3.こんなもの落ちているわけない
雑木林にはものの1、2分で到着した。
しかし住宅街にあるとは思えぬほど、大した密林だ。所狭しと生えた広葉樹は空を覆い尽くし、林全体に暗い帳を下ろしている。膝の高さくらいまで生え揃った茂みは、暗い森の奥までずっと続く。つつけば蛇どころかイノシシが出てきそうだ。
今朝来た時は日がまだ登っておらず、全貌を掴めていなかった。そんな中この林を探索していたのかと思うと、少しゾッとする。
「我ながら、深夜テンションって怖ぇ……」
遅効性の恐怖に身を震わせていると、コズハに手を引かれた。
「ぼさっとしていないで入りますよ、ナナイ君」
俺は自分の耳を疑いたくなってきた。
「入るって、今からか?」
「もちろんです。早くスマホのライトを構えてください」
コズハは表情一つ変えず、そう言った。
「冗談じゃねえ、俺ら今制服だぞ?この中入ったら汚れるどころじゃすまねえだろ」
「ここまで来て入らなければ、文字通りの徒労ですよ。詳細の説明だってまだしていませんし」
「学校終わってからじゃダメか?」
「五分で戻ると言ったのはナナイ君でしょう?早く行きますよ。生徒指導と違って怪奇現象は待ってくれませんよ」
「……分かった。とっとと終わらせるぞ」
腹を括った俺は、昨日と同様にライトを構えてコズハに続いた。
茂みをかき分けながら雑木林の奥へと入っていく。一歩踏みしめる度に、茎の反発力に邪魔される。雑草の朝露に濡れた細かい葉が、スニーカーと足首をじっとりと濡らしてくる。こうなるならば、長靴を履いて家を出るんだった。
遅すぎる後悔をしつつ、ひとつコズハの言っていたことを思い出した。
「そういや、家出る時に動画の詳細を確かめるだの言ってたが、なにか写ってたのか?」
「はい。それはもうバッチリと。
そういえばナナイ君には雑木林での目撃例もご紹介してきませんでしたね。今からお送りしますので併せてスマホをご覧ください」
スマホに通知が届く。コズハから知らないサイトのURLと、昨日の動画が転送された。
コズハは歩みを止めない。草をかき分けながら、
「まずはサイトの方をご覧ください」
と、指示を出した。
言われるがままにURLをタップする。まもなく開いたブラウザに表示されたのは、怪しげなオカルト掲示板だ。
黒塗りの背景、7色に明滅する創英角ポップ体、手ブレの酷い写真が点々と掲載されている。コズハの提示したページには、でかでかと『相次いで撮影!山中に佇む宇宙人!』との見出しが躍っている。
人様の趣味にとやかく言う権利は無いが、珍妙と言うべき怪しさがそのサイトには詰まっていた。
「お前こんなのも見てるのか」
思わず口をついて出た。
「はい、本に載っている内容では鮮度がありませんので。問題はここからです」
オカルトに鮮度も何もないだろと言いたくなるのを堪え、画面に目を向ける。
コズハが指したのは1枚の黒い写真。暗い茂みの中に立つ、真っ白な人型。ピンぼけしているせいでシルエットくらいしかまともに認識できなかったが、首のくびれ、肩のでっぱり、スラリと伸びた胴。間違いなく人型ではあった。しかし頭からは二本、イカの触腕めいた何かが腰元まで伸びている。一見作り物のような人外だが、コラージュにしては境界が自然すぎる。正体が分かりそうで分からないギリギリのラインだ。
そして、紹介されているのは間違いなくこの雑木林の住所だった。怪しさ満点だが、オカルトなんてそんなもんだろう。
「なるほど、どことなく本物っぽいな」
俺がそう言うと、コズハは軽く頷いた。
「それでは続けて、昨日ナナイ君が撮影した動画の1時間35分48秒付近をご覧ください」
「ああ、どれどれ……」
コズハの言っていた辺りまで動画を進める。
縦揺れと手ブレが酷く、見るに堪えない内容だ。しかし、動画の中に不自然な光のようなものが一瞬だけ映りこんでいた。
「見ましたか?」
