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女子高生に蕎麦を奢らされる話  作者: 塩谷 純也
8/12

推理、それは牛蒡天蕎麦の味



「おじ様。本日の朝、目が合ったにも関わらず意図的に顔を背けましたね。そういうのは『無視』とか『しかと』と言います。認識していた存在が相反する姿勢をとると愛着形成に障害を来たすことは御存じでしょうか?発達心理上、子どもに対して行ってはいけない行為の代表格です。ええ、大変に人を傷つける行為です。道徳の授業を受講されませんでしたか?」


遭遇するのを避けるため、部長からお小言を貰った日から2本程遅い電車に乗るようになった私でした。この3日間は火種さんに遭遇することなく帰路に着けておりましたが、本日は違いました。扉が開いた瞬間に火種さんが下りてこられました。

電車に乗り込むことができず、そして乗ろうとした電車が去っていきました。人がいなくなったホームで、火種さんに距離を詰められた私は、年齢が一回り違うにも関わらず説教を受けるのでした。



「おじ様のことですから、私に会わないよう、1本乗る時間をずらしたのだろうと考えました。乗り込んでこないことを確かめた後、もう1本遅い便かもしれないと考えましたが、ビンゴでしたね」

種明かしした火種さんは怒りながらもドヤ顔を見せつけてきます。


「どういうおつもりだったのか教えていただきたく存じます、おじ様」



■□■□   □■□■



恵比天満宮駅で降り、立ち食い蕎麦屋のカウンターに立ちます。


「牛蒡天蕎麦を2つお願いいたします」

私の希望は問わずに注文をする火種さん。日頃は私の注文を聞くなどの配慮がありましたが、お怒りのようです。若干理不尽な感じもいたしますが、理解も出来る部分がありますので、火に油を注がず対応いたします。


注文をしますとすぐさま、店員さんが蕎麦の入った丼を渡してきます。火傷をせぬよう受け取りますと

「ではおじ様のこの数日間の行動の動機をお教えください」

同じタイミングで受け取った火種さんが、そうおっしゃってきました。



さっさと切り上げたかった私は端的にお伝えしました。

田貫大通り駅周辺を探索した次の日に勤め先に通報があったこと、日頃を含め職場の上司に行動を注意されたこと、イメージを損なう行動なので謹むよう指導を受けたため遭遇を避けていたこと。

喋り終わった頃には、せっかくの牛蒡天が蕎麦の出汁を吸って、衣がふにゃふにゃになっておりました。

一呼吸入れるためにも少し伸びたであろう蕎麦をすすります。



「『女学生と歩いているところを目撃した』という通報、ですか……」

既に食べ終わり、丼を店員さんに返していた火種さんは、指を顎に当て考えを巡らせています。


「事情は分かりました。お勤め先からの指導であるのでしたらば、致し方ありません。私を無視しようとしていたことに関しては溜飲を下げることに致しましょう」

そうおっしゃった後、牛蒡天を口に入れる火種さん。6秒ほどよく噛んだ後飲み込みます。


「しかしおじ様がおっしゃられたこと、少しおかしいんですよね。私のこととリンクした噂でしたら、『女学生と歩いているところを目撃した』という通報にはならないんです」


どういうことでしょうか?


