本が好き。そして、君を好きになる
僕がせっちゃんと会ったのは、小学2年生の時だ。仕事の転勤で、仲良くしていた友達と別れるのが嫌で何度もごねた。でも、母さんはそんな僕にここでも友達を作ればいいと言ってきた。父さんも悪いと言いつつ、僕の意見を聞き入れてはくれない。
そんな沈んだ気持ちで、新たに足を踏み入れた小学校。知らない土地、知らない場所、知らない同学年。
知らない事が多く、僕は友達の作り方を忘れてしまった。
自己紹介も上手くいかなかったし、周りは他から来た僕を珍しがって質問してくるけど……ちゃんと答えられたのか、あまり覚えていない。
「よろしくね。わたし、いわなみ せいや!!」
「う、うん……よろしく」
そんな時、隣の席の女の子に話しかけられた。ニコッとしたその笑顔には、見覚えがあった。引越ししたその日、隣の家から出て来た女の子で僕と一瞬だけ目が合ったんだ。
初めて来た僕達に対しても普通に挨拶をかわしてくれた、明るい子。キョトンとして、すぐにその子は「あっ」と驚いた様子で何かに気付く。
「もしかして……となり、の?」
「うん。その……」
「えへへっ」
そうしたら笑って、一緒に帰ろうと言った。隣だし、1人で帰って道に迷う位なら知っている人について行こう。だから、この時知らなかったんだ。……帰りにあんな目に合うなんて。
「凄いわね。全身、泥だらけ」
「……」
「本当に申し訳ありません。ごめんなさいね。君も、いきなりすぎてビックリしたでしょ?」
母さんは驚きつつも新しい冒険をしたとか、何でか嬉しそうにしているし。その隣人の母親は、青い顔をして必死で謝っていた。何だろうか、この差は……。
学校が終わって家に帰る。……何で、裏口から帰ってワザワザ出ていくのか。流石に道が違うことくらい僕だって分かる。
その後は、虫を捕まえたり途中の公園で泥だらけになったりと……転校初日で疲れていた僕に更なる仕打ちだ。
家に着いたのは夕方。……丁度、隣人同士で話をしていた時に僕達の状況を見て目を丸くした。これも込みでやったのなら、確信犯だが睨む僕に気にした様子もなく「ていっ」と泥をぶつけてくるのだから絶対に違う。
「ほら、お風呂に入っちゃいなさい。気にしないで平気です。いい刺激になりましたから」
思わず母さんを睨む。
自分の息子の状況を見て、いい刺激とはなんなんだ。父さんは仕事から帰って来たのが早かったからか、抱き抱えてお風呂へと直行。……もうあの子に会いたくない。
そう思っていたのに――。
「おっはよう!!!」
変わらぬ笑顔で何故だか家の前に居た。その隣には母親と父親もおり、娘が活発で申し訳ないとか謝っている。それからずっと僕の機嫌は悪い。
「ねぇ、ねぇ。今日もいっしょに帰ろう?」
「いやだ」
「きのうとは、違う所から帰るからぁ~」
ここで普通と言わない辺り、僕は直感的に嫌な予感がした。だから早く学校に向かえば同じようにスピードを上げて来た。
隣の席だと言う事と、隣人と知られているのか……先生は何かとあの子に頼んでいる。分からない所があれば聞くようにとか言われ、げんなりした僕の気持ちは決して分からないだろう。
だけど、色々と振り回されている内にどうでも良いと思った。
ちょっとだけ楽しいと思う気持ちと、活発に動く彼女を見て眩しいと思ったからだ。
「さっちゃん。今日も、本読んでるね」
小学5年生になってからは、互いに「さっちゃん」、「せっちゃん」と呼ぶようになり家族ぐるみでよく遊ぶようになった。僕は本を読むのが好きだから、よく読んでいたのだが……せっちゃんは、不思議そうに見ている。
本を読んだことがないのかと聞けば、それよりも外で遊ぶ方が楽しいという答えが返って来た。あぁ、そう言う子だよなとつい遠い目になった僕は悪くない。
「気になるなら……読んでみる?」
「いいの?」
「うん。今読んでるのは続き物だけど、家に帰れば1巻があるし」
「ありがとう♪」
