私は恋を自覚してしまった
「おはよう、せっちゃん」
そう言って私の名前を呼ぶのは、隣人で幼馴染みの熊谷 聡。小学2年生の時に転校してきた彼は、人見知りなのか周りを伺うような様子でビクビクとしていた。
もう、そんな弱気な彼じゃない。高校2年生になって、背は普通に高い。小学生の時は大体同じだったのに……部活をやっていると背が伸びるのだろうか。
話す時は少し見上げる。そして、今日も変わらずの明るい笑顔でイケメンオーラが眩しいです……。
「おはよう、さっちゃん」
私の名前は、池波 星夜。
幼い時の私はこの名前が嫌だった。男っぽい名前で、何度も男と間違われてきた事か。星が好きな両親が、絶対に星という文字は付けたいからだとは言うが当時の私には分かる訳もない。
でも、さっちゃんがカッコイイ名前だし好きだよって、言われてちょっと嬉しかった。今まで自分の名前すら嫌だったのに、他人に褒められるとこうも舞い上がるものだと思った。顔が赤い自覚は……あった。
さっちゃんに会わなかったら、今も自分の名前を嫌いになっていただろう。本当に彼には感謝だ。
「朝練はないの?」
「ん。今日はないよ。あ、今日は木曜日だから図書委員の仕事でしょ? やったね♪」
人懐っこい笑顔で人気な彼。
誰にでも優しいし、気を配れるからか学校の女子全員からキャーキャー言われてる。中学生の時にも凄かったが、高校生になった今も人気ぶりが凄い。
2年生になれば、後輩が入って来るのだが彼の人気ぶりはその後輩にまで広がっている。……どこまで魅了し続けていくのだろうか。
「さっちゃんだって、同じ図書委員なんだけど?」
「あ、そう言えば。ごめん、ごめん。忘れてた」
「もう……」
学校までは歩いて30分。2人して無遅刻無欠席だし、騒ぐ女子はいつもギリギリに来るから会う事もない。居たとしても私は空気を読んで静かに教室に行っている。その時、何でか怒るんだよね。
一緒に行きたいのに、何で先に行くんだって。その時のご機嫌取りは大変だ。好きな物じゃ絶対に首を縦に振らない。じゃあどうるすのか……。
『これからも一緒に帰りたい。ひとまずはそれで許すよ……。うん、許す許す。僕、優しいもの』
ひとまず、という言葉が引っかかるし自分で優しいっていうと好感度が下がる。そう言えば彼はますます機嫌を悪くして、私以外はいらないって言うんだよ?
私は物じゃないんですが……。でも、文句を言えば倍に返ってくるから言わない。自分の身が可愛いもの。
彼は、部活をやっていてサッカー部のエースだ。だから普通にモテる。噂では先輩からだけでなく、他校からも告白を受けているのだとか。
だけど、彼はその全てを断っている。友達が聞いた所、好きな人がいるからなんだって。
(好きな人か……)
チラッと密かに見るつもりが、目が合ってしまった。気まずい空気になり、無理に顔を逸らす。ワザと咳き込んだりと、時間を潰そうとする辺り浅はかなのは仕方ない。
「僕の顔に何かついてる?」
「別に。いつもと同じ、幼馴染のさっちゃんだよ」
「その割には、声がぎこちないよ」
「そ、そう?」
その後も、見たとか見てないとか言い合いをしながら学校に着く。クラスが別ならいいのだが、生憎と今まで別のクラスになったことがない。凄い確率だし、こういう時には別れたい。
神様を恨むぜ……。
「はあ……」
「珍しいねぇ。ため息つくと幸せ逃げるぞ?」
席についていると、珍獣を見る様な目で見ているのは女友達の石川 ゆかり。髪を1本に結び、キリッとしている容姿。弓道部の彼女は、私と同じ本が好きという共通もあってかすぐに仲良くなった。
1年生の時に友達になった経緯で、幼馴染のさっちゃんともよく話す。彼も本が好きだしね♪
そして、さっちゃんを取り巻く情報をいち早く教えてくれる。告白してきたのが誰だとか、他校の女の子にまでとかそれはもう……詳細にだ。
「朝からイチャイチャぶりを発揮しておいて、なんで溜め息?」
「なによ、イチャイチャって」
意味の分からない事をと思っていると、彼女はいつも持っているミニ手帳を広げ今までの事を告げて来る。
幼馴染みであることと、朝からイケメンに守られるお姫様だとか。聞かされる内容に私はうんざりした。
「……で。正直、彼の想い人って誰なのか分からないの?」
「私に言う訳ないじゃん」
「相談された事は?」
「ないよ」
あるのは私の好きな色とか、音楽とか趣味とか?
