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女子高生に蕎麦を奢らされる話  作者: 塩谷 純也
12/12

三条 美穂の失踪 ④

『怪異の欠片』『非日常の破片』を少しずつ少しずつ明確にして、怪奇に変えていきたい所存です。この描写力こそがホラー小説家の力量の全てでしょう。



100円の周回バスのなんと便利で素晴らしいことか。財布にも、私の身体にも精神にも優しい。賞賛に値する事業とはこういう福祉事業のことをいうのだと思います。

バス会社には足を向けて寝れません。



訪れたのは田貫郷土資料館。

他にも歴史資料館や博物館、美術館も点在しているですが、三条さんは『郷土資料館』と言っておりました。本人の発言をあてに、まずはこちらを見ていきましょう。


ああ、入館料も実に財布に優しい。



さて中を見てみると、様々な展示物が目に飛び込んできます。古墳時代の地層から出土したらしい土器や青銅剣。貝塚もあったようですね。

時代が進むと貨幣を用いるようになり、大陸との交易が始まると、古銭や磁器が地層が出土してきたようです。古米や古代蓮などの品種改良されていない植物の種子も見つかったみたいです。

時代は進み、農具、茶器、江戸時代の生活用品が残るようになり、それらが展示されています。

藩主のやり取りした手紙、戦時中の軍服や軍刀、昭和の家具家電などの寄付品も展示されております。


地元の歴史文化に触れるというのは、ちょっといいものだなと思いました。


しかして、今回は『とじめ』に関連するものを見つけにきたのです。平屋建てとは言え、それなりの広さを持っております。この資料館には文献室という書籍を置いている部屋もあるようでしたし、普通に探していては閉館時間を迎えかねません。



こういう時のキュレーターさんのはず、です。


「すみません。資料を探しているのですが」

「はーい。お待ち下さい」

受付に声をかけますと、すぐに返事が返ってきました。近寄ってこられたのはだいぶお若い方です。婦警さんくらいのお歳でしょうか。ありがたいことに私に対しての視線は実に温かいものです。



「お待たせ致しました。どういった資料をお探しでしょうか?」

「『とじめ』という妖怪の伝承について、なのですが」

私はそうキュレーターさんにお答えします。



「あら。今日2人目ですね。うれしいですね。地元学の授業ですか?」

「あ、まぁ、それに近いですね。長らく住んでいる地域なのに、知らないことがそれなりにあるな、とこの歳になって気付かされまして。気になりますので調べているんですよ。なんでも文献に残る妖怪、だとか。少し気になりまして」

差し障りのない言葉を選んで来館理由を述べる私。これは誰に対しての言い訳なのでしょう。


しかし、2人目?

私と同じタイミングで『とじめ』を調べている人がいらっしゃる、と。これはもしかして当たり、でしょうか。


「先ほど来られていた子も同じことをおっしゃっておりました。ただ、少し違うので、実際に資料をお見せしながら説明いたしますね」


先ほど来られていた子?

やはり!

三条さんの足取りを掴めましたぞ!



■□■□   □■□■



キュレーターさんに案内されたのは、戦国時代のコーナー。その中でも寺社仏閣の資料を取り扱ったコーナーです。見せてもらったのは、コーナーの片隅にある、何やら達筆な文字が書かれた木の板です。


「こちらは、今はもうない『岩戸主女命神社(いわやどのぬしのみことじんじゃ)』の事が記されたものになります。由諸が書かれていることから、神社に置かれていた立札だったのではないか、と考えられています」

「今はもう、無い?」


「はい。田貫大通り駅から15分くらいのところにある神社は戦後立て直されたもののようです。それも、元々は岩戸主女命神社の下宮だったと言われています。ここには上宮があったことや岩戸主女命様のことが書かれています」

「いつくらいに壊された、などの文献はありますか?」

「いえ。廃仏毀釈運動があった明治かも知れませんし、戦時中かも知れません。戦時中の資料には、この地域も一部空襲の被害を受け、古い建物が焼け落ちたと記載があります」


「達筆過ぎて読める場所が少ないですね、しかし。『とじめ』というのはどの辺に書かれているのでしょうか?」

「岩戸主女命、この『戸』『主』『女』が『とじめ』になっていったと考えられています。時代とともに長い名称が短くなっていくのはよくあることです。例えば、火之加具土神(ひのかぐつちのかみ)加具土命(かぐつち)に略されることがあります。文献室の方には、その流れが分かる文献もありますよ」

「なるほど。ありがとうございます」


流石、キュレーターさんです。理解しやすい解説です。


「岩戸主女命、いえ戸主女(とじめ)は、別の資料では神ではなく、神職、巫女であったとされております。その記載はこちらですね。祭事の時に巫女が神事を執り行っていたということが書かれているものです。戦前のこの地域に住んでいた方の日誌の一部です」


北條 秀司氏の『奇祭巡礼』のような資料です。

しかし、なるほど。


「その巫女様は、まるで神のように物事を見通せていたのでしょうね」

そうキュレーターさんに質問します。


すると

「先ほどの子も同じことを質問しておりましたよ。それはあくまで、彫刻家の方のイメージです。実際にはそのような資料はないんです」


おや。同じような質問?


