赤龍という男
拍動と共に鈍痛を訴える肩を押さえてウィルは顔を顰める。
家に戻ってもう一度傷の処置をしなければならない。血の滲んだシャツは早めに洗えば落ちるだろうか。気に入っていたシャツなのに、と恨みがましく思ったところで近づいてくるその気配に気づいた。視界の端に人影が映る。視線を向けて息を呑んだ。
黒髪の長身の青年がこちらを見ている。整った顔立ちだが、その眼差しは鋭い。纏った雰囲気が冴え冴えとしていて、汗ばむようなこの陽気の中にあっても、彼の周囲だけは冷気が漂っているような錯覚さえ覚えた。
「……赤龍」
肩の痛みが増した気がした。昨夜、この傷をつけた張本人。
赤龍はウィルを見据えながらゆっくりとした足取りで近づいてくる。「逃げろ」と言ったロバートの言葉が脳裏を過るが、射すくめられたように動くことが出来なかった。猛獣の射程に入った獲物はこんな気分なのだろうか、と頭の片隅で思う。鋭利な刃物を喉元に突きつけられているような気分になって、背筋を冷や汗が伝った。
あと一歩踏み込めば触れられそうな程に距離を詰めて、赤龍は冷たい眼差しでウィルを見下ろしてくる。黒の瞳に映る感情を読み取ろうと真っすぐ見返すが、どんな色もそこからは読み取ることが出来なかった。
感情の無い瞳にウィルを映して赤龍は唇を開いた。
「随分と腑抜けた顔をしているな、黒龍」
言葉と同時に、赤龍の黒い瞳が真紅に色を変えた。次の瞬間、殴られたような衝撃がウィルの体を襲う。ベンチごと後ろに跳ね飛ばされて転がり、木の幹に頭を強かぶつけた。
「——っ!」
目の前を星が飛び交うように視界がちかちかと光り、頭が揺れる。気による衝撃波だ。防御しなければ、と思ったが、その前に首筋を大きな手で掴まれた。
「少し喝を入れてやった方がいいか。」
片手で首元を締め上げながら赤龍は言う。喉の痛みと共に息が詰まり、ウィルは大きく喘いだ。首元の手を剥がそうとその手に爪を立てるがびくともしない。赤龍の手は容赦なくウィルの喉元を締め上げてくる。耳の後ろが熱くなり、締め上げられた首元が強く脈打つ。
このままだと絞殺されてしまう。遮二無二蹴り上げた足が赤龍の脇腹に当たり、一瞬手の力が緩んだ。その隙に身を捩じって首元を戒める手から逃れた。
咳き込みながら赤龍を見ると、冷たい眼差しがウィルに注がれている。その瞳は既に元の色を取り戻している。
「なんという様だ。それでは俺に勝つことなんてできないぞ」
抑揚のない声で言う赤龍にウィルは首を横に振る。
「…あんたとは戦いたくない」
その言葉に赤龍はようやくその顔に表情を表した。不快そうに眉を顰めて
「敵を目の前にして勝負を投げ出すとは、どういうつもりだ。」
「あんたは敵じゃない!」そう叫んで、ウィルは拳を握り「あんたは……同じ四龍の仲間じゃないか」
だが赤龍は軽く眉を上げて
「俺はブラックウルフの一員で、お前は飛龍の一員だ。紛れもなく敵だ」
「違う!」
握りしめた拳を地面に叩きつけて首を横に振った。
敵か、否かでいえば赤龍は敵だ。ブラックウルフの一員である以上、飛龍と相対する存在だ。スワロウテイルの縄張りを荒し、ロンドンの夜の秩序を乱すブラックウルフは排除すべき敵なのだ。それは嫌でも分かっている。ウィルが飛龍に身を置いている以上、避けては通れない道なのだから。
だが、赤龍本人に関して言えば敵だとは認めたくなかった。ウィルは赤龍に恩があるし情もある。敵対するなど有ってはならない存在なのだ。それなのに、赤龍はブラックウルフの配下に入り、飛龍と、ウィルと敵対する道を選んだ。そのことをウィルは受け入れられずにいる。
「……なんでっ……ブラックウルフなんかに手を貸しているんだよ」