何でそんな今更な事を聞いてくるのかと思っていると、ゆかりが何でかニヤニヤしていた。
「な、なに……?」
「別に」
「え、なにそれ。逆に気になる」
「いやいや。無自覚なのか鈍感なのかってね」
「は?」
確信めいた言い方に少し腹が立って、どういうことかと問い詰める。が、ホームルームの時間になったので逃げられた。
その後も休み時間を使って問い詰めようとするが、普通に逃げられる。そんな無駄な追いかけっこをしている所を、さっちゃんに見られているとも知らず放課後を迎えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「先輩の事、好きなんです!!!」
な、何て場面に来てしまったのだろうか。
ゆかりちゃんの変な言い方が、引っかかりミスを連発。間違えて男子トイレに入っちゃったり、移動教室の場所を間違えたり、こうして忘れ物を取りに教室に戻ったら……今の告白を聞いてしまった。
後輩からの告白を受けているのは、案の定と言うべきか幼馴染みのさっちゃんだ。
「ごめん。告白は受けられない」
「っ……。どうしても、ですか」
「うん。本当にごめんね」
後輩の女の子の受け答えは、声が震えているのが聞いていて分かった。今すぐにでも泣きたいのに、我慢しているのだ。対して今まで告白されてきたからか、さっちゃんの受け答えはしっかりしている。
……こういうのを場数っていうんだよね。
一体、どれだけの女の子を泣かせてきたのか。
「い、え……。こちらこそ、時間をとらせて……すみませんでした」
はっとした私は、階段近くまで行きしゃがんだ。
廊下を走り抜ける横顔に、涙が零れているのを見て……何だかやるせない気持ちになった。見ちゃいけないものを、見たんだと自覚させられたような気分だ。
見付からずにこのまま何事もなく、図書委員としての仕事をと思っていると、目の前に私のカバンが……。
「はい。忘れ物でしょ? あわてんぼうだね」
「……すみません」
何とも気まずい空気の中、私達は図書室へと向かった。
ホームルームが終わるのが15時30分。それから18時までが図書委員としての仕事だ。
本の整理をしたり、期限まで返されていない本とか調べて整理したりとなかなかの労働だ。
その間、私はどうにも話しずらくて……さっちゃんから距離を取った。
何か言いかける度に、仕事があるフリをして逃げたり司書さんに出来る事は無いかとしつこいくらいに聞いたからね。
その間、さっちゃんから向けられる視線が……雰囲気が怖くなる。
怒っているような雰囲気なのを察し、今日はもう早く帰りたい気分だ。あと少しの我慢だと言うのに――。
「ごめんね、本の発注するから暫くは戻らないの。いつもの時間になったら、鍵をかけて職員室に鍵を戻して良いからね」
「は、はい……」
なんで居なくなるんですか!!
確かにリクエストされた本を発注するのは、司書さんの仕事ですとも。でも、でも、この状況でなくても……他の日でもと思っていると、さっちゃんがすぐに答えた。
「ご心配なく。ちゃんと鍵も返しますし、戸締りもしますから」
いつもの笑顔が、今は悪魔の様に見えます。
内心で冷や汗だくだく。すがる様な私の視線をどう受け取ったのか分からないが、司書さんは「そんなに寂しがらなくても」と違う解釈にとられた。
無情にも司書さんは出て行った。その間、さっちゃんの手は未だに私の肩に手を置いたまま。ぎこちなく振り返ると変わらない笑顔。怖くて怖くてしょうがない。
もう逃げられないよね、と言わんばかりの態度で恐ろしい。
「はあ……」
頭を抱えたいのは私なのに、何でかさっちゃんが疲れた様子だ。不思議に思っているとガチャンと鍵を閉める音が……ん?
「え、何で……」
「こうでもしないと逃げるからね♪」
そんないい笑顔、今はいらない!!!
怖いと思っていたら自然と、逃げる態勢に。とは言え、図書室の広さは地元の図書館と比べると狭いし隠れられる場所なんて決まっている。
「ちょっ、何で逃げるの!!!」
「今のさっちゃん、怖いもん!!!」
そんな攻防が長く続く訳もなく……壁際にジワジワと追い詰められてます。
「話を聞いてよ」
「……」
「さっきの見た事を怒ってる訳じゃないから。ちゃんと聞いて」
「う……」
私は頭の中で色々と考えてしまう。何を言われるのだろう。やっぱり思っている人の事だろうか……。さっちゃんの下駄箱に手紙が幾つか入ってるのも……全部、知っている。と、言うより見えてしまう。
その度に、チクリと何でか胸が痛くなる。さっきのも、チクチクと刺して凄く苦しい……。
いつも一緒に登校してきたから、さっちゃんの事は誰よりも知っている。でも、やっぱり気になる。モテるのに、何で誰とも付き合わないのか……。一体、誰が好きなのかって。
そうした気持ちが段々と大きくなって、目が離せなくなっていた。
ふと、気付いてしまった。
私……さっちゃんの事が、好きなんだ。胸が痛い位に、こんなにも苦しい位に……。