「店員さん。私とこのおじ様の事、よく見ていらっしゃいますよね?」

話の途中で火種さんが、蕎麦屋の店員さんに声をかけられました。


いつもここで蕎麦を作っていらっしゃる方です。何度も顔をみることになりましたし、会社の帰り、火種さんがおらず、お店に寄らない時でも会釈をするようになりました。


「良く来るからねぇ。最初は私もよろしくない関係なのかもと思ったよ。まぁ、触らぬ神に祟りなしっていうからねぇ。見て見ぬふりをしていたさ」

「でも違いますでしょう?」

「違うねぇ。そういう空気じゃあないねぇ。親子とも違うし兄弟とも違う。ああ、部活の先輩後輩のような感じだねぇ。現役の子とOBって感じだ」

「ありがとうございます。店員さんが、私達のことを1言で表したら、何て表現されます?」


少し考え込む店員さん。お忙しいにも関わらず思考を割いていただき申し訳ございません。


「そうだねぇ。『女学生と蕎麦を食べているところを目撃した』かな」

「ですよね」


満足そうに笑い、火種さんがこちらを振り向きます。


「お蕎麦を食べているインパクトの方が大きいんです、おじ様。歩いている、なんていう軽い表現にはなるのはおかしいんです」



■□■□   □■□■



もう遅い時間にもなっており、他のお客さんも立ち寄られません。そろそろ終業時間のようです。

しかし、店員さんは、私達2人のコップにお冷の御替わりを注いでくれました。

「話を聞いていると込み入ったことになっているようだねぇ。片付けをしている間、カウンターで話をしていても良いよ」

「ありがとうございます」



「目撃の通報の内容がいつのことなのか。これは特定ができます」

「教えてください」

「おそらくなのですが、一緒に歩いていた女学生、これは美穂のことだと思います。私はあの日、私服でしたので、学生と思われる要素がありません。いえ、もちろん、ちゃんと見れば若さからわかるかもしれませんが」


なるほど。三条さんですか。そうですね。確かに制服を着ていた三条さんと歩いていたことは事実。それを目撃したのでしたらば、通報の通りです。


「しかし、おじ様の話では、翌日には通報の電話があったわけです。ここで疑問ですが、おじ様のお勤め先にお電話があったのですよね。どうやっておじ様の勤め先を特定したのでしょう?」


!指摘され、私も今気づきました。

私の個人情報が漏れています。


「質問です。おじ様の勤め先を御存じの方で、先日の私と美穂との行動を目撃した方っていらっしゃいますか?」


少し考えます。

1人、その条件に当てはまる方がいます。

『喫茶 プンダリーカ』、先日訪れた師越駅の喫茶店の店長さんです。


しかし、隙有らば通報しようとしていた店員さんなら別ですが、店長さんはしないでしょう。止めておりましたし。


そんな方が私の勤め先の情報を、軽はずみに通報しようとしていたあの店員さんに教えるような幇助をするとは思えません。



「思い当たりませんね」

「私は1人、思い当たる人がいます。あ、喫茶店の店長さんではありませんよ」



「美穂ですよ」



■□■□   □■□■



「おじ様は、あの日、美穂に事情を説明しようとして、これをお渡ししましたよね。私もいただきましたし」


そう言って、火種さんは電車の定期券の裏から1枚の紙を取り出します。それは縦91mm、横55mmの長方形の紙。


名刺です。



「ああ、私の社会的証明のために三条さんにお渡ししましたね。確かに、そちらには勤め先の連絡先が載っております。……なるほど」


大変辻褄があいます。


しかし。お会いした時の敵意ある三条さんと異なり、お別れの際はだいぶ態度が軟化したように見えました。通報される動機がわかりません。急な心変わり?だとしたらだいぶ不安定な子です。


「勿論違うかもです。おじ様が職務質問をされた際にお答えした内容を覚えていた警察官の方が、嫌がらせで通報されたのかもしれませんし」

「それでしたら大問題ですよ。この国の司法はどうなっているんですか」


国家権力から嫌がらせを受ける、などあったら生きていけません。それはあって欲しくない。


「ともかく。明日、美穂にそれと無く聞いてみようと思います。その情報をおじ様にもお教えしますね。明日は何時の便に乗られますか?」


次の情報交換の約束を取り付け、火種さんは反対側のホームから電車に乗り込み、消えていかれたのでした。



日本の名刺は黄金比を用いられており、数学的に美術的に美しいものとなっております。

今日では、世界で最も名刺を利用しているのが日本と言われており、文化のガラパゴス化もみられています。日本のサラリーマンの文化の1つとも言って過言ではないのかもしれません。


名刺と言えば、『American Psycho』という映画が2000年に公開されました(日本では2001年に公開されています)。作中で銀行マンである主人公がオリジナルデザインの名刺を披露します。オーダーメイドの名刺で、そのデザインのセンスの良さをひけらかしたかったのですが……。

サイコサスペンスの金字塔ともいえる作品です。この続きはご自身の目で是非に御確認下さい。


本当は、その映画をオマージュして、本文中に名刺の書体や紙質を詳細に記載したかったのですが、『Garamond Classico SC』ってアルファベット表記のみの書体なので、矛盾しちゃうので止めました。惜しい。

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