6.奴は人ではない
俺を触手で縛ってまで詰問してきたエイリアンは、いきなり姿を顕にした。頭からつま先まで真っ白な、人間に酷似した姿である。
中性的な体つきで、背丈は俺と同じほど。170cm後半だろうか。
しかし、恐ろしい程に顔が整っている。目はつぶら、鼻はシャープで高さも絶妙。なおかつ全身真っ白できめ細やかな肌は、ギリシャの石膏像を彷彿とさせた。ここまで巧緻な物体が動いているだなんて、目を疑いたくなる。
俺は差し出されたスマホを受け取るのも忘れて、目の前のエイリアンに見入っていた。
“……なにか僕の体に違和感があるのかい?”
エイリアンが沈黙を破る。
「──っ!ああ、いや、なんでもねぇ……」
咄嗟にそう答えた。見とれて我を忘れていたような反応になってしまったが、不意にテレパシーのノイズで殴られたからである。ほんとだ。
テレパシーのノイズは思わず顔を顰める程の苦痛だ。脳みそをかき混ぜてくる雑音が頭の中で響いている。さっきは会話に集中していて気にならなかったが、慣れで耐性がつくものでは無いようだ。
俺はどうにか右手をのばし、スマホを受け取った。
エイリアンは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
“……大丈夫か?”
「ぐうっ!?あ、あぁ……」
不意にもう一発食らった。頭の奥から耳まで貫通するほどの鈍痛が響いた。灰色の瞳が、苦悶に溢れる俺の顔を映す。やつの顔は相変わらずの造形美。アンマッチな情報が入ってきて、俺の頭は急ピッチで採掘されていくようだ。
エイリアンはしばし腕を組んでから、俺にゆっくりと伝えてきた。
“すまない。テレパシーは脳内の情報を直接語りかける。僕が考えながら何かを話せば、その情報が全て頭になだれ込むんだ”
「ど、道理で……」
さっき間が空いてたのは、色々考えてたってことか。
エイリアンはしばし間を置きながら続ける。
“情報の容量をかなり削減して伝えているつもりだったが、人間の頭脳では処理しきれない情報量かもしれないな。具合はどうだ?”
「ぶっちゃけると、めちゃくちゃ頭痛えし吐き気がやべぇ」
“少し時間を貰えれば、伝達方法を変えることもできるが”
「いや……問題ねえ。というか、早くコズハに手当てを受けさせてやりたい」
受け取ったスマホをつけ直し、コズハを照らす。少し前から過ぎっていた不安が、的中してしまった。
「……はあっ……はあっ……」
意識は戻っていないようだが、明らかに息が荒くなっている。相変わらず右手に被せたハンカチには血がべっとりと付いている。止まる気配はない。この短時間で、刻々と状態が悪くなっている。
「早くしねえと、手遅れになる」
俺がそう言うと、エイリアンはしばらく考え込み、
“いや、もう手遅れかもしれない”
とだけ告げた。
「えっ」
俺は反射的に、エイリアンを見上げた。
奴は眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
恐らく、先程の言葉に嘘は無いのだろう。
「……なんでだよ」
もはや言葉も出ない。こんなに呆気なく終わるのかよ、俺を散々振り回しておいて。お得意のおべんちゃらはどうしたんだよ、さっさとなんか言えよ。
俺があの時、いつものように止めていれば。こんなことにはならなかったのに。
「……クソっ」
やるせなさを込めて、拳を地面にたたきつけた。鈍い音はこだますることなく、雑木林の闇に消えていった。左手の内、コズハは徐々に熱を失っていく気がした。
項垂れる俺の肩を、エイリアンは叩く。
「なんだよ」
もはや顔を上げる気力も湧かなかった。真っ赤に染まったハンカチを見ながら、どうにか口を動かす。
“可能性はある”
頭の中で光明のような声が響く。
“僕の星の技術であれば、助けられるかもしれない”
「なんだと!?」
慌てて見上げると、いつの間にかエイリアンの手には卵型の装置が握られていた。銀色に輝くそれは、頂点部分だけが半透明になっている。
「……それは?」
“簡易式の時間遡行機だ。これで怪我をする前まで、体の時間を戻す”
エイリアンは片腕を伸ばし、装置の先端をコズハに向けた。
いきなり得体の知れないものを向けられ、面食らった俺は銃口を遮るように背を向けた。
「だ、大丈夫なのかそれ!?人間に使ったことあるのか!?」
“ない。だが我々の間では広く使われる治療法だ”
「ちょっと待て、俺に使ってからでも遅くは……!」
俺が言い終わる前に、青白い怪光線が装置から放たれた。光の奔流はうねり、スパークしながらコズハの体を貫き、これまた青白く輪郭を発光させていく。
“手を離した方がいい。始まるぞ”
「始まるって、何が……」
言われるがまま手を緩めると、コズハの手は俺から離れていく。体が発光しながら、宙を漂い始めたのだ。
俺はその様子をただ見守ることしか出来なかった。
コズハの体は目の前で上昇を止めると、半透明の球体に包まれた。表面に緻密なエネルギーの筋を浮かべた球体は、ぶどうの果肉のような形をしている。不謹慎ではあるが、木々を照らすその光は非常に幻想的に感じた。
コズハに目を奪われていると、頭の中に声が響いた。
“無事に終わった”
「終わったのか?」
“あとはしばらく待てば、完治するだろう”
エイリアンは歯を出して、ニコッと笑った。
張り詰めていたものから、ようやく俺は解放された。安堵感で全身から力が抜けていく。
たった数分の出来事だったが、寿命が半分になるくらいには気を張った。
様々な疲れを感じながらも、俺はエイリアンに笑い返した。
「ありがとよ……本当に、助かった。お前がいなかったらどうなっていたことか」
“元々、僕の宇宙船によって引き起こされた事故だ。感謝されるようなことではない。それに君らには予定があるのだろう?”
「あー、学校忘れてたなぁ」
スマホの画面を点けると、時刻は9時半。どう足掻いても遅刻は確定している。というか、朝から色々ありすぎて今日はもう何もしたくないくらい疲れた。
「まあ、コズハの母さんに連絡だけ入れればサボっても大丈夫だろ」
“そうか、ならいいのだが”
エイリアンは俺に微笑んだ。
「それに、仮にもお前はコズハの命の恩人だ。お礼くらいさせてくれよ」
“なら、そうだな”
エイリアンはいたずらっぽく笑って、細めた視線をこちらに向ける。
“君にしかできないお願いがある”
そう言って大股で歩みを寄せて来るのだ。
なんだろう、軽はずみにとんでもない口約束をしてしまった気がするぞ。
遅すぎる後悔をする俺の、すぐ傍までやってきたエイリアン。すぐ隣に座って、身を寄せてきた。肩と肩が触れ合いそうな所まで近付くと、
“発声器官のテストを君に任せたい”
テレパシーでそう言った。
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