第91話 どちらの部屋か
その後、ヘルヴィとイデア、それにイネッサが加わって宿屋の部屋を見始めた。
イデアとイネッサ、どちらも互いに用意出来る最高級の部屋をヘルヴィに見せる。
そして結果、勝ったのは……。
「ふふっ、やはりヘルヴィ様はお目が高いです」
「ど、どうしてですか、ヘルヴィさまぁ……!?」
イデアだった。
勝ち誇った顔のイデアと、絶望の顔をして今にも膝から崩れ落ちそうなイネッサ。
「すまないな、イネッサ。ほとんど差はなかったが、やはりベッドが一つか二つかの差だな」
どちらの部屋も豪華さ、綺麗さ、広さなど、ほとんど遜色はなかったが、違いはベッドにあった。
イデアが用意した部屋はベッドが一つしかなく、大人が四人寝転がれるぐらいの大きさだった。
一方でイネッサが用意した部屋には、ベッドが二つ。
それをくっつければ大きさは変わらないが、やはり一つで大きい方が……ヘルヴィとテオにはぴったりだろう。
「い、今からでもベッドは変えることは可能です!」
「見苦しいよ、イネッサちゃん。負けを認めなきゃ」
イデアが用意した部屋のベッドが一つなのは、ヘルヴィとテオを実際に見てから決めたことだ。
この二人なら確実に、ベッドは一つの方が良いと判断して、急遽ベッドを変えた。
イネッサもベッドを一つにした方がいいかもしれないと考えたが、やはりヘルヴィを好きになったのが裏目に出たのか。
最後の最後まで悩み、変えなかった。
それが今回の、大きな負けの要因であった。
「最初から最高の部屋を用意できなかった、イネッサちゃんの負け! ふふっ、ごめんあそばせ!」
「くうぅぅ……! ヘルヴィ様とテオ様に、恩を返したかったのに……!」
口に手を添えて上品に笑うイデアと、悔しそうに歯ぎしりをしながらイデアを睨むイネッサ。
イデアの方が身長は低いのでイネッサが見下ろす形になっているが、勝者は見下ろされている方である。
「イネッサ、お前が用意した部屋も私は気に入った。数日ほどイデアの宿で過ごすが、その後はお前の宿で過ごしたい」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、それまでにはベッドは一つで大きいものにしておいてくれ」
「もちろんです! イデアが用意したベッドよりも、必ず素晴らしいものを用意させていただきます!」
「うむ、期待しているぞ」
「は、はい!」
ヘルヴィにそう言われて、顔が蕩けるほど嬉しそうにするイネッサ。
「ふふっ、ヘルヴィ様はお優しいのですね」
「純粋にイネッサの方も良いと思ったからだ。テオもどちらの部屋も泊まってみたいと言うだろう」
「そうですね、お二人が楽しんでいただけたらこちらとしても一番嬉しいです」
イネッサは絶対に自分の方で泊まって欲しいと思っていたが、イデアは二人が楽しんでもらえるのが一番なので、どちらでも良いという考えだった。
なのでイネッサの用意した部屋の方が良かったのであれば、潔く引き下がるつもりであった。
逆にそれがイネッサよりも良い部屋を用意出来た要因なのかもしれない。
こうしてイデアが用意した部屋に泊まることが決まって、しばらく話しているとテオが来た。
「皆さん、お待たせしました!」
「テオ様、料理長とはお話し出来ましたでしょうか?」
「はい! いろんな話が聞けて、すごく勉強になりました!」
テオは今まで夕食を作ってくれた料理長のもとに行って、料理を教わっていた。
家庭料理や野外で料理を作ってきたテオにとっては、目から鱗が落ちるようなものばかりだった。
貴族の料理をいつも作っている本業の料理人と、テオとでは全然使う食材なども違う。
しかし教わった内容は、テオでも再現可能なものばかりだった。
それはひとえに、テオの料理の腕がいいということだ。
「今度ヘルヴィさんに学んだことを活かして料理を作りますね!」
「ああ、楽しみにしているぞ、テオ」
ヘルヴィとテオはお互いに見合って笑う。
そこには誰も入れない空気感があった。
側で見ているイネッサが嫉妬してしまうほどだ。
「そういえばテオ、私たちが今後泊まる部屋が決まったぞ」
「あっ、本当ですか? どんな部屋なんですか?」
「ちょうどこの部屋だ」
ヘルヴィは目の前のドアを開け、テオと一緒に入る。
テオは目の前に広がる部屋の広さ、豪華さに感嘆の声を上げる。
「うわぁぁ……!! すごい、すごすぎです……!」
並みの貴族でも、こんな最高級の部屋に泊まることは出来ない。
イデアやイネッサほどの大貴族、王族が泊まるような部屋である。
「王都でも類をみない、最高級の部屋だと自負しています」
「そんな、こんな部屋に泊まっていいんですか!?」
「はい、存分にお使いください」
「あ、ありがとうございます!」
テオは目を輝かせながら、部屋に入って辺りを見渡す。
どこを見ても綺麗で、とても豪華な装飾がなされている。
むしろ綺麗すぎて落ち着かないぐらいだ。
それでもテオは子供のように、いや、実際年齢としてはまだ子供なのだから、年相応に楽しそうにしている。
「テオ様も気に入ってくれたようで何よりです」
「ああ、私も嬉しい」
テオが部屋の中をはしゃぎながら見て回っているのを、微笑ましそうにヘルヴィ達は眺める。
「では私達はここで失礼します」
「ああ、礼を言う。お前のお陰で楽しい旅行になりそうだ」
「それは何よりです。明日はどういったご予定でしょうか?」
「そうだな、王都を見て回りたいな」
「では、私が最高級の馬車を用意しましょう!」
イネッサはイデアが提案するよりも早くそう言った。
「そうだな、街までは馬車で行くとしようか。お願いできるか?」
「はい! 任せてください!」
「ヘルヴィ様、街までは馬車でということは……」
イデアが少し心配そうにそう問いかけると、ヘルヴィは頷いて答える。
「ああ、明日はテオと二人きりで街を歩く。初めてのウィンドウショッピングというものだ」




