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8.教えたいから教えて欲しい

 茂みの中でエイリアンに日本語を教え始め、早数時間。鬱蒼とした雑木林にも、木漏れ日が注ぐようになってきた頃。



 「いいか?これが胃、それから十二指腸、小腸、大腸。これで人間は食ったものを消化するんだ」


 「なるほどだゆー」



 学校で配られた保健だよりを指さして、人体のつくりをエイリアンに説いていた。


 どうして俺は本筋から離れて、保健の授業をしているのか。それは、『食べる』という動詞を()()()()エイリアンに説明するためだ。

 

 最初はスマホで日本語の動詞を調べて見せたのだが、あまりに伝わらなかった。話を聞いてみると寝る、嗅ぐ、走る、といった生命活動に根ざした行動を一切知らないと言うのだ。


 語尾どころか、日本語を使う生命体として前提知識が足りていない。そんな状態で単語だけ覚えさせても話は伝わらないだろう。そこでエイリアンの合意の元、人間の仕組みから勉強してもらっているわけだ。



 「つまり体内の管で物質の変換と吸収を行うというわけかゆー。そして味覚による刺激の受容で、吸収の可否や識別ができるというわけかゆー」


 「ああ、そんなところだ。さっき言った嗅覚ともセットになっているらしいけどな」


 「ふむふむ……なかなか研究の余地がありそうだゆー」



 エイリアンの覚えは悪くない。俺の説明ですら伝わっているのだから、理解力も申し分ない。だが、いくら勉強したところでそ語尾の改善に繋がることもなかった。



 「どうしてこんなに勉強して互換性を上げているはずなのに、語尾が全然変わらないんだゆー!?」



 魂の絶叫が響き渡り、時刻は午後5時。

 

 とうとう今日の授業を全部バックれてしまった。コズハの母さんには連絡したし、単位に関しても……まあなんとかなるだろ。まだ4月の2週目だし。


 そんなことより休憩もなしに9時間講義をしていた俺は、体力の限界に近かった。飲まず食わずなので腹も減った。コズハの周りに張られていたエネルギー球もいつの間にか無くなっているし、治療も終わったようだ。気持ちよさそうに寝息を立てているからと言って、茂みの上にいつまでもコズハを寝かせておく訳にはいかない。エイリアンには悪いが、今日のところはひとまず退散させてもらおう。


 俺は、頭を抱えて目を回すエイリアンの肩を叩いた。



 「悪ぃけど、今日はそろそろ帰っていいか?腹減ったし、コズハの方も治ったみてえだしよ」 

 

 「ええっ!?ち、ちょっと待って欲しいゆー!まだ全然語尾が不十分だし、沢山分からない言葉もあるゆー!お願いお願いお願いだゆー!!」



 エイリアンはわめきながら、俺の制服の裾に縋り付いた。両腕と両触手で引っ張ってくるので、腕4本分の重さが俺の学ランに向けられている訳だ。

 肩の辺りの糸が、ブチブチと嫌な音を立て始めた。



 「引っ張んなって!今日みたいに時間は取れねえかも知んねえけど、学校終わったら明日も来てやっからよ」


 「学校がそんなに大事なのかゆー!?せめてもう1週間くらい妥協してくれないかゆー……?」


 「駄目に決まってんだろ!俺だって進学早々留年の危機に瀕したくはねえんだよ!」


 「そんなー!それまでかっこ悪い言葉で過ごせっていうのかゆー?!鬼!悪魔!人でなし!!」


 「仕方ねぇだろ。飯食って風呂入りてえし、コズハ連れていかねえとならねえし」


 

 加えて人外に人でなしと言われるほど腐ってもいない。声を大にして抗議したいくらいには心外だったが、今そこに触れれば絶対に話が拗れるので口には出さなかった。

 

 ところで、エイリアンは未だ俺の学ランを掴んでいる。頬をめいっぱい膨らませる姿に、先程の神秘性は欠片も残っていなかった。ここまで尊厳をかなぐり捨てるほど、語尾に支障があるとは思えないのだが……。一体こいつの何が、言語への向上心を煽るんだ?