込み上げてきた嗚咽が言葉を詰まらせる。怒りと悲しみが綯い交ぜになり、じわりと目頭が熱くなって視界が水に滲んだ。
ウィルと赤龍との出会いは七年前に遡る。
十歳の時に、ウィルは両親を失った。美術商をしていた両親は取引上のトラブルに巻き込まれ、とある組織に殺された。本来であれば、その場にいたウィルも一緒に殺されるはずだった。だが、両親を襲った一団の中に赤龍がいて、黒龍であるウィルの存在に気付いた。故に、ウィルは赤龍によってその場から連れ去らわれた。殺される寸前だったところを赤龍に救われたのだと知ったのは、随分後になってからだった。
赤龍はウィルを引き取り、同じ家に住まわせながら力の手ほどきをした。だが、ウィルにとって赤龍は恐怖と憎しみの対象だった。両親の事件に赤龍自身は直接手を下してはいなかったが、その組織の一員であることは間違い無い。親の仇を打ちたいという思いはあれど、成人していて力を自在に操る赤龍とは圧倒的な力の差があった。
力をつけたい。赤龍を超える力を身につけて、両親の敵討ちをする。その思いだけで、ウィルは赤龍の手ほどきを受けた。来る日も来る日も、ただひたすらに力を追い求めるウィルに対し、赤龍は容赦なくその力の遣い方を叩き込んだ。その甲斐もあってか、三年も経つ頃にはウィルは力を自在に操れるようになり、赤龍とも遜色ないレベルで戦うことが出来るようになった。
鍛錬の場では一切妥協せず厳しい赤龍は、しかし鍛錬を離れるととても優しかった。両親を失ったウィルに気遣いを見せ、学校にもちゃんと通わせてくれた。勿論、逃げようとすれば容赦ない仕置きが待っている、という脅しはあったものの、赤龍がウィルを虐げることは一切なかった。また、子どもだからと言って侮るようなこともなく、対等な一人の人間として扱ってくれた。
そんな赤龍に対して、いつしかウィルは特別な感情を抱くようになっていた。最初は、力をつけて絶対に逃げ出してやる、という思いで鍛錬を積んでいたが、それが次第に、赤龍に認められたいという思いに変わっていった。認めて欲しい、そして受け入れて欲しい。そう願うようになっていた。両親を殺した組織の一員なのに、憎悪はいつしか思慕へと姿を変えた。
ひたむきなウィルの想いを赤龍は拒まなかった。思慕の情を隠すことなく見せるウィルに、仕方のない奴だ、と笑ってその想いを受け入れてくれた。だが、決して一線を越えることは無かった。そこは十も年の離れた大人としてのけじめだったのだろう。また、子どもにありがちな、身近な大人に憧れを抱く時期でもあり、ウィルの想いを受け入れつつ将来に禍根を残さないよう配慮していたのかもしれない。ウィル自身は想いを受け入れてもらえたことで満足し、それ以上を赤龍に求めることも無かったことから、やはりまだ子どもの思慕の域を出なかったのだろう。
プラトニックな蜜月が終わりを迎えたのはウィルが十五歳になった時だった。
赤龍の所属していた組織がスワロウテイルに手を出したことで、組織は飛龍により壊滅させられた。ウィルがロバートと出会ったのもその頃だった。時が来れば必ず神龍の元に集わなければならない、と言うことは承知していたから、その時が来たのだと理解した。そして当然、赤龍もまた神龍の元に下るのだと疑いもしなかった。
だが、ウィルが飛龍に入った数日後に赤龍は姿を消した。
ウィルが学校に行っている間に、二人で住んでいた家からは赤龍の荷物の一切が消えていた。使っていた電話も解約されており、赤龍はそれきり消息不明となった。ウィルは方々に手を尽くして赤龍の行方を捜した。だが、驚くほどその痕跡は希薄で僅かな手がかりさえも掴めずにいた。
それから二年が経ち、赤龍との出会いさえ夢だったのではないか、と思い始めた頃に再び赤龍はウィルの前に姿を見せた。
