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2.奴は朝に弱い

 ──翌日。


 正確に言えばエイリアン捜索から2時間後の午前7時半。



 「起きろ!遅刻するぞ!」

 


 叫びながらカーテンを開け放ち、布団を引き剥がす。ベッドの上ではコズハが大の字で寝ていた。昨日……もとい明朝と同じネグリジェを着て、メガネも着けたまま。相変わらず器用なものだ。


 ボサボサ髪のコズハは起き上がると、俺の方を見ながら目を擦った。



 「ふわぁぁぁ……」



 悠長にあくびまでしている。昨日の利発さはどこへ行ったのだろう。



 「おはよう。さっさと朝飯食って学校行くぞ」

 

 「……」


 「なんだ?」


 「おやすみなさい……」


 「あーもう、寝るな!せっかく起きたのに!」



 結局、いつものようにコズハを担いで洗面所に運ぶ。椅子に乗せ、歯ブラシとコップを手渡す。



 「んー……」



 目を閉じたまま歯を磨くコズハの髪を、櫛で梳かしていく。いつもお下げにしているだけあってかなりの長さだ。



 「ひひゃいへふ(痛いです)……ほっほふっふひ(もっとゆっくり)……」


 「悪ぃ。でもこんなに長えと結うのも大変じゃねえのか?」


 「ひひへほ(意地でも)ひひはへんほ(切りませんよ)……ガラガラガラ……ぺっ。これと眼鏡は私のアイデンティティなのですから」


 「口元に歯磨き粉つけたままカッコつけられてもな」

 


 その後もどこか寝ぼけているコズハに制服を渡し、着替えるのを待ってから、ダイニングまで連れてきた。一体になっているキッチンには、コズハのお母さんが立っている。



 「ナナイ君、今日もごめんねー!コズハったら、もう私が起こしても起きなくなっちゃったの!」



 申し訳なさそうに手を合わせて、コズハのお母さんは言った。



 「構いませんよ。もういつものことですし」



 事実なのだから笑えない。コズハは朝に弱い。というか睡眠時間が足りていないのだ。伸びていない身長がその証左といえよう。


 コズハのお母さんはコズハをスラリと縦にのばし、メリハリを持たせたようなスタイルの人だ。徹頭徹尾コズハとは対極にある。有り得たかもしれないコズハの姿と仮定すれば、伸び代自体はあるはずなのだ。



 「誰がちんちくりんですか、発展途上と言ってください」



 コズハは口を尖らせた。



 「誰も何も言ってないだろ」


 「いいえ、目が物語っていました。私とお母さんを見比べていましたよ」

 


 しまった、気付かれていたか。



 「い、いやそんなことは」



 咄嗟にに誤魔化したが、コズハが訝しげにこちらを見てくる。



 「乙女は視線に敏感なのです。少しくらい注意を払ってください」


 「ぐぅの音も出ねえ正論だな……だがなコズハ。寝起き直後の惨状を毎日俺に見せておいてよくそんなこと言えるな。多少は悪目立ちしねえよう気をつけられねえか?」


 「あー、ライン越えです。表出てください。テトリ○で勝負です」


 「なんでテトリ○で表出ねえと行けねえんだ」

 


 早朝から言い合いを続ける俺らを見ながら、コズハのお母さんはくすくすと笑っている。



 「ふふふ、今日も元気ね。でも冷めちゃうしテトリ○は置いといて早く食べちゃいなさいな」



 コズハのお母さんは、ダイニングテーブルにコズハと自分の朝食を準備していた。

 


 「それもそうですね。いただきます」



 コズハは椅子に座り、トーストにイチゴジャムを塗り始めた。今朝の献立はハムエッグにレタスとプチトマト、トーストと牛乳のセット。一汁一菜の俺より遥かに豪勢だ。


 ここまで来れば、そうそう二度寝することはないので安心出来る。ほっと胸をなで下ろし、



 「すいません、失礼します」



 と断ってから、コズハの隣の椅子に座った。



 「もー、そんなにかしこまらなくていいのに!」



 そう言って、コズハのお母さんは俺の向かいに座った。目の前に置かれた朝食の量ははコズハの約二倍。目玉焼きもハムも、四枚切りのパンも2倍で、なんなら牛乳はジョッキだ。いつ見てもこの量には気圧される。



