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「このひと、私の婚約者ですから!」と嘘に巻き込んだ御曹司が、なぜか話を合わせてくるんですが!?  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
【第二章】

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2,いざ秘書課へ!

「おはようございます。今日から秘書課に配属となりました白築(しらつき)です、よろしくお願いします!」


 最上階の一角、秘書課の戸をくぐってアリスは中に詰めていた社員たちに着任の挨拶をした。


(秘書課といえば、洗練された美女揃いの華やかな花形部署のイメージだけど……!)


 室内に詰めていたのはスーツ姿の男性四人、年代はバラバラ。女性は二人で、いずれもアリスの母親くらいの年齢であり、服装やメイクが派手な印象はない。

 デスクトップのパソコンや固定電話を置いたデスクはいくつかあるものの、机上に私物のようなものもなく、すっきり片付いた印象だ。

 ひとつだけ離れた位置に置かれたデスクについていた男性が、すぐに立ち上がってアリスの前まで歩み寄ってきた。


「連絡は来ています。室長の穂波(ほなみ)です。先に、城戸さんから業務について説明があったことかと思いますが、慣れるまでは秘書課全体でフォローに入ります。まずは焦らず先輩からしっかり学んでください。これから一緒に頑張っていきましょう」


 穂波は、五十歳前後だろうか。室長らしい落ち着きがあり、スマートな体つきで顔立ちは二枚目俳優のように整っている。社内的に「時の人」であるアリスを前にしても「君があの白築さん?」などと探りを入れて無駄に絡んでくる気配もない。

 絶妙なタイミングで、アリスの後ろに控えていた城戸(きど)が声をかけてきた。


「室長は、大空会長の筆頭秘書です。会長は現在も各店舗への視察などで出張も多く、秘書課から秘書が同行することもあります。穂波室長も以前はかなり留守がちでしたが、本社業務もありますので、会長には他の社員が同行する体制になりました」


 さらっと説明された内容については、アリスも一応イメージがつく。

 ちょうど、アリスが新入社員として研修に行った店舗でも、重役を迎えるために大わらわになったのを経験しているからだ。


(あのとき、元広報部部長「大空部長」でいまは「吉野さん」は、隙あらば支店の女性従業員に声をかけて、愛人にしようと目論んでいたわけだけど……用件としては、愛人探しではなくあくまで仕事で来ていたわけで)


 香空リゾートは、国内外に多数の宿泊施設を展開している関係で、常にどこかの店舗でレストランの新メニュー試食や内装のマイナーチェンジ、庭の草木の入れ替えなど、上層部の視察を必要とする案件を抱えている。

 そのため、重役クラスは本社の通常業務の合間を縫って出張三昧なのだ。

 立て込んでいるときには、県をまたいで一日で数店舗移動して試食や打ち合わせをこなし、そのままオペレーションの確認も含めて夜に着いた店舗で宿泊……という行程となっているらしい。


 そもそも重役に限らずとも、正社員として入社すると店舗で研修を積む期間があり、アリスのように本社勤務となっても繁忙期には現場応援に行くことがあった。基本的に、出張の多い職業なのである。


「秘書課の体制として、現在では男性の出張には男性秘書が、女性の出張には女性秘書がつくのが基本のルールになっています。例外もありますが。数年前まで何かとトラブルがあったので、室長がその辺を整備しまして、役職者の比率に合わせて秘書課も男性の方が多くなりました。今は、女性役員で秘書を連れて国内を飛び回っている方は暁子副社長だけなので」


 城戸の流れるような説明に、アリスは「わかります」と目で答えた。

 横で聞いていた穂波が、さりげない口ぶりで付け加える。


「出張だけでなく、接待の会食もですね。今はどこの会社もコンプラが厳しくなっていますが、それはただの建前として、取引を進める中で特別な接待を期待している相手先もいます。いかに優秀であっても、女性秘書が顔を出さないほうがお互いのために良いこともあります。ただ私は、女性の仕事を奪う意図はありません。暁子(あきこ)副社長のカバーだけで、二人の女性秘書も多忙を極めているのが実情で、白築さんには大いに期待しています」


