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龍という存在

 高層ビルが立ち並ぶウォーターフロントの街並み。


 商業施設とオフィスビルが入り混じるその街は、再開発によって大きくその姿を変え、伝統的な街並みとは一線を画した近代的な姿を立ち表している。無機質に囲まれた街中を行き交うのは、スーツ姿のビジネスマンや大きな荷物を抱えた観光客。公と私が雑多に入り乱れ、絶え間ない喧騒を振りまいている。


 高く昇った日が短い影を落とし、午後に特有の倦怠感が薄っすらと漂う中に彼はいた。少年と言うには少し大人びていて、だが青年と言うには少し幼い。やや長めの金髪が風に靡き、日の光に輝いている。Tシャツにジーパンというラフな出立の彼は、俯き加減に雑踏を抜け、林立するビル群の中で最も高いビルへと足を踏み入れた。


 低層階に商業施設、高層階がオフィスエリアとなっているそのビルは、低層階と高層階でエレベーターホールが分かれている。彼は迷うことなく高層階用のエレベーターホールへ入ると到着したエレベーターへ乗り込む。一緒に乗り込んだ数人が怪訝そうな顔をしたのは、彼がとある階のボタンを押したから。その階には世界を股に掛ける貿易会社のオフィスが入っている。だが彼はそこで働くにはどう見ても若い。こんな少年が何の用なのだろう、と人々の顔には書いてあった。しかし彼はその視線を気にすることなく、紺碧の瞳で階数表示のパネルを見つめていた。


 エレベーターが目的の階に到着すると彼は受付を素通りし、オフィスの入口へと足を踏み入れる。入口にはセキュリティが掛けられていて、関係者以外は入れないようになっているが、彼は当然のようにセキュリティカードを使い中へと入ってゆく。青を基調としたインテリアで統一されたオフィスの中は、セクション毎に仕切られており、彼はフロアの最も奥へと真っすぐ足を進める。フロアの奥は役員や社長などの重役席が集まっている。その中の一室。『President's office(社長室)』とプレートのある扉の前で彼は足を止めた。


 扉の前で軽く息を吐き、ノックしようと手を上げたところで中から「入れ」と声がする。彼はもう一度息を吐くと扉に手を掛けた。


 ドアの向こうは一面ガラス張りの広い部屋だった。落ち着いた調度品で飾られた部屋の真ん中には、重厚なソファと一枚板から作られたテーブル。その向こうには、見るからに歴史を刻んできたであろう、格式高いデスクがある。そのデスクに肘をつくようにして、一人の人物がデスク上のモニターを睨んでいた。


 長い黒髪をオールバックにしたその人物は、部屋に入ってきた彼をちらりと見る。黒髪と同じく黒い瞳は怜悧な印象が強い。視線をモニターに戻した人物は、デスク上のキーボードを叩きながら口を開いた。


「随分と遅かったじゃないか、ウィル」


 ウィルと呼ばれた彼は、苦笑しながら頭を掻く。


「お前の呼び出しが突然すぎるんだ、ロバート」


 そう言って、いかにも高そうなソファに頓着無く腰を下ろした。




 ロバートは本名を(ワン)黎明(リーミェン)という。世界を股に掛ける貿易会社オーシャンの社長である。かつて香港で起業したオーシャンは、今は本拠地をロンドンに移している。この世界に流通する物品は必ずどこかでオーシャンの手を介す、と言われるほどの企業だ。二十二歳と言う若さで社長の座に就いたロバートは敏腕を振るい、次々と新しい事業を拡大し、ロバートが社長に就任して数年で、オーシャンは更に拡大の一途を辿っている。