その後、普通に家に招きおススメの本を渡した。本に囲まれている僕の部屋を珍しそうに見ていたが、キラキラとした目で見渡し「凄いね!!」と感動していた。
それからというもの、彼女もよく本を読むようになった。
活発だったのが、嘘のように静かに本の世界に捕らわれていた。本を好きになってくれたのが嬉しい筈なのに、なんだかスッキリしない。
本だけじゃなくて、僕の方を見て欲しい。
いつしか、さっちゃんの事を幼馴染みとしてはなく、好きな人と言う認識になっていった。
彼女がスポーツをする人が良いと言うなら、その通りにした。父さんは幼い頃、サッカーが上手かったし実際に部活に入れば様になったと思う。
『凄い!!! さっちゃん、格好いい♪』
僕自身、単純だなと思う。
その言葉が聞きたくて、勉強も必死でやって教えたりもした。自宅に呼んで勉強会をすると、1人占め出来る。
でも、部活をしていて気付いた。
せっちゃんと過ごす時間が少なすぎる。
部活は、朝練だけじゃない。大会が近付くと、夜遅くまでやるようになるし土日も潰れやすくなる。
それに加えて、本が読めないのがストレスになりつつあった。
『なら、さっちゃんの分まで本を読んでオススメを教えるよ。最初に教えてくれたみたいにさ!!』
あの時の事を、覚えていてくれたのがこんなにも嬉しいとは思わなかった。お礼を返しただけかも知れない。それが嬉しくて、より一層愛おしくなる。
だからこそ――。
「星夜。逃げないで」
「なっ、な、な、なまっ、なっ……」
僕達は高校2年生になった。だけど、相変わらず星夜は僕のアピールを受け取ってくれない。自分がそう言われているとは思っていないのだろう。
だからちょっと意地悪をする。愛称じゃなくて名前で呼べば、一気に赤くなるんだから可愛いよね。
もしかして、名前を忘れていると思ったのかな。
名前の漢字も良いと思うし、僕の前でしか見せない顔も好きなんだけど。そう本心を伝えると口をパクパクして、いやいやと頭を振っている。
彼女は言った。
高校に上がるまでに、様々な人達から告白を受けていた事を知っている。後輩、先輩。他校からも確かに告白を受けてきたが全て断った。
だから、僕に想い人が居るのを聞いてずっと苦しかったのだと。
自慢の幼馴染だから、何でその告白を受けないのだと思っていたいみたいで。僕は大きなため息を吐いた。
……近すぎるからこそ、自分はないとでも思ったのだろうか。だとしたら、マズい。このまま行くと星夜は、僕が誰を思っているのか本気で分かってないんだ。
「……ちなみに聞くけど、星夜に好きな人は居るの?」
「は? え、あ、い、居ないよ……!! あ、憧れは持ってるけど……」
でも、と急に声が小さくなっていく。視線を合わせないでいるのが、イライラした。だから星夜の頬を両手で挟んで上を向かせる。
「ふ、ふえっ……!?」
懸命に視線を合わせないでいたのに、視線が交じる。逃げたくても、壁際に追い詰めているから出来ない。だから視線だけでも合わせないようにしていたのに、と言わんばかりに睨んでくる。
ずっと傍に居たんだから、星夜の考えている事なんて分かる。
僕はそこでほそく笑んだ。先を読まれている事が悔しいのだろう。僕の態度が気に喰わないのか、ずっと睨んだままの星夜が言う。
「は、はな、はなれろっ……」
「やだよ。こんなチャンス逃す訳ないでしょ」
「チャ、チャンスって」
「前から言ってると思うんだけど、僕は星夜の事好きなんだよ? それを幼馴染みとして受け取ってるから、困るんだけど」
「そ、その好きって……」
目の前に迫ってもあたふたしてるから、両手を抑える。コツンと頭をくっつければ、ギュッと瞼を固く閉じた星夜。言葉で言っても分からないようだから、仕方ないね……。
目を開けずにじっとしている星夜に、軽くキスをする。ハッとして、目を開けた彼女はまだ戸惑っている様子だ。そんな彼女に僕は抱き寄せてもう1度、告げたんだ。
僕が好きなのは、星夜だけだから。だから、今日の告白も今までの事も全部断って来た。欲しいのは――君だけだから。