第四話 前編
初日の授業が終わると、寮棟へ移動する生徒たちで校内は一時ざわめいた。ユリアナ魔術学校では、学年ごとに異なる寮棟があり、生徒は卒業まで同じ個室を使用する。 私も、自身の荷物を運ぶ侍女ヘレナとともに、女子寮の塔へと向かった。
塔の正面には、優美なアーチと大理石の階段が伸びている。中に入ると、すぐに案内役の教師が彼女の名を呼んだ。
「クロンセチア公爵令嬢、七階の特等階へどうぞ。公爵家と皇族専用のお部屋です。」
私は無言で頷く。
七階の廊下は他の階と比べ、明らかに装飾が豊かだった。赤い絨毯と重厚な木扉、窓辺には小さな観葉植物が整然と並ぶ。 鍵を受け取り、自室の扉を開けたら、しばしその空間に見入った。
天蓋付きのベッド、大きな書き机、壁には古い魔導地図が掛かっている。自分だけの空間、けれど、あたたかさはまだない。
「静かですわね。」
私はカーテンを閉めながら呟いた。
「ええ。お部屋は寮の側仕えと整えておきますので、お夕食を召し上がりにいってくださいませ。」
ヘレナは、そういうと私を食堂のある、多目的ホールまでまで連れて行ってくれた。
そこには、すでに多くの生徒が集まっていた。
広間の中央には、金と銀で縁取られた円卓が置かれ、最上位の生徒のみが座ることを許されている。そのまわりには侯爵家、次に伯爵家、と、円が外にいくほど家格が低くなる仕組みだ。
「こちらへどうぞ、クロンセチア令嬢。」
案内された円卓の一角には、すでにエドワード皇子が座っていた。目が合うと、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「こんばんは、メアリー嬢。初日の授業は、いかがでしたか?」
「そうですわね、思っていたよりもずっと緊張しましたわ。静かだったので、余計に緊張してしまったのかもしれません。」
「私もとても緊張していました。全属性なのは既に知っていましたが、魔力量が少なかったらどうしようかと。」
「殿下に限って、そのようなことはありませんわ。」
二人がそんなやりとりを交わすと、もう一人、席に加わった者がいた。
「こんばんは。夕食に間に合って良かったですわ。」
「あら。フローラ。そういえば貴女もこちらの席でしたのね。」
「ええ、そうよ。私も、エグモントというれっきとした公爵家の者ですもの。」
フローラはメアリーの隣に腰を下ろす。その自然な動作に、どこか似た感性を感じた。
「本当に、こうして一緒にいられる人がいてよかった。」
メアリーが小さくうなずくと、今度はアリシア・ガーネットがやってきた。水色の髪を揺らしながら、堂々とした足取りでエドワード皇子の隣に腰掛けた。
「エドワード皇子殿下、ごきげんよう。」
アリシアはエドワード皇子のことを見てそう言った。
「ごきげんよう、アリシア。」
エドワード皇子は微笑んだ。
「本日の入学式でのご挨拶、とても立派でしたわ。まさに、帝国の未来を背負うお方にふさわしいご発言でございました」
アリシアが笑みを浮かべながらそう言うと、エドワード皇子は控えめな笑みを浮かべて応じた。
「ありがとう。けれど、ああいう場ではどうしても形式的になってしまってね。自分の言葉がどこまで届いたのか、少し気がかりだったんだ」
「ご謙遜を。殿下の言葉は、場の空気をきちんと引き締めておられましたわ」
彼女の言葉は礼儀正しいものだったが、その口調にはやはりどこか誇らしげな色がにじんでいた。
私は黙ってそのやりとりを見守っていた。 隣に座るフローラは、あえて話に割って入らなかった。
「でも……寮での生活、まだ実感がありませんわね」
私がぽつりとこぼすと、フローラが優しく微笑んだ。
「慣れるまでは誰だって同じですわ。でも、これから新しい生活が始まるんだと思うと少しわくわくしませんこと?これから、どんなお友達ができて、どんな楽しみがあるのかとか」
「……たしかに、それは少し、楽しみですわ」
「それに、新しい自分の部屋を自分の色に染めていくのも楽しみですの。今日はさっそくお風呂を堪能しようと思っていますのよ。」
そう言ってフローラが楽しげに笑ったときだった。
「おや、ここは随分と華やかな席だね」
その声に、私は顔を上げた。
そこに立っていたのは、あのセドリックだった。
「ごきげんよう、皆さん。席、空いてるかな?」
「もちろん。こちらへどうぞ、セドリック。」
アリシアが一つ空いている席を指さす。セドリックは軽く会釈すると、私の斜め向かいの席に腰を下ろす。
「やれやれ、さっきまで講堂にいたのに、もうこうして食卓を囲んでいるのが不思議な感じだよ」
「本当に……今日だけで、何日分もの出来事がありましたものね」
私がそう言うと、彼は真面目な顔になった。
「メアリー嬢の測定結果には驚かされたよ。まさかあれほどとは。全属性で、あの魔力量……皇子以外であれは、前代未聞だ。」
「……過分な評価ですわ。たまたま、そうなっただけです」
謙遜のつもりだったが、セドリックは真剣な表情で首を振った。
「そうやって自分を控えめに保てるのが、君の強さなのだろう。けれど、力を持つ者として、それを認識することも必要だ。力は、使い方を誤れば他者を傷つけるから」
その言葉に、私は一瞬だけ息を呑んだ。だが、セドリックのまなざしには、どこか優しさと誠実さがあった。
「……肝に銘じますわ」
すると、エドワード皇子が柔らかく笑い、言った。
「セドリックは時々、年長者みたいなことを言うんだよ。昔からそうだった」
「僕のほうが誕生日、早いからね。……数ヶ月だけだけど」
セドリックが軽く冗談を交えると、卓上に控えめな笑いが広がった。
あのアリシアも微笑んでいた。
家族との食事の席よりもずっと楽しい。もう、我慢しなくていいんだ。あの生活とはおさらばだ。私はとても嬉しくなった。
少々区切りが悪いですが、これが前編です。後編は次週出します。お楽しみに!