飛龍の敵、ブラックウルフの一員として。
ウィルは頬を伝う涙を手の甲で拭って赤龍をねめつける。
言いたいことや聞きたいことは山のようにある。何故突然姿を消したのか。どうして一緒に飛龍に入らなかったのか。どんな考えでブラックウルフに身を置いているのか。問いただしたくて堪らない。しかし、赤龍はその一切に答えを返してはくれない。顔を合わせれば今のように問答無用で攻撃を仕掛けてくる。逃げることは簡単だ。だが、ウィルはどうしても赤龍の口から答えが聞きたかった。だからロバートの言葉を無視してでも赤龍と対峙する。赤龍に勝つことができればその答えを聞けるのではないか、と思うから。
だが、今日はどうしてもその気力が湧かなかった。昨夜、赤龍につけられた肩の傷が鈍痛を訴えているのもあるし、今も自分を見下ろしてくる赤龍の眼に何の感情も伺えないことも一因だった。
五年間、一緒にいて想いは通じていると思ったし、受け入れられていると思った。なのに、再会した赤龍は自分に対して冷徹を貫いている。かつて優しく向けられていた眼差しは冴え冴えとして心を抉り、向けられる力には容赦がない。対峙したときに感じる圧倒的な殺気はかつての赤龍からは感じることのできないものだった。
あの優しさは、まやかしだったのか。受け入れてもらえたと思ったのは勘違いだったのか。ならば、あの五年間は一体何だったのだろう。そう思わざるを得ないほど、赤龍の態度は己の知るその人の態度と異なっていた。
「どうして、あんたが敵なんだよ」
泣きながら問う。答えが返ってくるのは期待していなかった。だが問わずにいられない。再会して以来、積もりに積もった感情が堰を切って溢れてくる。
「なんで、あんたと戦わなきゃならないんだよ。そんなことをするために力を磨いたんじゃない」
赤龍は何も言わない。感情の無い眼差しがじっとウィルを見つめている。その眼差しに耐え切れず、ウィルは目の前の赤龍の胸倉を両手で掴んで叫んだ。
「なんで何も言ってくれないんだよ!俺はどうしたらいいんだよ!」
言って、間近でその顔を睨んだ。整ったその顔は仮面でも着けているかのように表情を変えない。何を言っても反応がない様子に、ウィルは途方に暮れて顔を歪ませる。まるで人形を相手にしているようだ、と思ったその時、赤龍の表情に変化が見られた。
「……お前は優しすぎる」
ため息混じりに言った赤龍の顔は、どこか痛みを堪えるような表情を見せていた。
「この世界で生きていくなら、もっと非情にならなければいけない」
そう言って胸倉を掴んだウィルの手を軽く叩き、開かせる。開いた手は胸元を滑り、力なく膝の上に落ちた。応えが返ってきたことに驚いて目を瞠るウィルを、静かな眼差しで見つめて赤龍は言う。
「この世界では情のある相手が突如敵となることも多々ある。情に駆られて手をこまねいているうちに命を盗られる可能性だってある。自分が傷を負うだけでなく、自分のせいで他の誰かが犠牲になることもある。下手な犠牲を増やさないためにも、お前はもっと非情になるべきだ」
赤龍は物心つく頃からアンダーグラウンドの世界で生きてきた。生きる世界はそこしか知らない。弱ければ奪われる。隙を見せれば足元をすくわれる。生きるか死ぬかの弱肉強食の世界でずっと生きてきた。情が弱点になることは知っている。情に絆されて命を失った者も多く見てきた。だからこそ、非情になることの意義は身に染みて理解している。非情にならねば生きてはいけない世界なのだから。
赤龍がそんな世界でずっと生きてきたのはウィルも承知している。共に暮らしていた時から繰り返し聞かされてきたこの世界の掟。それは理解している。だが、理解しているのと、実際に行動できるかは別だ。頭では分かっていても、実際に目の前に情のある相手が現れて非情になれるわけがない。ましてや、それが思慕の念を抱いていた相手ならなおのこと。