「ああ、一瞬映ってた白い光か?スマホのライトみたいにも見えたが」
「ナナイ君のご明察の通り、あれはライトの光であると考えられます。この雑木林に発光するものなど存在しませんからね」
確かに、この森の中に発光するものは存在しないだろう。日の出の時間帯でもなければ、付近の道路を走る車のライトもここまでは届かない。あんな時間帯にライト片手にエイリアンの捜索をする同好の士が居れば俺らも気がついていたはず。つまり……。
「スマホのライトが反射するような《《何か》》が、この森の中にあるってことか?」
「ご名答、それも人寄り付かぬ雑木林の奥深くにです。不自然だとは思いませんか?」
「……不法投棄とかの線はねえのか?」
「そればかりは見て見ないとなんとも言えません。だからこうして歩いて確かめているのです」
「場所に目星はついてるのか?」
「もちろんです。この広い林をあてもなく彷徨えば遭難しかねません」
「数時間前の俺らにブーメラン刺すなよ」
「そのおかげで手がかりも見つかったのですから、結果オーライってやつです」
しばらく辺りを見回した後、コズハは右手前方を指さした。
「こちらです」
俺は暗がりに対して貧弱すぎるライトで道無き道を照らしつつ、コズハについて行った。
「しかし、よくもまあ住宅街にこんなのが残ってるよな」
「昔権利関係で揉めに揉め、以来誰も手出しできていないそうです」
と、軽くボヤいたつもりの一言にコズハは反応した。さらに続ける。
「地主の方も骨肉の争いにならないよう管理をわざと放棄し、ある程度の立ち入りも黙認しているのだとか」
「二回も踏み入って今更だと思うが、確かなのか?」
「はい。所有者の特定にも至りましたし、私たちが今踏み入ってもお咎めは一切ないかと」
「今朝来る前にそこまで調べたのか!?」
「当然です。興味関心を前にしても、抜かりなく行わなくては」
「……コズハ」
俺は大袈裟に聞こえるかもしれないが、泣きそうなほど感動している。こいつに人並みの倫理観があったのだと。
俺からの自立の日も近い。とうとう世話係のお役御免と言ったところだろうか。
「この程度で捕まる訳には行きませんからね。どうせならドデカイことをしでかしてやりたいものです」
「頼むから小さくてもやめてくれ」
そんなことは無かった。
「厳密に言えば今やっているこれも不法行為です。捕まるその時はナナイ君も同罪ですので、お覚悟を」
「自爆予告までご丁寧にしやがって……」
それどころか、より目が離せなくなってしまった。もしかしたら俺に安息の日など存在し得ないのかもしれない。
うなだれながら歩いていると、コズハが急に足を止めた。
「……」
「どうした、なにか見つかったか?」
俺が問いかけると、コズハはまっすぐ前を指さした。
「ナナイ君、こちらにライトを」
「おう、これだな?」
コズハの指さす方へ、ライトを向ける。次の瞬間、白い光が目に飛び込んできた。
「……?」
顔を顰めつつ、ゆっくりと目を慣らす。瞬きする度、ぼやけた視界が輪郭を取り戻していく。徐々に、金属質な何かが見えてきた。
全体的に丸っぽくて……丸い模様?が付いていて……かと思えば平べったいところもある。
「……あっ」
俺は知っている、この形を。茂みの中に沈んだこの物体を知っている。
表面が灰色の金属によって整形された半球のボディ。まるで茶碗をひっくり返し、小皿の上にかぶせたような頓狂なシルエット。等間隔にはめられたガラス質の窓。
「まさかこれは……」
「UFO……でしょうね」
コズハは言葉をつまらせながら、目の前の円盤の正体を看破した。他の何かだろうと想像力を働かせても、それ以上に言葉が見つからないのだ。
10人中10人がUFOと答えるような、絵に書いたようなUFOがそこにはあった。
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