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GHOST-PAIN その鳥居をくぐったら、最期  作者: 猪糸コイチ
第二譚 八咫烏の刻印
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第十三話 変な音がする家

 ピンポーン。彩陽が依頼者の家のインターホンを鳴らす。


 放課後。俺と彩陽、竜胆の三人は電車で隣町へと来ていた。久しぶりに舞い込んできた、奉仕部への正式な依頼を遂行するためだ。


 依頼内容は「家の中の謎の音を解決してほしい」というもの。曰く、依頼者の家では夜になると天井裏から不気味な音が聞こえるらしく、その原因を突き止めてほしいというのだ。警察に頼っても事件性がないからと相手にしてもらえなかったようで、そこで俺たち奉仕部の存在を偶然にも知ったというわけだ。


 昨日の今日で切り替えが早いな、彩陽のやつ──そう思わないでもなかったが、彩陽なりの気遣いでもあるのだろう。謝罪をされて、いざとなったら力になると約束して、俺だって早くいつもの関係を取り戻したかった。彩陽もそう思って、いま奉仕部の活動に出ようと思ったのだろう。なら部員の一員として、参加しない手などなかった。


 彩陽の背中はどこかバイタリティに溢れていた。昨日とは全然違う、普段通りの……いや、普段より堂々と感じる。久しぶりにきちんとした形で依頼が舞い込んできたのがよほど嬉しかったのか、あるいは心機一転するきっかけでもあったのか。


 かたや竜胆はといえば、隣で大義そうにあくびをしていた。昨日真夜中に呼び出したせいで寝不足なのかもしれない。申し訳なく思った。


 しばらくすると、インターホンから声が返ってきた。


「はいはい。どちら様で」

「こんにちは。奉仕部の百舌川彩陽と申します。トゥイッターに依頼された件で参りました」

「ああ、例の! こんなに早く来てくれると思ってなかったよ」


 少し待つと、玄関が開いた。

 現れたのは、長身痩躯の中年くらいの男性だった。気さくそうな笑顔で俺たちを出迎えながら、おや、と驚いたような声を上げる。


「そちらの二人も奉仕部の方かな?」


 そういえば人数を伝えていなかった。軽く頭を下げて、簡単な自己紹介をする。


「奉仕部の逢真です。今日はよろしくお願いします」

「同じく西河です。どうも」

「あの、三人で押しかけたらさすがにお邪魔でしたか?」

「とんでもない、心強いよ! さあ入って入って」


 案内されるがまま、家に上がる。失礼にならないよう、さっと家の中を観察した。

 築四十年くらいはありそうな、古びた和風の一軒家だった。高そうな壺や、装飾品めいた時計、埃の被ったケースに収められた日本人形。どれも見栄えはするが手入れや掃除はまともにされていなさそうで、なんというか、ザ・おばあちゃんの家という印象を受けた。


 ──どこか爺ちゃん家と同じ匂いがする……ここまで立派じゃないけど。


 居間は畳敷きで、一つだけ置いてあるアンティーク調のラタンチェアがその印象にさらに拍車をかけた。


「いやぁ、まともに掃除も行き届いてなくて申し訳ない」


 四人分のお茶をテーブルに配りながら、男性は苦笑した。俺たちはテーブルを囲みながら座布団に、男性はよっこらしょとラタンチェアに腰を下ろした。


「古い家だろう。両親が亡くなるまでは綺麗な家だったんだけどね。それからはずっと一人暮らしさ。仕事でいっぱいいっぱいでなかなか掃除できなくてね。ほら、僕独り身だから」


 そう身の上を語りながら、男性はお茶を啜る。


 ──こんな広い家に、ずっと一人で……。


「寂しくはないんですか」

「ん?」


 彩陽に横から小突かれる。しまった。余計な一言だったか。

 だが男性は一笑すると、否定するように手を振った。


「もう慣れっこだよ。最初こそうちってこんなに広かったっけ? なんて思ったけどね。僕ぐらいの年齢になるとその毎日が当たり前になる」


 ぐいっとお茶を飲み干すと、男性は湯呑みをテーブルに置く。


「依頼というのは他でもない。DMで送った通りだよ。夜な夜なこの家から変な音が聞こえるんだ。たぶん天井裏からだと思うんだけど、一人で確認するのは怖くてね。小動物とか、もしかしたら蜂が巣を作ってるかもしれないし」