「あんたに対して非情になれるわけないじゃないか……」
かすれた声でウィルは言う。
「俺はまだ、あんたのことを――」
離れてから三年近くになる。その間、片時も忘れることが無かった。子どもの憧れの範疇かと思っていた想いは、離れてなお褪せることなく、寧ろ離れたからこそ強まっていた。ただの憧れではない。この手で触れたい。そしてその手で触れて欲しい。ひとりの人間としての欲を持ったその想いは、まさしく恋愛感情のそれだった。
想いを伝える言葉は嗚咽に阻まれて音にならなかった。伝えたいことはたくさんあるのに、聞きたいこともたくさんあるのに、込み上げてくる感情を押さえられず肩を震わせて嗚咽する。肩にそっと触れる掌の感触を感じて顔を上げると、どこか困ったような表情の赤龍と目線が合う。人としての感情を燈した瞳には気遣わし気な色が見えて、あの頃と同じ優しい眼差しに胸が痛む。慰撫するように肩を叩く手の温もりが、溢れ出す感情に拍車をかけた。目の前の赤龍の胸に縋って、ウィルは泣いた。
「落ち着いたか?」
泣いて泣いて、涙が枯れるくらい泣いた頃に静かな声で問われてウィルは身動ぎした。顔を上げると微苦笑を浮かべた赤龍の顔が視界に映った。きっと今、自分は涙と鼻水で酷い顔をしているのだろう。そっと差し出されたハンカチで顔を拭った。
「まだまだ子どもだな」
苦笑交じりのその声に少し唇を尖らせて
「もう少しで十八だ。もう子どもじゃない」
「感情を抑える術を身に付けられていない時点で十分子どもだ」
子どものように泣きじゃくってしまったことを指摘されて「誰のせいだと思っているんだよ」と呟いた。そのやり取りが共に暮らしていた頃のままで、一瞬、このままあの頃に戻れるのではないかと淡い期待を抱いた。
「傷を見せてみろ」
赤龍は静かにそう言ってウィルのシャツに手をかけた。シャツの下から赤く血濡れた包帯が姿を見せ、その包帯が剥ぎ取られると抉れた傷が薄っすらと血を滲ませていた。痛々しいその傷を見て、赤龍は僅かに眉を顰める。自分がつけた傷とはいえ心が痛むのだろうか。無言で肩に掛けたボディバッグから消毒液と包帯を取り出した。
消毒液が傷に掛けられると刺すような痛みが走り、ウィルは思わず顔を顰めた。赤龍は滲んだ血をハンカチで拭い、消毒した傷に新しい布を宛がってその上から新しい包帯を巻いていく。手慣れた様子で傷の処置をする赤龍をウィルはじっと見つめていた。
一緒に暮らしていた頃、鍛錬で怪我をする度にこうして手当をしてくれた。赤龍自身が怪我をして帰ってくることはほぼ無かったから、常備されていた消毒液や包帯などの治療に必要な道具はウィルの為のものだった。だとすると、今もこうしてそれを持っているのは誰の為か。赤龍自身が必要なものとは思えない。
赤龍が持つ必要のないものを持っているという事実は、ウィルに僅かな期待を抱かせる。赤龍の心に、まだ自分のことを想ってくれている名残があるのではないだろうか。一縷の望みがあるような気がしてウィルは赤龍の黒い瞳を覗き込む。
「……戻ってきてよ」
思わず呟いていた。
戻ってきて、あの頃のように二人で暮らせたらどんなにか良いだろう。赤龍と再会してから願わずにいられない。あの頃はまだ子どもと大人としての関係の中で、ウィルは赤龍に面倒を見てもらっている状態だった。赤龍の方も、庇護すべき対象として見ていた面もあるだろう。だからウィルの想いを受け入れはしたものの、決して一線を越えることなく大人としての節度を守って接してくれていた。だが、あれから二年以上経ち、ウィルは成長している。次の誕生日で成人を迎えるのだから、あのころとは違う。大人として新たな関係が築けるのではないかと思ってしまう。
