私が生きた理由、生きたい理由
10年くらい前
世界中がピリピリした緊張感に包まれ、
どこかの国が街が、
何人が死んだ、侵略された。
そんなニュースばかり流れていた記憶が、
柚子にはあった。
ただ、そんな空気は、
柚子が産まれたときから既にあって、
大人達が気にするほど、
子供達は気にしていなかった。
ただし、10年前のあの日は違った。
ギリギリの緊張感で伸びていた細い糸が切れた。
そんなイメージであった。
柚子は北海道の田舎に両親と住んでいた。
ごく普通の家族で、
ごく普通の日常。
そして、、、
『『『チヵ!、ダンッ!!』』』
遠くで一瞬光った後に、
凄まじい爆発音と爆風。
次に覚えているのは、血と砂の味。
耳は聞こえない。
目もほとんど見えない。
重い何かに挟まれて、
動けずに、砂埃を吸っていた。
意識は朦朧として、
全身の輪郭が曖昧になって、
指をかすかに動かすのが精一杯。
声を出そうにも音が出ない。
「ハッ、、ァ、。」
掠れた空気だけが喉から漏れる。
柚子は自分が死ぬと思った。
どんどんと、
視界が遠く、血の気がひいていく。
自分が無くなる感覚。
止めることもできない。
自分が無くなる中で、
恐怖だけが明確に襲う。
(こわい。)
(こわい。)
(こわい。)
(助けて、ママ。)
(ママ、パパ。)
(こわい。)
一つ、不幸であったのは、
柚子の上に積み重なった重いナニカ。
その隙間から柚子の頬へ、
『ポタ、、、ポタ、、、』
漏れ出た何かの液が、
動けない柚子の頬へ落ちてくる事であった。
頬へ落ちた水滴は、口元を滑り、
1滴、また1滴と、
柚子の口の中へ。
柚子が意識を失っている間も、
意識がある間も、
溶けた砂と鉄の味だけを感じていた。
そうして気絶と僅かな覚醒を、
繰り返した何度目か。
「おい!!誰か!!人がいる!人を呼べ!」
そんな声が聞こえた気がする。
徐々に柚子の上の重さが無くなり、
代わりに視界が明るくなる。
柚子の周りに集まる声が次第に増えた。
柚子の上の最後のナニカが持ち上がる。
崩れたガレキから、
柚子を守るように覆いかぶさった。
父と母。
動かない モノとして、
持ち上げられる父と母。
柚子は知った。
自分を崩れたガレキに、
押しつぶされないように、
守っていたのがナニであったか。
柚子の代わりに押しつぶされていたナニカ。
あの日から、
助けられた今日まで、
自分が啜って来た、
あの、砂と鉄の味の正体を。
「なんてこった!まだ息がある!」
「早く!医療班を!」
「おいっ!急に動かすな!!」
「子どもだ!はやく!」
「よかったな!お嬢ちゃん。運がいい、」
そんな勝手な声を聞きながら、
柚子は、、、
ここが地獄であることを願った。
あの時、きちんと死ねていれば、
こんな最悪の世界に生きることも
無かった。
ここが地獄で無いならば、
地獄はもっと恐しい。
両親を啜って生きた
自分は地獄に行く。
死にたくても死ねない。
死ぬのが怖い。
死ぬ勇気は無かった。
代わりに、生きている自分を呪った。
おめでとう私。
記念日すべき最初の最悪記念日