「呼び出しにはすぐに応じられるようにしておけと、いつも言っているだろう」


低い美声がどこか険のある色合いで咎めるように言う。その声に、ウィルは顔を顰めてソファの背もたれに背中を預けた。


「仕方ないだろ。昨夜は戻ったのが朝方だったんだから」

「その朝方まで何をしていたのか聞こうか」


 その声音に冷たいものを感じて、ウィルは視線をロバートに向けた。声音と同じく冷たい眼差しが射るように向けられていて、思わず視線を逸らした。


 ロバートは椅子を軽く引いて立ち上がった。デスクを迂回するようにしてウィルの座るソファの後ろへゆっくりと歩いてくる。厚い絨毯の敷かれた床は足音を飲み込み、ただ気配だけがゆっくりとウィルの後ろに近づいてくる。背後に立った気配から怒りの色を感じ取って、ウィルは軽く身を竦ませた。


「……昨日、赤龍(チーロン)とやり合ったそうだな」


 怒りを含んだ声音で言われ、ウィルは僅かに目を伏せる。今日の呼び出しはやはりそのことか、と唇を噛んだ。


「俺は、赤龍(チーロン)と出会ったらやり合わずに逃げろと言ったはずだが?」


 言葉と共に、背後から肩に手が掛けられた。


「……赤龍(チーロン)が先に仕掛けてきたんだ。だから――」

「だから何だ?尻尾を巻いて逃げることもできなかったのか」


 肩を掴まれて背後から覗き込まれる。冷たい漆黒の瞳が刺すように見下ろしていて、その眼差しから逃れることが出来ず直に受け止めて喘いだ。


「でも……逃げられなかったんだ」

「逃げる気が無かっただけだろう。売られた喧嘩は買わないと男が廃るとでも思っているのか」

「そういうわけじゃ……」


 否定する言葉は弱々しく尻つぼみになった。


 そう言う訳ではない、とはっきり否定は出来なかった。逃げろと言う命令を忘れていたわけではない。ただ、ウィルには逃げられない理由があった。だが、その理由を伝えたところで、ロバートに理解してもらえるとは思えなかった。


 ロバートの冷たい眼差しから逃れるようにウィルは俯く。肩に置かれた手に力が込められて鋭い痛みが肩に走った。


「下手なプライドの代償は何だ。この傷か?黒龍(ヘイロン)

 冷たい声でそう言ってロバートは更に手に力を込めた。刺すような痛みに、思わずその手を払ってソファから立ち上がる。


神龍(シェンロン)、俺は……っ!」


 ズキズキと痛みを訴える肩を手で庇って、ロバートを睨む。睨まれた方は表情を変えず、振り払われた手を軽く握り溜息を吐いた。


「何か申し開きがあるなら聞こうか」


 その言葉にウィルはぐっと口籠る。言ったところで理解してもらえるとは思えない。その思いが言葉を詰まらせる。喉の奥に貼り付いた言葉を飲み込んで唇を噛みしめた。


 ウィルが何も言わないのを見て取って、ロバートはもう一度溜息を吐いた。


「当分の間、飛龍(フェイロン)の活動は禁止する。夜の出歩きも禁止だ。大人しく学業に専念するんだな」


 そう言うとロバートはデスクに戻り、再度キーボードを叩き始めた。


 室内にキーを叩く音だけが響く。ロバートがそれ以上何も言う気が無いのを見て、ウィルは黙って部屋を後にした。



 じりじりと照り付ける太陽が肌に刺さって痛い。ビルを出たウィルは当てもなく雑踏の中を歩く。肌を焼く日差しから逃れようと日陰を求め、川沿いの小さな公園に足を踏み入れる。丁度、木陰になる位置にベンチがあり、そこに腰かけて大きく溜息を吐いた。


 先ほどロバートに掴まれた肩が鈍痛を訴えている。見るとシャツに血が滲んでいた。襟ぐりを広げてみると、肩口に巻いた包帯が真っ赤に濡れている。ロバートに掴まれて傷口が開いたようだ。知っていてわざと掴んだな、と顔を顰める。ロバートの言葉が思い出されて口が苦い。


「プライドなんかじゃないんだ……神龍(シェンロン)