 それにこいつは外見が似ているだけで、本質的には限りなく人外。同じような体形には見えるが、こいつは食事や睡眠を取らないあたり生命体として内部構造が全然違うのだろう。


 仮にフォルムを寄せてきているとしたら、こいつの目的はなんだ?行動原理も何もかもが謎だが、わざわざ地球に飛来してまでやってることがコミュニケーション能力の向上なのが本当に理解できない。侵略だとか観察にしては相互交流に重きを置きすぎている。


 このエイリアンの目的は一体なんなんだ?



 「……」



 思わず生唾を飲み込んだが、エイリアンは変わらず俺の制服を引っ張っている。俯いたまま、



 「ゆー……ぼくの計画が……」

 


 などと喋っている。本当になんなんだこいつ。

 このまま動くことは物理的にも心理的にも難しいので、俺は諦めて新たな手を打つことにした。


 

 「……分かった。土日も来れねえか、コズハと掛け合ってやるよ」


 

 そう言うと、途端にエイリアンの表情は晴れやかになった。



 「本当かゆー!?」



 上機嫌に俺の顔を覗き込み、制服の裾を掴んだまんま飛び跳ねる。やめろマジで裂けるから。

 

 俺はどうにかしてエイリアンの手を振り解き、続きを喋った。



 「ただし、条件としてお前がなぜそこまで語尾にこだわるのか教えろ」


 「ゆ、ゆゆっ!?」



 途端に硬直するエイリアン。驚き飛び退き、険しき顔で腕を組み、おでこの前で触手を絡ませた。色味も相まって、さながらねじり鉢巻きのようだ。一体こいつは今、何を悩んでいるのだろうか。


 俺が視線を注ぐ中、エイリアンはゆーゆーうなりながら返答を渋った。

 

 そうして悩むこと数分。



 「……わかったゆー。もしかしたら君なら、力になってくれるかもしれないゆー」


 

 ぽつりと、エイリアンは言った。どうやら、俺に言える類のものだったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。



 「さすがに世界征服とかは協力出来ねえぞ?」


 「そ、そんなんじゃないゆー!」


 「じゃあ何が目的なんだよ」


 「ゆ、ゆー……」



 エイリアンは改めて尻込み、目を逸らしながら俺に言った。



 「……えっと、その……人を、探してるんだゆー……」


 「人?」



 指を絡ませながら、エイリアンは小さく頷いた。


 エイリアンが、人を、探している。確かにこいつ地球に何回か来たとか言ってたし、交友関係とかがあっても不思議じゃねえか。


 ただ、それにしてはあまりに渋っている。やましいことがあるに違いない隠し方だ。正直、気になってしょうがない。


 俺は当てずっぽうの推理を、ストレートで聞いてみた。



 「まさか語尾を治してえのは、その《《人》》に会った時カッコつけてぇからか?」

 

 「そ、それは……そのぉ……」

 


 エイリアンは急にしおらしくなって、触手の先端を指でいじり始めた。さながら女子高生のようだ。そして、おずおずと口を開いた。



 「……バイリンガルってかっこいいと思わないかゆー?」


 「俗な動機だな。恥ずかしくないのか?」

 

 「正論なら人を殴っても許されるとかってゆー、荒んだ教育を受けたんだゆー?」


 「翻訳ソフト使ってんだから、バイリンガルですらねえだろお前」


 「うぐっ、またしてもド正論だゆー」



 エイリアンは渋い顔をして項垂れた。恐らくこいつの言う通り、何割かは不純な動機があるのだろう。しかし、下心だけで地球に着地して現地民に教えを乞うか?おそらく違うだろう。