だが、そんなウィルの願いを赤龍はにべもなく断る。
「それは出来ない」
「どうして」
「俺がブラックウルフ側の人間だからだ」
「だから、どうしてブラックウルフなんかに身を置いているんだよ」
そう問いかけた瞬間、赤龍の表情が無表情になり、瞳から感情の色が消えた。その表情の変化にウィルは思わず息を呑んだ。
「俺は俺の思惑でブラックウルフに身を置いている。お前の元に戻ることはあり得ない」
冷たく突き放すかのようなその言葉はウィルの胸を抉る。ついさっきまで見せていた人間らしい表情が一瞬で消え失せ、まるで仮面でも着けたかのように頑なになる。その仮面にはウィルを徹底的に拒む色がありありと出ていて、その豹変ぶりに戸惑いが隠せない。
何が赤龍の逆鱗に触れたのだろうか。理解できず二の句が継げないウィルを赤龍は冷たい目で見る。
「甘ったれるな、黒龍」
そう言うと手にしたウィルのシャツを投げて寄越す。
赤龍は再開したあの日から、ウィルを決して名前で呼ばなくなった。頑なに黒龍として扱い、馴れ合いを厭う。赤龍と黒龍は同じ四龍の仲間であるはずなのに、その心は遠い。こうして目の前に、手を伸ばせばすぐ触れられる程の距離にいるにも関わらず、ウィルの前には目に見えない障壁が山のように立ち塞がっているのだ。
「黒龍として生きていくのであれば、くだらない感情は捨てるんだ」
自分の赤龍に対する想いを「くだらない」と一蹴されてウィルは思わず赤龍を睨む。
「くだらなくなんかない」
自分の想いを分かっていながら敢えてそう言う物言いをしているのが分かって、怒りと悲しみが胸中を席捲する。赤龍の意図が全く分からない。冷酷無比に攻撃を仕掛けてきたかと思うと、さっきのように不意打ちでかつてのような優しさを見せる。しかし、また掌を返したように冷淡な態度を取る。何処に赤龍の真意があるのか分からず、混乱していた。
「あんたにとってはくだらなくても、俺にとっては大事な感情だ」
「その感情が、お前を死に至らしめるかもしれない」
淡々という赤龍の目には冷酷な色がある。先ほどの優しさは何処にも見当たらない。敵を見据えるような殺気を含んだ眼差し。共に過ごした五年間が、まるでなかったかのように思えるほど冷たいそれはウィルの心を深く抉った。
「だとしても……俺はこの感情を捨てることなんてできない」
「それがひいては仲間も危険に晒すことになってもか」
「守れる力を身に付ければいいだけだ」
「まだ俺にさえ敵わないのにか」
そう言われてウィルは言葉に詰まる。並の人間ならば黒龍であるウィルに敵うものはいない。だが赤龍となると話は別だ。赤龍と遜色ないくらい戦えるとはいえ、ウィルと赤龍ではくぐってきた修羅場の数が違う。幼い頃からアンダーグラウンドの世界にいた赤龍と、三年程前に飛龍に入ったウィルとでは経験値に圧倒的な差があった。経験値の差はそのまま力量の差に繋がる。どう足掻いても、ウィルが赤龍に勝つことは不可能だ。
「……あんたと戦う理由が俺には分からない。ブラックウルフに身を置いていたとしても、あんたは四龍の仲間だ。戦いあう相手じゃない」
「話にならないな」
そう言って赤龍は立ち上がるとウィルに背を向ける。
「待ってよ、天狼」
そう彼を呼ぶ。彼の本当の名で。赤龍は僅かにちらりと視線を寄越し、ほんの一瞬視線が交わった。だがその眼差しは冷ややかで、ウィルの呼びかけに僅かも心を動かされた様子は無い。ウィルから視線を外した赤龍は低い声音で告げる。
「次に会う時にそんな腑抜けた顔をしていたら、俺は本気でお前を殺す気でいく」
覚悟していろ、と言い残して赤龍はその場を後にした。