ざまぁはとっくに終了しました
異世界転生した事実に気付いたのは、新しくできたカフェで友人とお茶をしている時だった。
雰囲気もいいし、自宅からも職場からもそこそこ近い。今回頼んだメニューは美味しかったし、他の料理も期待できる。これはいい場所にお店ができたなと、ほくほくしていたまさにその時だ。
「おい、聞いたか? 以前発見された国、どうやら新しい情報が出たらしいぞ」
「へぇ……確か……ゾルデン王国だったっけ? 何でも酷い瘴気汚染で前回すぐに撤退する事になった例の国だろ?」
「そうそれ。どうやらそれなりに発展していたらしいんだけどな……しかし残念だな。今も繁栄して国が残っていたら、いい商売相手になっただろうに」
恐らくはお仕事途中で休憩しに来たらしい男性の話が聞こえてきて、そこで前世の記憶を思い出した。
脈絡がない?
そんな事はない。
私は前世、ごく普通の生活を送る日本人だった。
中学三年の夏休み、突然異世界に召喚されたという事を除けばとても平凡な女子中学生だった。
ライトノベルで読んだような展開が、まさか私の身に降りかかるなんて予想すらしていなかった。最初はちょっと浮かれたのだ。
けれど、その浮かれた気持ちはすぐに消滅した。
かつて神々と魔の者たちとの戦いで荒れ果てた土地には瘴気が蔓延し、それらを封じているもののその封印が弱まる事がある。それらを封じるために、聖女と呼ばれる者の力を借りてどうにか事なきを得ていたらしいが、いよいよ国内で聖女と呼べる存在が現れる事がなく、聖女を呼ぶための儀式を行い国を繁栄させてきたのだとか。
小説なら別に何とも思わないけれど、それが自分の身に降りかかったとなれば浮かれてる場合でもない。
だって普通に考えたら誘拐だ。
すぐに帰れるのか、帰れるとして、召喚された直後の時間軸なのか。
中学三年の夏休みなんて受験とかまだ先、なんて余裕かましてられるような状況じゃない。
それなのに、こんな所で時間を消費している余裕があるはずもない。
けれど、それを言った所で彼らがどうにかしてくれる保証もないのだ。
顔だけはいい第三王子だとか、犠牲になったとしても国の中では特に困らない――言い方悪いけどスペアだとかそういう感じの人たちが聖女の護衛について、瘴気を封印するために各地を巡礼する事になったとはいえ、魔物が出るし決して安全な旅ではなかった。
しかも周囲にいたのはとりあえず顔で釣っておこうとばかりに顔だけはいい野郎ばかり。
浮かれた気分になったのなんて、召喚されて最初の数秒だけだ。すぐに現実を考えたら浮かれている場合ではないと思い直したし、その状態で男ばかり侍らせるようなメンバーで各地を巡礼させられてみろ。
殺意しか湧かない。
そもそもこちとら聖女として召喚されたんだから、女なわけだ。
それでなくとも現代日本なんてさぁ、便利すぎてロクに体力なくても問題ないわけ。
でもここはどうよ。移動は徒歩か馬車。そして巡礼のための浄化の儀式という名の旅は基本徒歩。
こちとら体育の授業とかかったるくてやってらんないタイプの女子ぞ。
生理の時なんて特に最悪だった。
痛み止めはないし、そもそも周囲にいるの野郎ばっか。気軽に相談できる相手がいない。
せめてオネェでいいからそういう話ができる人を一人くらいつけてほしかった。
もうさ、完全にアウェイなわけ。
自衛のためにそれでもどうにか周囲の野郎とは一線を越えないようにして接してたけど、もうね、帰りたくて帰りたくて常に震えてたんだわ。主に怒りで。
どうにか旅が終わってお城に戻ってきた時なんかさ、さっさと帰してほしいのに第三王子が何トチ狂ったのか言うんですよ。
ずっとこのままここに残ってくれないか、と。
死ね。頭沸いてる誘拐犯は死ね。
王族のくせに常識が搭載されてないあっぱらぱーは疾く死ね。
ちなみに旅は三年かかった。三年だぞ三年!
