第92話 王都での買い物
その日、王都中の男達が、街ですれ違ったその美女に見惚れた。
純白で長い髪を一纏めにして、さらりと背中に流す姿はとても美しい。
真っ黒なドレスはとても色っぽく、それでいて彼女の美をより一層引き出すような役割を果たしている。
身長も高くスタイルが良い美女は、歩くだけで他の男を魅了してしまう。
そういう魅了魔法もあって、その美女、ヘルヴィはもちろんそれを使えるが、今はそんなもの使っていない。
しかしそれでも、その魔法を使った時と同等ぐらいに人々の目を惹いている。
男達は見惚れ、女性達も見惚れるほど。
一部の女性達は妬みなどの視線をするが、ヘルヴィは全く気にしない。
「テオ、次はここに入ろうか」
「はい!」
ヘルヴィの隣を歩くのは、もちろんテオ。
いつもと同じように、手を繋いで歩いている。
すれ違う男達の何人かは不思議に思う。
なぜあんな子供のような男が、あのような絶世の美女の隣を歩いていのか。
姉弟のようにも見えるが、愛し合っている恋人のようにも見える。
――実際は夫婦なのだが。
すれ違う男達の中には、不謹慎にも「あの男なんか……」と思う奴もいる。
そんなことを思った瞬間、脛を硬いところに思いっきりぶつけたような痛みが走る。
「いっ……!?」
「つぅ!? な、なんだぁ……!?」
何十人もの男達が、いきなり脛を抱えてしゃがみこんでいく。
それだけの人数が心の中で考え、ヘルヴィに心を覗かれて報復されているのだ。
「なんであんな男が……うごおぉ!?」
言葉に出した男なんて、強烈な痛みに股間を押さえている。
「なんか、いきなり声を上げている男性が多い気が……?」
「気のせいだろう。テオ、店に入ろうか」
「あっ、はい!」
テオは疑問に思いながら、ヘルヴィと一緒に店へと入った。
二人が入ったのは、とても高級な品物を扱っているような店だった。
品物の数は少ないが、一つ一つ丁寧で綺麗に飾られていて、貴族御用達の店である。
「こ、ここ、入っても大丈夫だったんですか?」
見るからに高級な店に、テオは萎縮してしまう。
「大丈夫だ。私もテオも、服は今日のために良いものを着ているのだ」
「ヘルヴィさんならいつもの格好でも大丈夫だと思いますけど、僕はなんか、服に着せられてる感じが……」
二人はイデアに用意してもらった、綺麗な服を着ている。
これは街中に出たときに、普通の格好だったら絡まれる可能性が高いと思ってのことだ。
特にテオが普段の格好だったら、他の人達に舐められてしまい、今頃すでに絡まれているかもしれない。
しかしまだそれがないのは、格好が貴族っぽいもので、平民には話しかけづらい雰囲気があるからだ。
「テオも似合っているぞ。カッコよくなっている」
「そ、そうですか? 嬉しいです!」
ヘルヴィはもちろん本心から言っているが、可愛くなっているという感想の方が大きい。
貴族のお坊ちゃんみたいで、品が良くなっていて、とても可愛い。
「お客様、本店の品物で、何かお探しになっているものはありますか?」
二人が適当に店内をうろつきながら見ていると、貴族のメイドのような店員に話しかけられる。
「いや、見ているだけだ。気に入った物があったら買うかもしれない」
「なるほど、よかったらお勧めを紹介いたしましょうか?」
「そうだな、お願いしよう」
「よ、よろしくお願いします!」
「かしこまりました。お二人は姉弟でしょうか?」
「いや、夫婦だ」
「なんと、失礼しました。ではご夫婦様にお勧めのものを見繕させて頂きますので、少々お待ちください」
女性の店員はそう言って店の奥に入っていった。
「……ふむ、良い店かもな、ここは」
「そうですね、すごい高級なものがいっぱいあります……うわぁ、これすごい高い……!」
テオは透明なガラスの中に並んでいる商品を見て、素直な反応をしている。
ヘルヴィが言いたかったのは、今の店員が自分達が夫婦ということを想定していなかったものの、完璧な対応をしたことだ。
心の中を覗いてもただ驚いただけで、疑ったり変に思ったりすることもなかった。
そして最後、店員がこちらの左手を見て下がっていったのを見て……ヘルヴィは良いものが買える予感がしていた。
「お待たせしました、お客様。お二人様にお勧めしたい商品は、こちらです」
「……ふふっ、指輪だな、これは」
「指輪? なんで……?」
テオはなぜ店員が指輪をお勧めとして持ってきたのか、不思議そうにしていた。
店員は笑顔で説明してくれる。
「王都では、結婚指輪というものが流行っているのです。ご結婚なさっている夫婦が、永遠の愛を約束するという意味を込めて、左手の薬指につけるのです」
「そうなんですね! えっと、なんで左手の薬指なんですか?」
「諸説ありますが、左手の薬指には心臓に繋がる血管が通っていて、『命に近い血管が繋がっているからこそ、永遠の愛を誓える』という言い伝えがあります」
「へー、すごいですね……!」
箱の中に入ったまま指輪を渡され、テオは近くでじっと見る。
「買いたいですけど、やっぱり高そうですね……」
「これが一番高いやつか?」
「いえ、もう少し高いものは何点かございます」
「一番高いものを見せてくれ」
「かしこまりました」
「えっ、ヘ、ヘルヴィさん!?」
テオが驚きの声を上げるが、ヘルヴィと店員は話を進める。
「こちらが当店で一番高いものとなっております。形はシンプルですが、とても高価な宝石が埋め込まれております」
「じゃあこれを二つ買うぞ」
「ありがとうございます」
「ヘルヴィさん!? そ、そんな高いもの買って大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だ、金なら前に国から貰ったものがある。値段を確認したが、余裕で足りている」
「だ、だけど……!」
テオはこんな高い買い物をしたことがないので、とても落ち着かない様子である。
ヘルヴィは一番の目当ての物が買えたので、内心ではとても喜んでいた。