 取引先に特別な接待を要求されるというのは、綺麗な女性秘書を「紹介してくれ」と言われるようなことだろう、とアリスは緊張を覚える。

 女性ではないが、綺麗な男性である海も何かしらを思いだして嫌そうにしていたので、杓子定規なコンプラだけでは太刀打ちできず、高度な立ち回りが要求される場面もあるのかもしれない。


「社内的にも社外的にも、男女関係でトラブルが起きないよう、未然に防ぐ体制を作ったって、ことですよね。働きやすそうな現場で嬉しいです」


 思っていたことが全部口から出てしまい、アリスは内心で慌てる。

 穂波が、笑みをこぼした。


「もちろん、それは本来業務とは関係ない部分なので。そういった『仕事に集中するために煩わされたくないこと』は、適宜見直していきたいと考えています。どこの会社でも、離職の原因の多くが社内の人間関係とはよく言われることで」


 ああ~、わかります、とアリスは全力で同意の意味で大きく頷いた。

 城戸が、そのアリスを見てさら~っと聞き捨てならないことを言う。


「いくら事前に対策を取っても、吉野さんの部長時代のイメージで先方が『接待の席に女性を用意してくる』こともありますし、弓倉部長のように若くて容姿の整った男性の場合は、相手方から無理難題を言われる形での問題も発生もしていますが」


 あうっと、アリスは目を見開いて城戸を見た。


「それ、少し聞きました。やっぱり、弓倉部長は貞操を狙われていると……!?」


 城戸は表情を動かさぬまま「そうですね」と認めた。

 認められてしまった。


(海さんの話の内容から薄々察してはいたけど……! 広報部は特に前の吉野さんのイメージで女性を用意した接待をされるとか、仕事上芸能界ともつながりがあってキレイな女性に会う機会も多いとか……! 海さん自身があのスペックで、しかも出会いが多い!)


 ひえ~っと、アリスが思っていることを全部表情に出したところで、秘書課のドアががちゃっと開いた。


「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」


 顔を出したのは、仕立ての良いスリーピーススーツを身に着けた、完璧なエグゼクティヴスタイルの弓倉海である。

 研ぎ澄まされた美貌に、輝くような笑み。

 おはようございます、とそのタイミングで電話対応などをしていない秘書たちが挨拶に応える。

 城戸も同じように「おはようございます」と言ってから「噂をすれば」とぼそりと付け足した。

 海はアリスへと顔を向けて、極上の笑顔で口を開く。


「おはよう。今日からだね。仕事はどう?」


 後ろから光が差し、周囲に花が咲き乱れるほど空気が煌めく。

 その場にいた全員が「うわ」「これは」とあまりの神々しさに目を細める中で、アリスは律儀に返事をした。


「始業開始三十分未満なので、この段階で『できそう』『やれます』『もう慣れました』とお答えしますと『仕事なめてんのか!』ってことになりそうなんですけど、自分の意気込みとしましては、この仕事に誠心誠意向き合う所存です」


 場所は会社で、海は上司であり、これまでは仕事上接点のなかった相手である。

 会社員としてのアリスは、プライベートでの関係性をひとまず横に置き、先週までの社内的な立ち位置、すなわち重役と平社員のままの意識で答えたのだった。

 結果として、周囲がほのかに期待した甘さとは無縁の会話となった。「え?」「どういう?」と微妙な空気が漂い、城戸まで「それはそれでどうなんだ」とややひいた顔でアリスに視線を流す有り様だったが、渦中の海だけは何一つ動じた様子もなかった。

 アリスと会話できるだけで幸せと言わんばかりの満面の笑みで、うんうんと頷いている。


「そうだよね。『仕事はどう?』も何もなかった。いまのは、俺の質問が良くなかったよ。業務内容は結構変わると思うけど、頑張ってね。副社長には俺からもひとこと言っておくから。それと城戸、午前中の業務は俺の方で進めるし、午後も調整するから今日は新人教育に集中していて大丈夫だ」