淡々となんでここに残らないとならないんだふざけんな死ねをオブラートに包む事すらせず、こっちは務め果たしたんだからはよ帰せやと断固として残らないという主張を掲げたわけ。
もうさ、将来が不安で不安でたまらなかったよ? でもここに残るって選択肢は無いんだわ。
だって生活がクソ。
王族、第三王子と仮にくっついたとして、まぁ多少の生活は保障されるかもしれないね。でもさ、国を背負う覚悟とかはなくてもいいかもしれないけど、生活がしょぼすぎるんだわ。
ご飯とかはさ、まぁ、旅に出てる時に比べればいいもの出たと思うよ。
でも私お母さんの作ったカレーライスが食べたかったし、お父さんの作る手打ちうどんが食べたかった。お正月におじいちゃんがついたお餅を食べたかったし、おばあちゃんが漬けた梅干しが恋しくて仕方がなかった。
姉さんがたまに作ってくれるプリンとか、シフォンケーキが食べたくて食べたくて仕方がなかったし、気が向いた時だけ兄さんが作るビーフストロガノフが忘れられなかった。
それに比べたら王城で出される食事とかグルメ番組見ながら気休めで食べるカップ麺みたいなものだったよね。わかる?
毎年冬になる前に親戚のおじさんが届けてくれるいくらの醤油漬けをご飯にのっけて食べるあの幸せ。
それがこの世界には存在しない。
それら全部諦めて好きでも何でもない男と強制的に結婚しろって何の罰ゲームなんです?
惚れた女の胃袋一つ掴めなくてよくもまぁそんな事が言えたものです。
こっちで出された豪勢な食事ったってなぁ……ぶっちゃけ向こうでちょっとお祝いとかで行くレストランとかで普通に食べられる感じだし。うちはお金持ちじゃないけれど、それでもちょっと頑張ったら一年で何回か行ってるようなレストランで出る食事とギリ渡り合えてる……くらいの食事のために故郷捨てるのはちょっと早まりすぎなんだわ。
無理矢理誘拐された挙句、周囲は顔こそいいけどデリカシーゼロな野郎ばかりに囲まれて、こっちの胃はストレスでマッハだったし、何より食事が微妙。もう故郷が恋しくて恋しくて……!
帰る間際にめっちゃ呪ったのは言うまでもない。
今後、聖女は善なる者だけが召喚できる資格を持つ、とかそういう感じの呪いをかけた。聖女自らの呪いだ。多分めっちゃ効いたと思う。
ちなみに元の世界に戻ったら向こうでも三年が経過していた。
くそが!! って叫んだのは仕方がないよね。
だって中三の夏休みから三年って事はさ、私明らかに高校生活スタート出遅れてるわけで。
冬か春くらいならまだどうにかなったかもしれないけど、夏って……海外は新学期が九月かららしいけど、日本は四月からなんだわ。
八月って時点で色々と詰んでる感しかなかったんだわ。
行方不明になってた間の事とかマジで大変だったし。
高校はさ、もう中学の同級生とかいないの。どうにか入学したけどもう同年代の子じゃないの。同学年だけど私のが年上って留年しまくったみたいじゃない。クラスで友人作るのもちょっと大変だったわ。
その後の人生も大変だった。
履歴書にさぁ! 学歴とか職歴とか書く欄あるでしょ。そこで大体突っ込まれるの。
この空白の三年は何を? って。
馬鹿正直に書かなきゃいいだけかもしれないし、その期間は病気で……とか言葉を濁すとかすればいいのかもしれないけど、まぁ面接官の受けは悪いわけ。
死に物狂いで勉強して資格とかいっぱいとったからある程度の年齢になってからはどうにかなったけど、それでもしなくていい苦労したわけ。
多分私の人生の大半、私を召喚した異世界に対する恨み辛みが常にあった。死ぬ間際とかも呪ってたと思う。
遊び惚けて勉強しないで落第したとかさ、自分が悪くて人生転落するならまだ諦めがつくよ?
でも異世界に召喚されるとかそれ私何一つ悪くないじゃん!
そもそも予想できるかって話よね。
そりゃあ死ぬまで恨むわ。
そして、生まれ変わった私はどうやらそのかつて異世界召喚かましてきた世界に生まれていたらしい。
とはいえ。
かつて私を誘拐しやがった犯罪国家ではない、別の国だ。
思い出した直後はちょっとどころじゃなくイラっとしたけど、今こうして生活しているこっちの国は割と過ごしやすいし別にここには誘拐されたわけじゃないから、怒りもすぐにおさまった。
召喚された時はてっきりあの国が世界の全部だと思ってたんだけど……違ったのね。
結構大きな大陸で、巡礼するだけで三年もかかったし他の国の存在なんてちらとも出てこなかったからそう思っちゃったのも仕方ない。
そもそも険しい山に囲まれてたり、深い森が覆っていたりだったからね……空飛ぶ乗り物とか何でないんだろうって思うくらいに移動が不便だった。
そもそも異世界だし、あれが世界の全部だとしても私なぁんにも疑問に思わなかったのよね。だって異世界だもの。そういうものか、って。
その国が、すぐ近くの席から聞こえてきたゾルデン王国です。
今もまだちょいちょい話し声が聞こえてきてるんだけど、どうやらあの国は滅んだらしい。良しッ!!