 「……」


 「あのね、ナナイ君。乙女は視線に敏感だから気を付けた方が身のためよ」


 「ごめんなさい、肝に銘じます」


 「だから言ったでは無いですか。視線に気をつけてくださいねナナイ君」


 「コズハも口元にお弁当つけていく気?見られてもいいように、きちんとおめかししていきなさいね?」


 「わかりました。肝に銘じます」


 「うむ、分かればよろしい!」



 そう言って、ハムエッグトーストにお母さんはかぶりついた。一口目を飲み込んだ辺りで、目線が俺の方に向いた。

 

 「それはそうとナナイ君、たまにはうちでご飯食べていきなよ!親御さんには私から伝えとくからさ」


 「いや、さすがに申し訳ないですよ」


 「いやいや、毎朝コズハのこと起こしてもらってるし、たまにはお返ししないとね」


 「ふぉーふぇふほ(そうですよ)ふぁらひはひはふぇ(私たちだけ)ふぁふぇへひふほうは(食べている方が)|ほうひふぁふぇふぁいふぇふ《申し訳ないです》」


 「……なんて?」


 「こら、コズハ。ちゃんと飲み込んでから言いなさい!」


 「ふぁーい(はーい)


 コズハはもぐもぐと口を動かした。

 以上が毎朝のルーティンワークだ。さすがにやりすぎだと思うが、こうでもしないとコズハは学校にたどり着かない。どうしたらここまで他人に依存できるのだろう。まあ俺も俺でコズハに勉強を教わっているので小言を言えた立場ではないな。


 俺が内省をする傍ら、コズハは手を合わせた。どうやら、もう食べ終えたらしい。



 「ご馳走様でした。お母さん、お皿は任せました」



 空の食器を置いたまま、コズハは足早に部屋から退散した。



 「あっ、逃げやがって!」


 「はいはい、任されたわよ。ナナイ君!早くコズハを追いかけて!」


 「分かってます!行ってきますね!」



 コズハのお母さんに見送られて家から飛び出る。

 するとコズハは玄関を出てすぐの道路で、足踏みをしていた。さながらアップ中の陸上選手のように。



 「遅いです、ナナイ君。早く行きますよ」



 ちなみに悪びれる様子は一切ない。



 「お前なあ、ちょっと人に甘えすぎだぞ?少しくらい自立したらどうなんだ?」


 「むっ」



 俺の発言に、コズハはムスッと頬を膨らませた。

 表情筋が貧弱なせいでハコフグ程度にしか膨らんでいないが。そのまま抗議の視線を向けてきた。



 「相変わらず可愛げがありませんね、ナナイ君は。少しくらい他人に甘えたっていいでしょう。まして肉親と幼馴染なのですよ」


 「それにしたって限度があるだろ。せめて悪びれてくれ」


 「嫌です。甘えることは子供の当然の権利であり義務です。スーパーエゴナナイ君は存じあげないかもしれませんが」


 「誰が道徳心直結男だ」


 「いい名前だと思いますよ。ナナイ君には自我がまるでありませんから」


 「続けざまになんてことを言いやがる」


 「だってナナイ君は私が遅刻しそうな挙動をしたら、絶対に修正してくれますからね。まさに超然的社会規範(スーパーエゴ)ですよ」



 ぼやきながら、コズハは身を屈めた。


 しゃがんだようにも見えたが、違う。コズハは両手を地面につけて腰を突き上げ、前を見据えている。いわゆる、クラウチングスタートの姿勢を取ったのだ。


 学校とは、反対向きに。


 「お前、嘘だろ」


 「嘘ではありません。大マジです」


 「さっき言ったことをもう忘れたのか!どんだけ他人に迷惑かけりゃ気が済むんだ!」


 「ナナイ君こそ、覚えていないのですか?」



 ぞくり、と悪寒がした。



 「……何をだ?」



 一呼吸置いて、コズハは言う。



 「この先には、昨日行った雑木林があります。昨日撮影した動画、その詳細を確かめなくてはなりません」


 「なっ」


 「それに私、好奇心が湧いてしまいました。ナナイ君も着いてきてくださいね」



 次の瞬間、コズハは土煙を上げて駆け出した。一糸乱れぬフォーム。100メートル走選手のごとき腕の振り、足のテンポ。スタスタとローファーで駆けていき、みるみるうちに背中は小さくなっていく。


 こうなったコズハを止める術はただ一つ。迅速に事を終わらせ、対象への興味を弱めるしかない。

 


 「ああっ、クソっ!詳細教えやがれ、五分で戻るぞ!」



 後に引けない俺は、コズハの後を追って住宅街を走り始めた。この選択が俺の日常をさらにかき乱すとも知らずに。

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