場を得ている。どんな人脈も求めれば容易く手に入れられる立場だ。だが神龍(シェンロン)一人が人脈を持っていたとしても意味がない。四龍(スーロン)がそれを共有し、利用することで初めて真価を発揮する。マリーはこういったパーティには父親のスティーブンに連れられて参加する機会が多い。スティーブンもイギリスでは有名な企業のCEOで人脈づくりには事欠かない。必然とマリー自身の人脈も広がってゆく。だがウィルはその機会が皆無だ。一介の高校生にそんな機会が巡ってくることはそうそうない。だからこそ、敢えてロバートはウィルを仰々しく自分の後継候補として紹介したのだろう。自分の人脈をウィルにも共有させるために。


 ロバートの意図を理解してウィルは会場内を見渡す。錚々たるメンツが揃ったこの場は人脈の宝庫だ。ならば生かさない手はない。煌びやかな場が苦手だとか言っていられない。任務を遂行するためにも、ロバートのくれたこの機会を無駄にしてはならない。


 そう思っていると、不意にマリーがウィルに視線を向け小声で呟く。


「……気付いている?赤龍(チーロン)の気配があるわ」


 その言葉にウィルは「あぁ」と頷いた。

 会場入りする前から感じていた、赤龍(チーロン)の気配。龍はある程度の距離に居れば、お互いの気配を感じることができる。会場内ほど近くは無いが、さほど遠くない場所に赤龍(チーロン)の気配を感じる。ディノがパーティに参加するから警護をしているのだろうか。


 赤龍(チーロン)が近くにいる。その思いに胸がちくりと痛む。この一ケ月、飛龍(フェイロン)の活動をしていなかったから赤龍(チーロン)とも対峙する機会は無かった。空虚なあの部屋で、彼を想って無為に過ごした、永遠にも思えた空虚な時間。その時間を積み重ねれば重ねる程、赤龍(チーロン)への想いは強まり、叶うはずのない願いを切に願い、一人でただ絶望に身を焦がしていた。この一ケ月はウィルにとっては苦行の一ケ月だった。逢いたくて、でも会うことは叶わない恋しい存在が、今、気配を感じることが出来る範囲にいる。それだけで嬉しくて、気もそぞろになってしまう。


 そんな自分を自覚して、慌てて気を引き締めるがマリーにはしっかり気付かれていたようだ。どこか揶揄うような視線が向けられていて、殊更のように渋面を作った。


「気持ちは分かるけれど、今はパーティに集中よ」

「分かっている」


 視界には先ほどロバートから紹介された顔が幾つか見える。話しかけて少しでも関係を深めるべきか。そう思って手にしたグラスの飲み物を空けると、遠目にロバートの姿が映った。こちらを見て手招きをしている。また誰か紹介したい人物がいるのだろう。マリーに目配せして共にロバートの元へ向かった。


 ロバートの隣には二人の男がいる。一人はマリーの父親のスティーブンだ。品のいい紳士で、マリーと同じく翡翠色の瞳は常に優しく笑っている。そしてもう一人は恰幅のいい中年の男で、人の好さそうな笑みを浮かべている。しかし顔に浮かべた笑みとは裏腹に、琥珀色の瞳は人の様子を抜け目なく観察していて鋭い。どこか狡猾そうな雰囲気を醸し出すその男こそが、今回のターゲットであるディノ=ブラウンだった。


 ディノの体を取り巻くように鈍色の靄が薄っすらと見える。禍斗(かと)に魅入られた者特有の、龍にしか見えない瘴気だ。写真でしか見たことのなかったディノの生身の姿に、ウィルの体に僅かに緊張が走る。これからこの男を殺さなければならない。己に課せられた使命がずしりと背に重く圧し掛かる。掌がじっとりと汗ばむのを感じて拳を握った。


 黒龍(ヘイロン)の能力は触れた相手を死に至らしめる力。挨拶で交わす握手が絶好の機会。力を使い、その存在を亡き者にする。


 緊張しながらウィルとマリーがロバートの元へ行くと、ロバートはその顔に社交的な笑みを浮かべてディノへ向き直る。

「Mr.ブラウン、紹介させていただきたい。私の後継候補のウィルと、スティーブンのご息女のマリーだ」


 ロバートの言葉にディノがじろりとウィルとマリーを交互に見る。人を値踏みするようなその眼差しは、ウィル達が自分の益になる存在か確かめているようで、どこか傲慢な視線にウィルは不快感を覚えた。だが、それを表面に出すようなことはしない。社交用の笑顔の仮面を張り付けてディノへ会釈する。


「ウィル、マリー。こちらはディノ=ブラウン氏。アメリカのSSSと言う企業は知っているだろう。その企業のCEOだ」

「マリー=ルイーズです。お目に掛かれて光栄です、Mr.ブラウン」


 マリーが微笑みながらディノと握手を交わし、軽くハグをする。気負った様子が無いのはさすが慣れているだけのことはある。ディノもマリーの美しさに目を奪われたのか、どことなく目元が緩んでいるように見えた。