 言うことを言い終えると「それじゃ」と全員に微笑んでドアから出て行く。

 ぱたん、とドアが閉まった後、全員の物言いたげな視線がアリスに集中する。

 アリスだけがその空気を特に意識することなく、城戸に向かって言った。


「すみません、なんの話をしていましたっけ」

「弓倉部長の貞操の話だったように思います」

「あーっ!」


 しれっと答えた城戸に、すっかり忘れていたアリスが叫び声を上げる。

 その様子を見て、室長の穂波がふきだし、室内で笑い声が上がった。城戸がすかさずフォローを入れる。


「ということで、弓倉部長と白築さんの件は皆さん気になっていたことかと思いますが、だいたい見ての通りです。それ以上でも以下でもないと言いますか。今後の弓倉部長の頑張り次第というところですね……」


 それ以上でも以下でもないとは? というアリスの視線を黙殺し、城戸は室内にいた秘書たちへと簡単過ぎる説明をした。


「なるほど、だいたいわかりました」

「だいたいとは、何がです?」


 穂波がしたり顔で頷くのを見て、アリスは尋ねずにはいられない。

 答えたのは、ひょいっと顔を出してきた城戸と同年代くらいの男性秘書である。


「いや~、将来の社長夫人らしい女性社員が秘書課に来るって聞いて、これでも全員戦々恐々としていたんです。こう、良い意味で裏切られた感じです。俺は社長付きの三輪(みわ)です、よろしくお願いします」


 身だしなみに清潔感があり、背が高く垢抜けた印象で、品の良い笑みを浮かべている。

 名乗るだけではなく、名刺を差し出してきた。


「将来の社長夫人……?」


 とんでもない単語が飛び出したと気後れしつつ、アリスが名刺を受け取ると、他の秘書たちも近づいてきて名刺をくれる。社員証を首から下げているわけではないので、一度に全員の名前を覚えなければいけないアリスにとっては、ありがたい配慮だった。


「俺は高瀬(たかせ)です。入社三年目で、この中ではひとりだけ白築さんの後輩にあたります。よろしくお願いします!」


 明るい声で話しかけてきたのは、いかにも子犬っぽい雰囲気の若い男性社員。

 見た目は新入社員のようなフレッシュさだった。


 その場にいた面々が軽い自己紹介を終えたところで、穂波が「この室内はフリーアドレス制、つまり固定のデスクがありません。秘書課で仕事をするときは、空いているところを使ってください」と業務の説明を再開する。


「書類や重要なファイルの管理とか大丈夫なんですか? 秘書課は色々ありそうですが」


 アリスが尋ねると、穂波が「なにしろ、出張をはじめ外出も多いですからね」と答えた、


「席を空けがちだというのに、自分のデスクだからと油断して書類を出しっぱなし、パソコンを開きっぱなしという事故を防ぐ目的です。機密性の高いものを扱うからこそ、各自で細心の注意を払うようにと」


 穂波のスマートな説明に、城戸が解説を付け加える。


「室長や三輪さん、私のように専属秘書の立場にある者もいますが、固定のデスクを持っていると『弓倉部長の機密書類はあの机を漁れば』なんて不埒なことを考える侵入者に狙われるかもしれません。そういう意味でも、いまの状態は快適です。あとは、就業時間内は室内を無人にしない、電話は出られる者ができるだけ早く出る、ということに気を付けています」


「わかりました。合理的ですね!」


 アリスが返事をしたとき、ノックの音がしてドアが開いた。

 女性の声が響く。


「今日からの白築さん、いるかしら。ちょっと私のところに来てくれる?」


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>「今日からの白築さん、いるかしら。ちょっと私のところに来てくれる?」 この一言だけでバリキャリだってわかる( ˘ω˘ ) 解像度が高すぎる( ˘ω˘ )
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