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第四話 後編


「お待たせいたしました。本日のご夕食です」


 給仕担当の側仕えが列をなし、静かな足音を立てて広間を進んでくる。銀の蓋をかぶせた皿が整然と並び、蓋を開けるたびにほのかに香ばしい匂いがホールの空気を満たしていった。


「入学のお祝いの席ですので、シェフが腕によりをかけてご用意しました」


 そう告げられ、銀蓋が一斉に持ち上げられる。湯気とともに、香辛料とバターの芳醇な香りがテーブルを包み込んだ。


 前菜は白身魚のテリーヌに香草をあしらったサラダ、その上にかけられているヴィネグレットがほのかにきらめいている。どの皿にも美しさと緻密さが宿り、目にも鮮やかだった。


「おいしそう……」 


 フローラが小声でつぶやき、フォークをそっと手に取った。金色の瞳がわずかに揺れている。


「エグモント家の食卓も華やかだと思っていたけれど、ここまでとは。やっぱり、魔術学校って特別なのね」


「確かに。ここは帝国でも最高峰の場所ですから……」


 私はそっとナイフを持ち上げ、魚に刃を入れた。口に運べば、上品な酸味のソースがふわりと広がり、知らぬ間に強張っていた肩の力が抜けていく。


「うん、美味しい。……けど、こうして食事するのって、少しだけ緊張するね」


 セドリックがそう言って肩をすくめた。


「え? あなたでも緊張するの?」 


 フローラが意外そうに目を丸くする。


「もちろんだよ。公爵家とはいえ、こういう場では周囲の目が気になるし、それに……」


 彼はナイフを持ったまま、言葉を濁す。


「それに?」


「さっきの“測定”で、他人と比べられたって、実感しただろう?」


 セドリックの言葉に、一瞬だけ場が静かになった。誰もが講堂でのあの瞬間を思い出していた。属性の光、魔力量、周囲の称賛――そして静まり返った沈黙。


 その空気を和らげるように、エドワード皇子がそっと口を開いた。


「比べられることに慣れすぎると、自分の立ち位置を見失うものさ。僕も、たまにそうなる」


 その声は穏やかだったが、どこかに陰が差していた。誰もが憧れる立場の人間が、ふと覗かせた影。皇族という重荷を背負う者だけが知る孤独が、わずかに滲んでいた。


「だからこそ、こういう時間が大切なんじゃないかな」 


 彼はゆっくりと視線を巡らせた。私、セドリック、フローラ、そして――アリシアへと。


「席が一緒になったのも、きっと意味がある。これから、共に学んで、共に鍛え合っていく仲間としてさ」


 私はその言葉に、小さくうなずいた。けれど、すぐ隣で、静かにナイフが置かれる音がした。


「仲間、ね……」 


 アリシアの声は低く、そしてどこか鋭かった。その視線は料理皿に落ちている。だが、言葉の矛先がどこに向けられているかは明白だった。


「でも、“仲間”って言葉、そんなに簡単なものではないでしょう? 少なくとも、わたくしには、まだそう思えるほど……甘くはありませんわ」


 私の心に、さざ波が立つ。けれど、アリシアの声は決して怒りではなかった。むしろそれは、信じることへの不器用さが滲んだ、かすかな防壁のようにも思えた。


 その空気を破ったのは、セドリックだった。


「……でも、最初は誰だって、他人だよ。少しずつ知って、少しずつ信じて、やっと“仲間”になっていくんだ」


 そう言って、彼はナイフとフォークを丁寧に置いた。


「アリシアだって、子どもの頃よりはずっと丸くなったじゃないか」


「え? ……ちょっと、セドリック、それはどういう意味?」


 アリシアが不満げに睨む。だが、その瞳に怒りの色はなかった。


「ほら、そうやって怒るところは昔のままだけどね」


「……ふん。全然、嬉しくありませんわ」


 彼女は小さく顔を背けたが、その頬にはかすかに笑みが浮かんでいた。


 私は、心の奥で静かに息をついた。昼間、あれほど敵意を向けてきたアリシアが、今はこうして穏やかに会話を交わしている。ほんの小さな変化かもしれない。けれど、この地で生きるための、大切な最初の一歩のようにも思えた。


「そうね……意味があるのかもしれませんわね、この席も」


 不意にアリシアがそうつぶやいた。ワイングラスに映った蝋燭の炎が、ゆらゆらと揺れている。


 フローラがやわらかくその言葉を受け取った。


「きっとそうよ。私たちは、何かを共にするために、この場に集ったのだと思うわ」


 ふと見上げると、セドリックと目が合った。セドリックは優しく微笑むと、


「これから、何が起こるかはわからないし、人は未来を知ることはできない。でも、それを生きていくことはできる。だからこそ、頑張っていかなければいけないね。」


 気づけば、料理は半分ほど減っていた。テーブルのあちこちに笑い声が広がり、宴の空気がやわらかく漂っている。


「夜はまだ長いですわ。けれど、きっと、あっという間に過ぎてしまいますのね」


 私が何気なくつぶやくと、フローラが小さくうなずいた。


「だからこそ、一瞬一瞬を、大切にしていきましょう」


 その言葉に、私たちは自然と微笑み合った。まだ不安はある。けれど、今ここに芽吹いたこの空気が、いつか何かを変えていく――そんな予感を、私はほんの少しだけ信じてみたくなった。



これで、メアリーの学校生活初日は終了です。次回から、いよいよ本格的な学校生活がスタートします。今後のメアリーに注目です!

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