ちなみに、私が帰ってからこっちの世界では三十年くらいしか経過してないっぽい。
私向こうに戻ってからそれなりに長生きしたとは思うけど、生まれる時に時間が歪んだとかなのかしらね? 知らんけど。
多分あれかな。遠い異世界からでも聖女の願いが常にあの国に届いてたのかもしれない。
そう考えると滅ぶまで三十年か……私の恨みもまだまだね……
どうやらあの後瘴気が再び増えてきて、多分私が戻ってから数年後にはまた聖女召喚をしようとしたらしい。
けれども前回の聖女が残した言葉――善なる者だけが召喚する資格を持つ、というやつがいい仕事をしたようだ。
あの国では誰一人として聖女を召喚できなかった。
当然よね。
だってその善なる者っていうのは、つまり何の罪も犯していない者だ。
聖女召喚ってつまりは誘拐。
いくら資格を持っていて召喚できるとしても、召喚しようとした時点で誘拐しようとした、って事になるので資格を失います。
生まれたばかりの赤ん坊とかね、無垢なる存在とかに頼ろうとしたらしいけど、赤ちゃんにそれは無理でしょ……聖女召喚の術を発動させる呪文とか赤ちゃんには唱えられないでしょ……発音がままならない。
仮に大人が唱えて赤ちゃんを触媒にって、それ下手したら赤ちゃん生贄扱いになりそう。なんて邪悪な儀式……どう足掻いても善なる者から遠ざかっていく。
なんでも国の偉い人の手記だか日記だかが発見されて、それでこの国には善なる者が一人もいないだとか、どうなっているんだとか、まぁ支離滅裂ながらもある程度国の内情を教えてくれたらしい。
最終的に瘴気が溢れて生きていけなくなったんだろう。
ちなみに今私がいる国も瘴気に関しては環境問題となってるけど、でも浄化するための魔法だとか道具だとかが開発されているので聖女召喚なんてものに手を出す感じではない。
もしこの国でも聖女召喚しようなんて事になってたら、私うっかりこの国を呪う可能性が出てたわ。
前世は聖女だったけど、今は違う。でも、やり方は思い出したからなぁ、やろうと思えばできる。
というか、聖女としての力も多分使える。感覚的にイケる! ってわかっちゃったから……
ゾルデン王国は既に滅んでるけど、国土の大半が自然に囲まれてる感じで資源は中々にありそう、っていうので瘴気を浄化させつつこれからあの土地を開拓していくらしい、っていう話で私の前世の記憶を思い出す切っ掛けになった人たちの話は一段落ついたみたいだ。
その後は全く別の内容になる。
「お待たせ。ん、何かいい事あったの? 嬉しそうだけど」
ちょっとトイレ、って言って席を離れていた友人が戻ってくる。
「いい事、かどうかは微妙だけどまぁそんなとこ。
今の私は機嫌がいいので、今日のお会計は私が払うね」
「それは……かなり機嫌がいいのでは? えっ、あの、まって、じゃああの、さっき悩んだパフェ頼んでいい!?」
「仕方がないな、奢ってしんぜよう」
「神かよ……」
咄嗟に拝み始めた友人によせやい、なんて言いながらも思う。
あの国が世界の全てだと思ったのは他国の存在が全く耳に入ってこなかったから。
あの大陸は大きな島みたいなもので、山に囲まれたりしていてそこを越えても次は海。そうなると、その先に別の国がある、と知っていなければ中々漕ぎ出せないだろう。
自然と鎖国状態になっていたのだと思う。
だから。
あの国が滅んだという事は、あの他力本願極まりない連中の子孫なんてものがいるはずもない。綺麗さっぱり滅亡したのだから。
異世界に転生して、よりにもよってそれが前世で召喚された世界だと知った直後は万が一の事を想像してしまったけれど、あの国の人間と出会う事はない。
それだけで、とても清々しい気分だった。