 そう独り言ちて重い溜息を吐いた。



 ウィルはロンドンの高校に通う三年生だ。ただ、学業とは別に彼には裏の顔があった。それはオーシャンが抱える秘密組織・飛龍(フェイロン)の一員だということ。


 オーシャンは巨大な企業故に、その配下にスワロウテイルという裏組織を構える。俗にいうアンダーグラウンドの組織だ。表面上、直接的な関係は無いものとされているが、創業当初より代々社長がそのトップを担っており、現在はロバートがその任に就いている。飛龍(フェイロン)はその裏組織を監視監督するための組織で、特殊なのは気功術を操る術者を多数抱えているという点だ。


 気功術は己の体に流れる気力を自在に操ることが出来る術を言う。中国に起源をもつその術は、肉体の周りに気を壁のように張り巡らせて硬化させて防御力を高めたり、掌に気を集中させて放つことで遠隔攻撃も可能となる。人は誰しも大なり小なり気力を備えているが、それを使いこなせるものは稀だ。その稀な術者を多く抱える飛龍(フェイロン)は異色の組織と言える。


 気功術を操る者の中でも、ウィルは特殊な存在だった。


 ウィルはその身にもう一つの名を持つ。飛龍(フェイロン)の中でも一部の人間にしか知られていないが、ウィルは「黒龍(ヘイロン)」という名を持つ。「龍」と呼ばれる存在は、この世の中に五人しか存在しない。


 

 「龍」それは天より遣わされた地界の番人。


 かつて天は世界を二つに分けた。神々の住まう天界と、人々の住まう地界に。そして天界を五つに分け、そのうちの四つを東西南北の海に配した。四海の中心に黄海を擁し、神龍(シェンロン)がこれを治めた。東西南北の海には青龍(チンロン)白龍(パイロン)赤龍(チーロン)黒龍(ヘイロン)を配し、地界の守り人として任じた。四龍(スーロン)は地界の番人として勤め、地界の地脈が乱れると神龍(シェンロン)と共に人として地界に転生し、地脈の乱れを正す役割を担っている。


 人として転生した「龍」はその身に「宝珠」を抱き、時が来れば自ずと神龍(シェンロン)の元に集う。どんなに国を違えていようと、宝珠は引き合い神龍(シェンロン)の元に集う。それは偶然ではなく必然の理として、この世界に君臨する。神龍(シェンロン)の指揮の下、四龍(スーロン)は力を合わせて地脈の流れを正し、その役目を終えると再び天界へ戻る。それは悠久の昔から繰り返されてきたこの世の理だった。


 宝珠の力を宿した肉体は、体の成長と共に力を操る術を習得し、十五歳前後でその体内の気力を自在に操ることができるようになる。その力は並の人間が操るものとは比較にならないほど強大だ。そして力を行使するとき、龍は瞳がその者固有の色に変じる。黒龍(ヘイロン)なら黒。赤龍(チーロン)なら赤、というように。瞳の色を変えた龍に敵う人間はいない。対等に対峙できるのは同じ龍のみだ。


 今生に於いて、ウィルは黒龍(ヘイロン)の宝珠を持って生を受けた。そして神龍(シェンロン)であるロバートと出会い、その配下に下った。だが、もう一人の龍である赤龍(チーロン)は現在、神龍(シェンロン)の配下にいない。


 赤龍(チーロン)飛龍(フェイロン)と敵対する組織、ブラックウルフの一員だ。ブラックウルフはアメリカに拠点を置くSSS(スリーエス)という企業の裏組織である。近年、イギリスに勢力を伸ばしてきており、スワロウテイルの縄張りを荒らすため頻繁に飛龍(フェイロン)と小競り合いになっている。


 昨夜もスワロウテイルとブラックウルフの間で諍いが発生し、それを治めるためにウィルは飛龍(フェイロン)の仲間と共に駆け付けた。そしてその場にいた赤龍(チーロン)とやり合い、肩に傷を負った。

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