 マリーとの挨拶が終わったのを見て取って、ウィルは口を開く。


「ウィリアム=ランバートです。お初にお目にかかります」


 そう言って右手を差し出す。


 ディノがこの右手に触れた瞬間、彼の命脈は絶たれる。


 触れた手から黒龍(ヘイロン)の力をその体に流し込む。力は体を巡ってその心の臓を直撃し、その拍動を止める。外傷を一切残すことなく、一瞬のうちにその肉体を死に至らしめることができる。司法解剖して見てもどこにも異常が見当たらない、いわゆる突然死の出来上がりだ。しかも、力の進行速度は自由に調整可能だ。力を流し込んだ後、ゆっくりと時間をかけて体を巡らし、数日後に止めを刺すことも可能だ。こういった人目のある場所では特に、時間をかけて息の根を止めた方が良い。今回もロバートからは時間を空けて止めを刺すよう言われている。


 目の前の男の生殺与奪の権利を自分が握っているという事実が、背筋を緊張させる。だがそれを表に出すことは出来ない。社交的な笑みの仮面の下に緊張を隠してウィルはディノを真っ直ぐに見る。


 ディノはそんなウィルに好奇を含んだ眼差しを向ける。琥珀色の瞳が興味深そうに、ウィルの頭の先からつま先まで舐めまわすように見てきて、どこか爬虫類を思わせるその視線に、背筋にうすら寒いものを感じてウィルはごくりと息を呑んだ。


「君がMr.(ワン)の後継候補か。その若さで大したものだ」


 感心したように言うその口調にはどこか傲岸さが滲み出ていて、少なくともウィルを対等に見ているわけではないということが伝わってきた。無理も無いだろう。あちらはアメリカでは有名な企業のトップ。こちらは一介の高校生だ。見下されても仕方ない立場ではあるが、イギリスの市場においてディノの立場はまださほど知られているわけではない。ロバートとスティーブンというイギリス市場における重鎮を前に虚勢を張っているのか、それともアメリカでの威光がイギリスでも通用すると思っているのか、ウィルには分からない。だけど少なくとも、積極的には関わり合いになりたい相手ではないとウィルは思った。尤も、数刻の後に彼は死を迎えることになるのだから、今後関わることもない。せいぜい尊大に振舞っていればいい。


 差し出した右手にディノの手が近づいてきて、まさに触れようとしたその瞬間、地響きを立てて建物が揺れた。場内に響く爆発音。次いでパンパン、と何かが破裂するような音。人々の悲鳴と怒号が耳に届いてウィルは咄嗟にマリーを背に庇い、警戒態勢を取った。


 辺りを見回すと、会場の一画、外に面した壁の一部が崩れて外が見えている。どうやら外で何かが爆発したらしい。室内には崩れた壁のレンガや割れた窓ガラスが散らばっているが、爆発音の割に被害は小さいようだ。怪我をしている人などは見受けられない。だが爆発の恐怖に人々が慌てふためいて会場を出ようと出口に殺到して、室内は阿鼻叫喚の様相を呈していた。


 ロバートに視線を向けると、いつの間にか冰冰(ビェンビェン)華健(ホアチェ)がそばに来ており、ロバートとスティーブンを背に庇い辺りを警戒している。ディノを見ると護衛の者なのだろう、スーツ姿の屈強な男に促されて出口へ向かっていた。


「今、出口に向かうのは危険です。壁を張るので一旦待機を」


 冷静に冰冰(ビェンビェン)が言ってロバートとスティーブンの周りに壁を張る。ウィルもまた自分とマリーの周りに壁を張って衝撃に備える。出口は殺到した人々でごった返していて、一歩間違えば転倒事故に発展しかねない状態だ。壁を張れば大抵の物理的衝撃は回避できるため、この場は壁でしのぐのが正解だろう。


 出口へ向かっていくディノを見ながらウィルは唇を噛みしめる。


 仕留め損なった。あと一歩でディノに触れて力を流し込むことが出来たのに、ちらりとロバートを見ると、彼もまた苦い顔をしていた。ディノを屠る絶好の機会だったのに逃してしまった。アメリカを本拠地としているディノが次にイギリスへ来る機会はいつになるか。分からないが、少なくとも直近ではないだろう。次に相まみえる機会があるまで禍斗(かと)に肥大化する猶予を与えてしまったのは事実。それまでの間にどれだけ肥大化するのか想像して、ウィルは溜息を吐いた。


 次の瞬間だった。ゆらりと気脈が大きく歪む。


「これは……」


 ウィルは驚いて視線を周囲に巡らす。


 この気脈の歪みは何者かが大きな力を使ったときに生じる歪み。ウィルもロバートもマリーも此処に居て、力を使っていない。ということは、この歪みを生み出せる人物は一人しかいない。赤龍(チーロン)が力を使っている。しかし、一体何故。


 赤龍(チーロン)が力を使うということは誰かと戦いになっているということだ。だが、一体誰と戦うというのか。今夜は飛龍(フェイロン)の面子もパーティの警護に駆り出されているため、龍である赤龍(チーロン)は、人相手であればほんの僅かな力を使うだけで十分に対峙できる。また、そもそも赤龍(チーロン)の宿体は運動神経が並外れて高いため、力無しでも誰にも負けないほど強いのだ。だからこそ、こんなに気脈が歪むほどの力を使う理由が分からない。


 同じことを思ったのだろう、ロバートとマリーも怪訝そうな顔をしている。尚も感じる気脈の歪みと力の波動。そこに何か不穏なものを感じてウィルは思わず駆け出した。


 ウィル、と制止する声は背後から二人分。ロバートとマリーの声を背に受けながらウィルはバルコニーから外へと駆け出した。

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