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第十話 取引

「……世喪達を、葬り去れ」

「フフン、理解が早いね〜」

「で、でもちょっと待ってください!」


 そうだ。話があまりにスピーディーで流されそうになったけど、俺には俺の事情と人生がある。あのとき力が覚醒して助かったのは幸いだけど、だからって他の忌術師の仲間になるなんて話が飛躍しすぎている。


「その世喪達ってやつを倒して……こう言っちゃなんだけど、あなたたちの仲間になろうだなんて思わない。たまたま力に目覚めただけで、別に化け物退治なんか望んでないです! そもそも俺には何のメリットも──」

「もちろんタダでとは言わないよ。私はこれでも結構器が大きいんだ。そうだな〜……よし、一つご褒美をあげよう。もし私の言うことを聞いてくれたら、君をいじめてる剛田って男の子を転校させてあげる」

「なっ……そんなことができるんですか」

「当〜然。私を誰だと思ってるの? これでも私はこっちの世界じゃ名の知れ渡った権力者なんだ。人一人を簡単に動かせるくらいの力ならあるよ」

「そうじゃなくて!」


 いや、それもあるが。だってこの人のこと何も知らないし。


「そこまでは望んじゃいないって話です。確かに俺はいつもあいつに殴られっぱなしだ。取り巻きだって気持ち悪いと思ってる。でも、だからって転校までは……その……」

「ふ〜ん、邪道だって言いたいわけだ。けど時には邪道こそが早道だよ」


 それに〜、と彼女は意地の悪い笑い方をする。


「元々いじめられて困ってたのは、君の恋人だって話らしいけど〜?」

「こ、恋っ……!」


 思わず声が裏返った。顔が熱くなった。

「あ、彩陽はあくまでただの友達で! 恋人なんかじゃ……ないです」

「そうなの? 同じ屋根の下で寝食を共にする男女が? 運命的な出会いをした男女が? やらしい雰囲気にはならないの? 君って奥手すぎじゃない?」

「さっきから人の個人情報をペラペラと……一体誰に聞いたんですか」

「それは内緒。でも実際、君の恋び……友達にとっても、悪い話じゃないと思うけどな〜」

「……」


 確かに、彼女の言うことには一理ある。このまま剛田との関係を保っていたら、一番困るのは俺じゃない。彩陽だ。もし再び剛田や真田の狙いが彩陽へと向かえば、俺の力ではどうにもできない。庇ったところで、きっとまた殴り返されるしかできないだろう。


 ──「夏翔と──友達やめるから』

 ──あの言葉の意味は、結局なんだったんだろう……。


 ともかく、剛田さえいなければ真田を支えるバックはなくなる。地位や信望も落ち、取り巻きたちも離れるだろう。そうなれば誰も彩陽を傷つける者はいなくなる。それが最善の結果だ。


 ──だが、本当に俺なんかがまたり合えるのか? あの化け物と。


 それだけが唯一気がかりだった。この際、彩陽が幸せならどうでもいい。が、素人同然の自分が世喪達と戦い、この人が満足できる結果を出せるのだろうか。それだけの数を倒さねばならない。それと同じ分だけ危険な目にも遭う。

 世喪達を相手に恐怖するだけだった俺が、本当に戦うことができるのか。


 俺の迷いを察したのか、彼女は口を開いた。


「ま、一週間時間を与えよう。それまでに考えてみてよ。君の大事な人にとってどちらがよりよい選択か。このままいじめっ子と喧嘩するか、私のもとで働くか……ね」


 女性が椅子から立ち上がる音が聞こえる。このまま終わりそうな空気に、最後にこれだけは質問しておきたかった。


「名前! あなたの名前、教えてください」

「私に興味があるの? いいよ、教えてあげる」


 パチンと、指が鳴って。


「ただし、次に会ったときにね」


 月光。浮遊感。夜の学校。

 瞬間、腰が宙に浮いて。そのまま地面に落下した。


 ──いてて……ったく、解放するときまで乱暴だな。


 どうやら椅子に座った体勢のまま、元の学校まで瞬間移動テレポーテーションしたようだ。これも誰かの忌術だろう。縄は解かれ、目隠しも外されている。月明かりの刺激に、わずかに眼球が痛んだ。


 あぐらをかいて、嘆息した。ヒートアップした頭を、一旦冷やさなければならない。

 嘘みたいな体験だった。いきなり拉致され、世喪達と忌術師という存在について教えられ、仲間に入らないかと誘われ……今日一日で起きた出来事が多すぎる。


 ──そうだ、彩陽は⁉︎


 周囲を見渡して──気づけば駆け寄っていた。彩陽はさっき忌譚から解放された体勢のまま、仰向けに倒れていた。

 顔に手を近づけて、確かめる。息はある。生きている。よかった、ただ気絶しているだけだ。


「彩陽! おい彩陽!」


 両肩を抱いて、揺り起こす。しばらくすると瞼がぴくぴくと痙攣し、目を開いた。


「大丈夫か、何が起こったか覚えてるか?」


 目の焦点が定まっていない。まだ意識がぼんやりしているようだ。俺の呼びかけにわずかに反応した彩陽は、ゆっくりこちらを向いた。


「あれ……私、変な夢を見て……生き、てる……?」


 憔悴しきった表情で、独りごちるように彩陽は言う。早く正気に戻ってほしい一心で、俺は抱き寄せる手に力を込める。生きている実感を呼び戻そうと。


「大丈夫だ。生きてる。帰って来れたんだよ俺たちは」

「そう……夏翔が、助けてくれたの……?」

「あ、ああ。詳しいことは後で話す。とにかく今は安静に──」


 そう、言いかけて。何が彼女を突き動かしたのか、彩陽はかっと目を見開くと、急に起き上がった。とても青ざめた表情で。


「アンタも……あの男に刺されたの……?」


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