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第1話 ハウト王国の聖女様

お疲れ様です…


 「ベッキー!何を言っているんだ!!」


 「お父様、止めないでください!私は戦争を止めるのです!!」


 「何を言っているんだ!!この戦争にも意味があるんだ!お前には分からない!辞めるんだ!!」


 バーデ伯爵家王都邸宅に未だかつてないほどの怒号と阿鼻叫喚が響き渡る。この混乱の最中、この光景を静観する二つの影があった。一人は17歳の娘、もう一人はその母親だった。


 「お母さま、あれは何ですか?」


 17歳の娘の方、アレクシア・シェリー・バーデは呆れも過ぎて最早、真顔でその光景を見下ろしていた。何がどうなってそうなるのか、義妹の思考回路には開国以来の「秀才」と言われる彼女にも分からなかった。


 「何でしょうねぇ…わたくしの子ではないから分からないわ?」


 お母さまは口元に扇子をあてて、優雅にほほ笑んだ。その穏やか過ぎる微笑みが逆に怖い。社交界の陽だまりと言われるほどの穏やかさの権化である母は、元は公女であった。そんな母は唯一、私の義妹ベッキー・マティーニ・バーデに良い思いを抱いていなかった。母は、自分どうこうで人を嫌う人ではない。そうなった原因は私とベッキーの間にある問題だろう。

 ベッキーは私のお父様の妹君が嫁いだ子爵家の令嬢だった。しかし三年前に亡くなったため伯爵家に引き取られた。子爵家では大分、甘やかされて育ったのだろう。彼女の自尊心はその頃から無駄に大きかった。

 


 「放してください!伯爵!!止められるのは聖女である私だけなのです!!」


 取り乱す義娘を見てお母さまは先程よりもずっと深い意味深な笑顔をつくる。扇子で口元を隠す意味は最早ないように思う。


 「聖女である私…ねえ…。とんだ茶番だわ?」


 語尾が上がり、ふふっと柔らかな笑顔を見せた母はお父様と目が合うと高みの見物をやめ、階段を下っていく。

 私はその後を追うように静かに階段を下った。


 「何をしているのかしら?わたくしにも教えてくださいな?」


 「そんな時間は無いんです!いいから放してください!伯爵!!」


 早速、相手にされない母は笑顔を崩さない。こんな物言い、この家の夫人をないがしろにし、存在を軽視していると言っているようなものである。私は思わず眉間にしわを寄せる。


 

 「ベッキー、お母さまにもちゃんと説明しなさい。」


 「! あなたは一番関係ないわ!!なんでこういう時だけしゃしゃり出てくるのよ?自分が聖女じゃないから妬んでいるの?みっともない…」


 私が少し強い口調をベッキーへ向けると彼女は急に元気になって偉そうに胸を張る。そして大きな声で私への侮辱をまき散らす。ベッキーは私が上から物を言うと、それが悪いことのように、私の荒を見つけたように自慢気に大きな声で私を侮辱する。ベッキーは私の一個下なのだから確かに義妹なのだ。義姉の方が「姉」なのだからそういった口の利き方は間違いではない。けれど、そんなことを相手にしていては立ち回らないためそこは聞き流す。



 「私は、聖女としての貴方に説いているのではありません。ベッキー・マティーニ・バーデ、伯爵令嬢の貴方に聞いているのです。答えなさい。」


 薄い、ミルクティーのような茶髪にグリーンの瞳のベッキーはこの国に8人しかいない聖女たちの一人だ。聖女の条件は、光の魔力を持っているものの中で力が強い者というものだけだ。名誉ある職業でこの国の安泰に大きく貢献している役割である。そして、公女が不在で伯爵家にも十分チャンスがある現状の今彼女は王太子の婚約者の恋人を自称している。王太子がどう思っているかはさておき。

 そんな状況が彼女の自惚れを増長させているのだ。どうしたものかと、私は段々頭が痛くなってくる。



 「戦争は無意味です。無意味に人を傷つけ、殺し…残虐な行為です。王太子様にもそんな殺生をしてほしくないのです。」


 「分かりました。この戦争についてあなたはどれほど知っているのですか?」


 この戦争は無意味なんかじゃない。王太子もこの戦争が初陣だ。しかも、直々に指揮を執るのだ。しかも、この戦争はこの国の南部が不法に占拠されたことがきっかけで始まろうとしている。引き返したら、この国は舐められ他の領地も占拠されるかもしれないし、そもそもその領地に住む人たちが正当な扱いを受けられるとは思えない。ここで、戦争を止めたとしよう。戦争に行くと、南部の友のために泣く泣く上がった税を払った民衆はどう思うのだろうか。聖女様を拝み、感謝するだろうか。王太子様を次期国王として信頼するだろうか。この戦争は、領地とその領民奪還の意味があるのだ。おめおめと引き下がっていられない。




 「…南部が攻められたと。」


 「そうですね。それは取り返さなくていいのですか?」


 「でもっ、人が傷つ…」


 「ああ、南部の領民たちですか?うちの兵たちが取り返してくれるでしょう。その中での犠牲は仕方のないことです。兵たちはハウトのために忠誠を誓った戦士たちですから。」



 …ところで、あなたいま「人が傷つく」と言おうとしていましたね?本当に阿呆なのですね…。呆れますよ。貴方は戦争へ行く兵士の事しか考えないのですか?傷つくのは南部の人たちもでしょうが。彼らはきちんと納税しているし、領民としても義務は全うしているのですよ?こちらも税を納められるものとしての義務を全うしなければ。




 「戦士だからって死んでいい理由にはなりません!!だれだって生きる権利があるのです!!」


 「…ご立派な聖女様ですね…。ではどうぞ、戦争をお止めになったら?南部の方々はお見捨てになって恨まれてください。」




―パンッ




 とても大きな音が鳴り、見ぬふりをしてくれていた使用人たちも思わずこちらを見た。お母さまは扇子を落としてしまったようだ。カツンと扇子の落ちる音がする。


 「アレクシアッ!」


 一歩下がって私たちのやり取りを見ていたお母さまが慌てて私の肩を掴む。…力強いな…。


 …そこまで痛くありませんね…。一度聖女様の一撃を食らってみたかったのです。…でも期待外れですね。全然です。



 「アレクシア様!!あなたはそうやってご自分の事しか考えない!そういうあなたがずっと嫌いだった!自分が正しいと思い、自分が世界の中心だとでも言いたいようなその態度!!あなたはそうやって自己中心に生きて行けばいい!私は私の正しいを通す!」


 

 私を睨みつける彼女の形相を見て私はもう戻れないことを予感した。

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