第五話 前編
朝は、驚くほど静かだった。
窓から差し込む柔らかな光に目を覚ますと、重厚な天蓋が淡く金色に染まっている。昨日までの緊張が、まだ体の奥に残っていた。
「おはようございます、お嬢様」
控えめなノックの音と共に、侍女のヘレナが部屋へ入ってくる。
「朝食の用意が整っております。身支度をお手伝いいたしますね」
「ありがとう、ヘレナ。……まだ夢を見ているみたいですわね」
「きっとすぐに慣れますわ。お嬢様は、いつも凛としておられますから」
ヘレナの手際は完璧だった。鏡に映る私は、新品の淡い青の制服に身を包み、長い髪も美しく結われている。ここでは、身だしなみすらも実力の一部。気を引き締めなければ、と私は心の中で呟いた。
朝食を食べに食堂に向かう。私は静かに席につくと、昨夜と同じ顔ぶれがテーブルに並ぶ。
「おはようございます、皆さま」
「おはよう、メアリー嬢。……昨晩は、ぐっすり眠れましたか?」
エドワード皇子が、控えめに微笑みながら声をかけてくる。その声音は柔らかく、まるで親しい友人に向けるような自然さだった。
「ええ、なんとか。まだ少し落ち着きませんけれど」
私がそう答えると、セドリックがパンをかじりながら肩をすくめた。
「そりゃ、誰でもそうだよ。初日なんて、慣れないのが普通さ」
「セドリックは朝から元気ね……」
フローラが微笑ましそうに呟く。アリシアは相変わらず無言でナイフを動かしていたが、昨晩よりも少しだけ表情が柔らかいような気がした。
食事が進む中、ホールの奥から教師たちの姿が現れた。中央に立つのは、あのヒューバート先生だ。
「諸君、これより本日の予定を伝える。朝食を終えた者から、速やかに講堂へ向かうように。初日の授業として、学年オリエンテーションを行う」
その声に、ホール全体がざわめく。私たちも静かに席を立ち、流れに従って講堂へと向かった。
講堂に入ると、昨日のように厳かな空気が漂っている。壇上にはすでに六人の教師が並び、それぞれが威厳に満ちた佇まいで私たちを見下ろしていた。
ヒューバート先生の声が、講堂に響き渡る。
「さて、諸君。ここに並ぶのは、諸君の一年間を導く『学年担当』の教師陣だ。6年間基本的にメンバーは変わらない予定だ。我々以外にも専科の先生方がいらっしゃるが、クラス分けまでの期間は学年担当だけで授業を進めていく。」
彼はゆっくりと手を広げ、一人ずつ紹介を始める。
「まず、私が学年主任を務めるヒューバート・ディアモン。魔力制御と歴史を担当する。公平を旨とすることを誓おう」
講堂に小さなどよめきが起きる。彼は昨晩の授業でも印象的だったが、その態度には揺るぎない信念が感じられた。
続いて、一人の男性教師が前に出る。鋭い目元に黒髪、堂々たる体躯を持つその男は、まるで騎士のような雰囲気を纏っていた。
「一組担任、レオン・フィルバーグ。魔法剣術と基礎体術を担当する。規律を重んじる」
その声は厳しく、空気が引き締まる。なるほど、レオン先生か。かなり厳しそうだ。
次に前に出たのは、同じく男性教師。柔らかな栗色の髪と、優しげな笑みを浮かべる温和な雰囲気の人物だった。
「二組担任、ハロルド・ヴァレント。魔法理論と基礎錬成術を担当する。君たちの成長を楽しみにしているよ」
彼の柔らかい声は、緊張する生徒たちを少しだけ和ませた。
そして、壇上の中央寄りに立つ女性教師が進み出る。漆黒の髪を持ち、凛とした佇まいが印象的だった。
「三組担任、リディア・アルトマンです。古語解読と古代魔法の担当です。どうぞよろしく。」
続いて前に出たのは、銀髪で美人な女性教師。穏やかで落ち着いた雰囲気をまとい、どこか母性的な空気すら感じる。
「四組担任、ミランダ・フォルセティです。治癒魔術と調律魔術を担当します。焦らず、じっくり学んでくださいね」
その声はやわらかく、講堂に温かな風が吹いたかのようだった。
最後に、壇上の端に立つ女性教師が前に出る。金色の髪をまとめた彼女は、引き締まった表情と凛とした態度を崩さない。
「五組担任、カテリーナ・ヴァレンティナです。攻撃魔術と戦略魔術、そして魔法生物学を担当するわ。時には優しく、時には厳しく行く予定です。」
その堂々とした言葉に、講堂全体が引き締まった。私は、自然と彼女に引き寄せられるような気持ちになった。きっと、彼女が私の担任になるのだろう。いや、絶対にそうなるような成績を取らなければ。
「以上、六名が諸君の導き手となる」
ヒューバート先生がそう締めくくると、壇上の教師たちは一礼した。
「最後に一つ。ここにいる教師は、全員が貴族出身でありながら、身分に左右されず公平を貫くことを誓っている。ゆえに、君たちも誇りだけに縛られるな。力ある者ほど謙虚であれ」
その言葉は、まっすぐに胸へ刺さった。
今回も前編と後編に分かれております。次回は学校についての説明があります。
どうぞ、お楽しみください。