第十一話 深夜のファミレスにて
「で、こんな夜中に何の用だ」
テーブルの上で頬杖をつきながら、竜胆はぶっきらぼうに言い放つ。
深夜のファミレス。俺は竜胆を呼び出して、同じテーブルに向き合っていた。他に客は二、三人。喧騒とは程遠い空気。それでもなるべく会話が外部に聞かれないよう、隅のテーブルを指定した。
竜胆を呼び出したのは他でもない。今日起きたあまりにも多すぎる出来事について、思考を整理し、意見を求めたかったのだ。理性的な竜胆が打ってつけだと、判断した。
「悪い。今日は本当に色々あって……ああくそっ、まだ頭ん中ぐるぐるする」
「大事な話があるっていうから来てやったけどよ、彩陽のやつはどうしたんだ」
「彩陽は……」
つい言い淀む。
あの後、彩陽は爺ちゃんの家まで送り届けた。忌譚の中で体験したことがよほど怖かったのか、混乱しているのか、よくわからないことを言い出したのだ。とても事情を説明できる状態ではないと思い、もう寝るよう促した。俺と同様、冷静になる時間が必要だったろうから。
「彩陽は今、まともに話せるような状態じゃないんだ」
「んだよそれ。彩陽の身に何かあったのか」
「一応、大丈夫だ。それにほら、俺って竜胆以外に男友達いないし……」
「……ったく、こっちは気分よく寝てたってのに。せめてドリンクバーぐらいは奢れよ」
「あ、ああ!」
俺は竜胆に今夜起こったことを打ち明けた。世喪達という名の化け物に襲われたこと、忌譚という異世界に囚われたこと、力が覚醒して窮地を脱したこと。加えて、謎の女性に拉致されて、自分たち忌術師の仲間にならないかと勧誘されたことまで、順を追って話した。
彩陽が俺に絶交すると言い出した件については、言わないでおいた。まだきちんと状況が把握できていないし、きっと彼女にとってとてもデリケートな問題が絡んでいると思うから。
一息に話すと、竜胆ははあとため息をつき、呼び鈴を鳴らした。
「すみません、ドリンクバー二つ。こいつの奢りで」
店員にそう注文するや否や竜胆は席を離れ、しばらく待ってからコーラを二つ持って戻ってきた。俺の前にドンとグラスを置き、凄む。
「これ飲んだら俺もう帰るからな」
「ちょっ、待ってくれ! 嘘じゃない。真面目な話なんだ!」
まあ、当然の反応だよな。俺だって同じ立場ならそう思う。こんな漫画じみた、めまぐるしい話、普通は信じてくれないだろう。
「まあアレだ。深夜アニメの見過ぎだな」
「だからマジなんだって!」
竜胆はソファに寛ぎながら、大義そうにコーラを煽る。
ダメだ。このままじゃ竜胆が本当に帰ってしまう。そうなる前にせめて証拠の一つでも挙げないと。
──そうだ。ここで忌術を披露するってのはどうだ?
いや、そんなことをしたら人目を引いてしまう。第一、人前で使っていい力ではないだろう。忌術師の存在が世に知られていないのも、忌術を慎重に運用しているからだ。
ああだこうだと頭を抱えていると。
「ぶっちゃけ半信半疑……いや、疑い九割ってとこだけどよ。要は命を賭けてまで彩陽を守る覚悟がお前にあるかって話に聞こえたな、俺は」
竜胆の言葉に、頭を上げる。どすんと、心に響くようだった。
「化け物がいます。お前にはそれを倒す力があります。ただし戦うのは命懸けです」
これが第一、と竜胆は人差し指を立てる。
「彩陽がまた剛田の野郎に目をつけられる可能性があります。謎の女の言いなりになればその可能性を排除できます」
これが第二、と中指も立てる。
「さて本題だ。お前は彩陽がかわいい。だからずっと剛田や真田から庇ってきた。だがいずれは庇いきれなくなる。だがお前に命を張る覚悟があれば、彩陽は助かるんだ」
「か、かわいいって……誰もそんなこと」
「いいから聞け。お前だって心のどこかじゃ気づいてるんだろ。ただその覚悟が固まってない。今は色々ありすぎて頭がパンクしちまってるだけだ。お前は大事な彩陽を救うためなら、絶対に自分の命を投げ打つことができる。お前とは短い付き合いじゃないからな、それくらい確信してら」
「でも、俺はまだまだ弱い。喧嘩だっていつも負けてる。世喪達を前にして、恐怖で立ち尽くすことしかできなかった……」
「じゃあ見捨てるか、彩陽のことを」
ぎりっと唇を噛んで、テーブルの一点を睨んだ。彩陽の顔が、脳裏に浮かぶ。あのかけがえのない、大事な笑顔を。
「そう、できねーよな。お前にはできない。でなきゃ彩陽の代わりに一方的に剛田にボコられる現状に甘んじられるはずがねぇ。今のお前はきっと誰かに背中を押してもらいたいだけだ」
何も言い返せなかった。竜胆の言う通りだ。
心のどこかで確かにわかってはいた。自分には彩陽を見捨てて世喪達との戦いを放棄する未来など見えないと。戦いを臆すれど、彩陽が前みたいに理不尽な目に遭うことはもっと許せないと。
だったら、俺は──。
「俺は、戦う。どれだけ危険な目に遭おうが、世喪達を倒して倒してぶっ倒してやる!」