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第六話

昼食後、私たちは再び講堂に集められ、整列していた。これから学校案内が始まる。入学式や魔力測定の緊張感はまだ薄れておらず、皆どこか落ち着かない表情だ。


「諸君。これより、上級生の案内のもと、校内の諸施設を見学する。彼らは上級課程の者たちだ。礼を失することのないように。また、班分けについてはいつもの食事のテーブルの席のメンバーだ。」


「それでは、上級生は担当の新入生の班に行くように。」


ヒューバート先生の声で上級生たちは一斉に動き出した。

私たちに向かって歩いてくるのは、漆黒の髪に銀の瞳、静かな気品を漂わせる佇まい。その人物こそ、五大公爵家のひとつ、フィデリア公爵家の長男、ルカ・フィデリアだった。


「初めまして、皆さん。フィデリア公爵家のルカ・フィデリアと申します。今日は、皆さんがこの学び舎に早く馴染めるよう、できる限り分かりやすくご案内しましょう」


低く澄んだ声には、不思議と人を引き込む力がある。その振る舞いは凛として、けれどどこか淡々としていた。


「不明な点があれば、遠慮なく尋ねてください。ただし、列を乱す行動は慎まれるように」


その一言に、班の空気はすっと引き締まった。ルカはそのことに一切動じる様子もなく、優雅な歩みで私たちを先導した。


「では、参りましょう」



最初に訪れたのは、中央広場。花々と噴水が美しく調和し、魔導植物も咲き誇る憩いの場だ。正門からも近く、入学式の前にアリシアやセドリックと話した場所だ。


「ここは休憩、散策、そして時折、簡単な魔法の練習にも使われる場所です。ただし、許可なく魔法を行使すれば厳罰となりますので、ご注意ください。」


ルカは丁寧に説明を続けたが、声に感情はあまり乗らない。それでも、不思議と話に引き込まれる。


「……すごく綺麗な場所ね」


フローラがそっと呟く。


「魔導植物の手入れも見事だな。さすがだ。」


セドリックが感心したように頷く。


「けれど、油断すれば命を落とす植物も紛れているわ」


アリシアは涼しげに言い放つ。


「その通りです」


ルカは柔らかく微笑み、すぐに説明を続けた。


「魔導植物は美しさの裏に危険を秘めています。この場所では、決して触れてはなりません。基本的にはすぐに治療すれば、死に至ることはないようなものが植えられていますが、そうは言っても危険です。」


私も静かに頷きながら、広場を見つめた。


次に訪れたのは魔導演習場。重厚な石造りの広間で、魔法の実戦演習が行われる場所だ。


「ここは魔術の力を存分に振るえる場所です。防護結界が常に張られていますが、己の限度を見誤れば、命は保証されません」


ルカの言葉に、自然と背筋が伸びる。


「命まで?」


フローラが不安げに呟くと、ルカは淡く微笑んだ。


「魔術とは、そういうものです」


その瞬間だった。


「きゃっ……!」


甲高い悲鳴が響き、私たちは一斉に振り返った。別の班の新入生が、手にしていた魔道具を落としたのだ。


「や、やだ……止まらない……!」


落ちた魔道具から、紫色の光が噴き出し、みるみるうちに空気が震え出す。魔力の奔流は地面を揺らし、重低音のような唸りが周囲に響き渡った。


「暴走魔力……!なんで…」


私は、思わず息をのむ。


「全員、下がれ!」


エドワード皇子が鋭い声を発し、素早く防御結界を展開する。


「殿下、援護します。」


アリシアもすかさず水属性の魔術を発動し、飛び散る魔力を押さえ込もうとするが、


「だ、駄目です……魔力が強すぎて……!」


彼女の額に汗が浮かぶほど、暴走は激しかった。紫の光は濃く、どんどん膨張していく。まるで空間そのものが裂けるかのような、恐ろしい圧力。

(このままでは……!)


「皇子殿下、セドリック、フローラ私の合図で、一気に防御を重ねてください。アリシアは休んでてもいいわ。」


私は低く囁き、身構えた。すでに、目の前にはただの事故ではない、明確な脅威が迫っている。


「わかった」

「了解だ」


ふたりが即座に応じる。

私たち三人は、それぞれの得意な属性で結界を張る準備を整えた。エドワードは光、セドリックは闇、私は火、相反する力の制御は困難だが、今は選択肢がない。


「行くわよ……!」


けれど、その瞬間。


「止まりなさい。君たちでは手に負えません」


低く、澄んだ声が響いた。私たちが振り返るより早く、ルカ・フィデリアが静かに歩み出てきた。


「ここは、私が封じます」


落ち着き払ったその声音に、全員が一瞬、呼吸を止める。ルカはゆっくりと手を掲げ、詠唱を始めた。

低く響く詠唱の声。次の瞬間、彼の掌から放たれたのは、まるで“夜空そのもの”のような魔法陣だった。

闇と光が混じり合うような、不思議な魔法陣が魔導演習場全体を覆う。その瞬間、あれほど荒れ狂っていた紫の魔力は、まるで潮が引くように静まり、吸い込まれていく。

(なに、この魔術!)

私だけでなく、エドワード皇子やセドリック、アリシアすら言葉を失っていた。

魔力は音もなく消え、辺りは再び静寂に包まれた。ルカは淡々と、魔道具の残骸を拾い上げ、結界を解く。


「問題ありません。もう安全です」


それだけ告げ、彼は私たちを振り返った。


「皆さん、大丈夫でしたか?」


穏やかな微笑み。だが、その瞳は一切揺れていない。最初から最後まで、まったく動じていなかったのだ。


「す、すごい……」


フローラが小さく呟く。


「これが、五大公爵家の実力か」


セドリックが低く唸る。


「そういうあなたも五大公爵家のうちの一つの嫡男でしょ?」


アリシアが言った。

私は、ただ呆然とルカの背中を見つめていた。

冷たいわけじゃない。怖いわけでもない。ただ、“底が知れない”。そんな圧倒的な格の違いを、嫌でも思い知らされた。

(この人、一体、何者なの?)

その問いが、胸の奥で静かに渦を巻くのを、私はどうしても抑えられなかった。


しばらくして、案内は再開されたが、誰もがルカに一目置くようになっていた。彼は終始変わらぬ穏やかさで、最後の寮棟の説明まで済ませた。


「以上で、案内は終了です。これより先、迷うことがあれば、自力で道を探しなさい。それもまた学びの一環です」


そう言い残し、ルカは静かに頭を下げる。


「これからの学院生活、皆さんにとって実りあるものとなることを願っています」


最後まで冷静で、優雅だった。

彼が去ったあとも、私たちはしばらくその場から動けなかった。


「あの人、本当にただの上級生なの?」


フローラがぽつりと呟く。


「さあ?」


私はそう答え、講堂に向かった。

いよいよ、本格的にメアリーの学園生活がスタートしようとしています。このあと、どうなっていくのか、お楽しみに!

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