「駅前の『土は知っている』ですよね。あれは確かに戸主女と関連があるのですが、少しだけ違うんです。その資料は文献室にありますよ。まだ、先ほどの子もいらっしゃいますし、一緒に説明をいたしましょう」


まだいらっしゃる、と!


おお!遂に見つけるに至りました!



■□■□   □■□■



「まあ。おじ様!」

キュレーターさんに案内され文献室に行きますと、テーブルの上に古書と絵本広げている火種さんに出くわしました。


ああそうでしたか。

マスターがおっしゃっていた学生とは火種さんのことでしたか。そうですね、確かにあの日一緒にいましたし、女学生なのもご理解されておりました。

勝手に私が三条さんと思っていただけだったのです。うむむ。


火種さん。制服を着られたままですが、どういうことなのでしょう。

いや。まぁ、分かっていますよ。朝私と電車で会話した後、登校されずに、そのまま三条さんの捜索を行っていたのでしょう。たどり着いた地点が同じということは、同じ推理だったと考えられます。



「おじ様も、美穂のことが心配になって探してくれていたのですね。ありがとうございます」

そう言って頭を下げる火種さん。真摯な感謝の態度に流石に日頃の悪態は感じされません。


「おじ様。『とじめ』は妖怪ではありませんでしたよ。むしろ、『とじめ』とは別の妖怪?物の怪?怪物?ともかく、別の存在がいました。龍です。龍。そちらが色々知っていたのです」


うーん。語彙力。平素はもっと利発そうに語るではないですか、貴女。まぁ、ご友人の手がかり足り得るかもしれない情報を見つけ、少し興奮されているのやもしれませんが。

しかし、オカルト寄りなんですよ、それは。


他人が興奮しているのを見ると、冷静になる。

まさに今がそれです。



「この絵本なんですがね」

「『田貫の昔話』ですか」

火種さんが自費出版のような絵本を見せてきます。これも立派な風土史のまとめです。


「巫女様が悪い龍を封印するお話があるんですよ。田貫の集落を津波で押し流そうとしたり、雨を降らせて作物を根腐れさせようとしたりする龍を反省させようとする旨が書かれています。そして、こちらの『田貫の祭事録』の方には、戦前まで行われていた神楽のことが載っています。昔は巫女様が舞う神楽が田貫の神社では執り行われていたとあり、その内容は龍退治だったそうです」

そこまで一呼吸で言い切る火種さん。


「ただ、神楽では龍退治なんですが、昔話の方では封印と差があります。その封印された龍は土の下で巫女様の隙を伺って、いつでも逃げられるように、ずっと地上のことを観察していると書いてあるんです。逆に巫女様の方も龍が逃げないように監視をしている、と書いています」

その火種さんの言葉から流れて解説を続けてくれるキュレーターさん。


「ですので、駅前オブジェの『土は知っている』の『とじめ』像は、戸主女と龍の伝承や伝奇の内容を混ぜ繰り合わせたものなんです」

「なるほど、だから『ちょっと違う』だったんですね」

そうキュレーターさんに返すと、笑顔が返ってきました。



……そこで変な考えにたどり着いたのです。

三条さんの持っていると考えられる、火種さんのことを知る『何らかの方法』について。



これらの文献の内容が真とするならば、知る力を持っているのは、封印された悪い龍の方ではないか?と。

人ならざる存在の力が三条さんに宿っているのではないか?と。


ちらりと火種さんを見ますと、ああ、同じような考えにたどり着いているのですね。その表情はとてもとても固いです。


一旦、三条さんはどういう状況にあるのでしょうか。



本文中に記載した『奇祭巡礼』は、実に名著です。ローファンタジーや現在創作神話を書かれている方には是非読んでいただきたい一冊です(物書き初心者のペーペーのぺーのカタツムリの観光客が何を言っているのか)。

現実に行われている奇祭を体験した者の生きた意見を読み解くことができます。TRPGで疑似体験する因習村のオカルトイベントなどよりも、現実的な奇妙さを味わる一冊です。


ああ、いつか地元のケベス祭りなる奇祭に参加してみたい。



……ロータスビスコフに引き続いてのダイレクトマーケティングでした。

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