9.誰そいつ、知らない
「その子の名前は和唐ナナイだゆー!」
エイリアンが探していた人間が、俺だと判明した午後五時。茜色に染まる雑木林とエイリアンの白い肌。いやにドラマチックな告白だったが、俺の頭は困惑の限りを尽くしていた。
なぜなら当の和唐ナナイ本人には、覚えが1マイクログラムも存在しないからである。
前提として、俺はエイリアンと会ったことなどない。実物を見たのは、今日が初めてだと断言していい。こんなに真っ白けで、コズハ以上に顔が整っているヤツを忘れるはずが無いだろう。
しかし和唐ナナイという名前の人間を俺は他に知らない。和唐という苗字自体、九州地方起源の地名姓であるためこの街には他に居ない。それでいて『ナナイ』という名前も輪をかけて珍しい。であれば、エイリアンの尋ね人が同姓同名の別人である可能性は低いのだ。
相反する二つの事実が俺を苦しめた。
正直意味がわからなすぎるし相手にしたくない。仮にマジで俺のことを探していたのだとしても、全力で逃げたい。エイリアンのお尋ね者とか、絶対にろくな目に遭わない。
だが、さっきノリノリで協力するとか言った手前断れないし、他の星で一人ぼっちであろうこいつを見放すとなると罪悪感が凄まじい。
というか、俺は他人の頼みに弱すぎる。仮に断れる神経をしているなら、俺は今ここに居ないし、肋骨は傷一つついていないだろう。
あれ、どう足掻いても好転できなくね?この状況。
「まじか……」
悩みに悩んだ俺は、思わず言葉に詰まった。
「な、何かおかしかったかゆー?存在しなさそうな名前なのかゆー!?」
エイリアンは不安げに、俺の顔を覗き込んできた。ここは黙ってばかりではいられないだろう。思い切って、俺は聞いた。
「別におかしいとかではねえんだが……本当にそいつ『和唐ナナイ』って名前なのか?」
「もちろんだゆー!ぼくが友達の名前を間違えるわけないゆー!!ナナイはぼくとずーっと一緒にいてくれた大親友だゆー!!」
エイリアンは胸を張った。
「そうか……」
ほっ、と胸を撫で下ろす俺。エイリアンの証言で確信したのだ。この街には和唐ナナイが二人いる。
なぜなら、俺にコズハ以外の友人はいないからだ。悲しいことだが、本当に一人もいないのだ。他所から引っ越してきた俺は、小中の間コズハに振り回された結果、寄り付く同級生が誰一人としていなかったのである。
問題はどのようにして、ややこしい事実をエイリアンに伝えるかである。俺が友人と同姓同名であり、友達がUFOに岩をぶつける不審者だけという事実を素直に打ち明けたところで、そう易々と納得してくれないだろう。職務質問なら材料不十分で連行コースだ。さっさと逃げ出さないとコズハが起きて、目の前のエイリアンに興奮し、また岩を投げるに決まってる。
触らぬ異星人に祟りなし。身分を聞かれる前にとっとと逃げよう。
決心した俺の行動は韋駄天の如し。瞬時にコズハを担ぎ上げて、エイリアンに背を向けた。ついでに張り付いた笑顔でエイリアンに手を向ける。
「じゃ、明日からその和唐ナナイってやつ探しも頑張ろうな!」
「……?なにをがんばるんですか、なないくん……」
寝起きの拙い滑舌の言葉が、耳元で聞こえた。
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