 「それだけじゃねえんだろ。お前が格好つけてえのは」


 「ゆ?」


 「仮にお前が見栄っ張りだったとして、そこまで人間に肩入れする理由がねえ。だから、本当の理由を教えろ。

 《《根本》》には何がある」


 「……ゆ」



 エイリアンは少し声を漏らすと、諦めたかのように口を開いた。



 「友達……だったんだゆー。地球で出来た初めての」

 

 「そうか。そいつに会って挨拶でもするのか?」



 俺の問いかけに、少し目を泳がせたエイリアン。おそらく悩んでいる。俺にどう伝えるべきかを。



 「ぼくの星と、地球の時間感覚は……とっても、離れてるんだゆー。だから……ぼくがここに来た時点で……その子は……」



 エイリアンは尻すぼみに言った。おそらくこいつが危惧している通り、エイリアンと人間の平均寿命は異なっていたとしたら。その開きが大きければ時間感覚が異なり、人間側がとっくに死んでいたなんてこともあるだろう。それを口にしてしまえば、死んでいると自覚したままそいつを探すことになる。言えないに決まっている。

 


 「そうか……」



 俺は余計なことを言わないよう、口を噤んだ。



 「……でも」



 しかし、エイリアンは俺の方をしかと見た。拳を握りしめて声を張り上げた。

 


 「で、でも!その子はぼくにとって特別な……友達なんだゆー!たとえどんな形になったとしても……ぼくはちゃんと帰ってきたって言いたいんだゆー!!

 だからせめて、こんな変な言葉使いじゃなくて、きちんとかっこよくして行きたいんだゆー!」



 俺をまっすぐ見つめるエイリアンの目には、熱が籠っていた。ひしひしと覚悟が伝わってくる。そうか、だからあんなに熱心に勉強していたのか。


 思わず、俺はエイリアンの手を握った。



 「ゆ、ゆ!?」


 「水臭ぇな、そんなら最初から言いやがれ!」

 


 目を白黒させるエイリアンに畳み掛ける。



 「だから、力になってやるつってんだよ!捜してえし、カッコつけてえんだろ、そいつの前でよ?」


 「ゆ、ゆー!!」



 エイリアンの顔は一瞬にしてぱあっと明るくなった。


 そしてあろうことか俺に向かって抱きついてきやがった。ついでに俺の胸に顔を擦り寄せてくる。



 「わぶっっ!!」


 「ゆー!!!!嬉しいゆー!!!!!」

 

 「ぎゃああああっ!!!いだだだだっ!!!抱きつくな!!顔を埋めるな!!!離れろ!!!!」


 「あ、ごめんだゆー」


 

 少々聞き分けの良くなったエイリアンは、ぱっと腕と触手を離した。本当に危ねえからいい加減にして欲しい。

 とにかく、俺とエイリアンはソーシャルディスタンスを保って向き合った。



 「……それで、どうせならそいつの名前も知っておきてぇ。もしかしたら知ってるやつかもしれねえからな」


 「確かにそうだゆー。ぼくが前に会ったのもこの辺だったゆー!」


 「じゃあ尚更教えて欲しいとこだな。5歳の時に越してきて以来、ずっとここに住んでっからよ。それに名前が分かれば探しようはいくらでもあるからな」



 少し、見栄を張った。最悪、俺が分からなくとも知り合いの知り合いをたどればどんなやつにも辿り着けるとか言うし、何とかなる。いや、何とかしてみせる。このエイリアンの願いを叶えてやりたい。



 「それなら心強いゆー!ありがとだゆー……!!」



 エイリアンは微笑み、少し遠い目をして夕日に染まる木立に目を向けた。雑木林は横からの日がよく通るようで、朝からは見違えるほどあたりは明るくなっていた。



 「実は顔もきちんとは覚えてなくて……それでも名前だけは覚えてるんだゆー」



 エイリアンはゆっくりと、その名を告げた。



 「その子の名前は()()()()()だゆー!」



 待って、はちゃめちゃに聞き覚えあるんだけどそいつ。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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