「警察には……」発言して、だが彩陽は言い淀んだ。「いえ、そうですね。事件性がない限り相手にしてくれないでしょうね」

「そう。それでこうして君たちに駄目元で依頼してみたというわけさ」


 やおら男性は立ち上がると、居間から廊下へ出た。


「案内するよ。異音の発生源に。ただ、僕も正直何があるか怖いから、君たちもあまり無理はしないようにね。できる範囲でいいから」

「大丈夫でさ。危ないやつの相手なら慣れてますから」


 竜胆はそう言うと、立ち上がって男性へついて行った。俺と彩陽も倣ってついて行く。

 通されたのは、かつて両親が寝室に使っていたという部屋だった。その奥。押し入れが怪しいのではないかと男性は語る。


「ここの押し入れから天井裏に上がれるんだ。何度も入ろうとは思ったんだけど……」

「任せてください。そのための奉仕部ですから」


 こちらを振り向いて、彩陽はウインクしてきた。


「ね、夏翔」

「え、俺?」


 流れ的にお前じゃないの? と言いたいところだったが、女の子に危険な真似はさせられない。仕方なく、ここは役を引き受けることにした。


「うう……マジで蜂だったらどうしよ」

「んだよ、ビビってんのか」

「だったらお前が行ってみろよ」

「嫌だね。俺は虫が嫌いなんだ」

「人身御供か俺は」


 不承不承、押し入れを開ける。中には生前男性の両親が使っていたであろう寝具が入っていた。一切合切押し入れの外へ運び、おそるおそる、天井の点検口を開ける。


 ──うわあ……真っ暗だ。


 天井裏に顔を突き出して、辺りを見回す。正直肝が冷えた。当然ながらどこも真っ暗だ。スマホのライトで、周囲を照らす。


 ──んん? 何もないぞ。


 眩い光の奥に見えるのは、天井の裏側や、梁や柱、埃に蜘蛛の巣くらいのものだった。じっと目を凝らしてみるが、蜂やネズミの類はどこにもいない。

 本格的に上がってみる必要はありそうだが、とりあえず危険はないようだ。そう思って、ふと後ろを振り返ってみると。


「ぎゃあああああああああああ!」

「なになに⁉︎ どうしたのよ!」

「大丈夫かい? やっぱり蜂だったか!」


 振り返って、目に映ったもの。それは──男の顔だった。

 ギラリと目を血走らせた髭の男が、こちらを覗き込んでいたのだ。

 その瞳は、一点も動かず。ドブのような口臭だけが、こちらにかかって──。


「逃げろ逃げろ逃げろ!」


 急いで押し入れから飛び出て、全員に逃げるよう促す。だが俺一人しか状況を把握できていないせいか、皆恐怖より興味の方が勝っているようだった。


「夏翔! 中に何がいたのよ! それがわからなきゃどうしようもないじゃない!」

「人間だ!」

「はあ⁉︎」

「だから()()()()()だ!」


 間違いない。あれは死体や幽霊なんかじゃない。生きた人間だ。

 皆、突然緊急性が理解できたのか、部屋の隅に固まった。押し入れからできるだけ離れて、俺の背後に。

 その男は、ゆっくりと片脚を突き出して──。ひっ、と彩陽から悲鳴が上がった。

 足場を探すように、その脚はしばらく宙を彷徨い。やがて音もなく着地すると、のそのそと天井裏から降りてきて、その全身を露わにした。


 ──なんなんだよ、この男……。


 それは、あまりに異様な光景だった。

 縮れた髪の毛を背中まで伸ばし、髭をたっぷり蓄え、頬は痩せこけ、灰でも被ったかのように黒ずんでいる。あばら骨がくっきり浮き出て、腹は凹み、痩せ細った手足は簡単に折れそう。だが眼光だけは幽鬼の如く鋭く、俺たちを舐めるように睨め回し、今にも襲いかかってきそうな気配だった。


「こ、こんなやつが僕の家に?」

「面識はないんですか!」

「知らないよこんな男!」

「じゃあ誰だよこの男!」


 あるいは、と思い至る。

 以前テレビで見たことがあった。家の屋根裏などに勝手に侵入し、住人が眠った頃を見計らって、夜な夜な冷蔵庫などから食べ物を物色する。そういう犯罪者がいると。


 ──そういえば、依頼に異音は夜になると発生するって。


 間違いない。この男がきっとそうだ。異音の元凶であり、家に勝手に住み着いている犯罪者。でも、こんな凶暴そうな相手どうすれば。

 そのとき、俺の右腕を掴みながら彩陽が叫んだ。


「夏翔! あの変な力を使って!」

「へ、変な力⁉︎」


 何のことかと混乱し、理解した。

 そうか。完全に気絶していたものだとばかり思っていたが、彩陽はあのとき目撃していたのだ。俺が世喪達を倒す光景を。忌術を使っている姿を。でなければ、変な力なんてセリフ出てくるわけがない。

 しかし──世喪達と忌術師の世界に、彩陽を少しでも関わらせたくない。


「ち、力って何のことかなぁ⁉︎」

「こんな非常時にとぼけないで! あの力ったらあの力よ!」

「世喪達相手にしか発動できないんだよ! たぶん!」

「ヨモツって何よ!」

「こっちが知りてーわ!」


 トン──と、男のうなじが叩かれて。そのままうずくまるように昏倒した。

 誰の仕業かと思えば、男の背後をとった竜胆の手刀によるものだった。俺たちがああだこうだ言っている間に前に躍り出て、男を気絶させたのだ。


 全く気づかなかった。目で追えなかった。それくらい素早い動きだった。

 当の竜胆はといえば、手応えや達成感など全く感じていないらしく。つまらぬものを斬ってしまったとばかりに舌打ちするのだった。正直、カッコよかった。


 しばしの沈黙。誰もが呆然とした。

 が、我に返ったのか。依頼者の男性が口を開いた。


「け、警察! 警察呼ばないと!」

「警察ですか⁉︎」


 彩陽が血相を変えて叫んだ。

 無理もない。奉仕部は学校非公認の部活動。もし警察が来て事情聴取なんてされようものならまず間違いなく学校に俺たちの活動が報告され、相応の処分を食らうだろう。最悪、今後二度と奉仕部の活動ができなくなるかもしれない。それだけは、困る。


 ガシッ──彩陽に右腕を、鷲掴みにされて。


「すみません! 私たち奉仕部は実は学校非公認の部活動でして、というか勝手に部活動と名乗ってるだけでして、警察が来たら困るというか学校に知られたらまずいというか、とにかく絶対に私たちのことは言わないでください!」

「ええ? 急にそんなこと言われても困るよ!」

「本当にごめんなさーい!」


 そう、早口に捲し立てて。彩陽は俺の腕を強引に掴んだまま足早にその場を立ち去った。竜胆も、その後に従う。こうしてまさかの展開を迎えた依頼は、強引に幕を閉じるのだった。


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