第76話 魔法発現
ヘルヴィが悪魔だということを三人にバラしてから、一週間経った。
三人の態度は特に変わらず、時々ヘルヴィが化け物じみた力を見せたときに「ヘルヴィさんだから」と諦めを見せるぐらいだ。
この一週間、テオはずっとジーナとセリアから訓練を受けていた。
少しずつ体術も会得してきて、そして今日、ようやく魔法を発現することが出来た。
体術は本当に少しずつなので実感しづらいが、魔法は目に見えて発現出来たのでテオはとても喜んだ。
「で、出たぁ! 出ましたぁ! やったぁぁ!!」
一番簡単な、光の球を出す魔法。
本当に小さく、小石ぐらいの光の球だったが、テオは両手の中にそれが出た瞬間目を輝かせた。
周りで見ていたヘルヴィ達も、テオの喜ぶ様子を見て和んだ。
ほんの小さな魔法でも、今まで魔法を扱えなかったテオからすると大きな成長である。
「一週間ほどで出来るとは思わなかったわ。意外と魔法の才能はあるのかもね、テオは」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「ちなみにセリアは光球を出す魔法はどのくらいで出来たの?」
「えっ、私? あまり覚えてないけど、初めて習ってから五分ぐらいかしら?……あっ」
「ご、五分……僕は一週間なのに……」
「そ、その、違うのよテオ……」
「あーあ、テオ君を落ち込ませたー」
「ジ、ジーナ、わざと聞いたわね!?」
世界を見渡しても類い稀なる才能を持っているセリアと比べては、さすがに可哀想である。
「大丈夫だ、テオ。成長速度は人それぞれだ。お前なりに頑張ればいい」
「ヘルヴィさん……!」
ヘルヴィは落ち込んでいるテオの頭を撫でながら、告げる。
「ちなみに私は、生まれた瞬間からこの世界を滅ぼすぐらいの魔法は軽く使えた」
「……羨ましい、と思ってしまった僕はどうすれば?」
「いずれそこに到達出来る、数千年後になると思うが」
「そんな力、持て余します!」
それを聞いたジーナとセリアは、小さな声で話す。
「数千年も、ずっとしてるつもりだってことだよね?」
「テオも感覚が麻痺してるのか、ツッコミどころ間違ってるわね。だけど私はそんな力欲しいわ」
「魔法って威力が高いの多いから凄いよね。拳でやろうとしても、大岩を砕くぐらいだよ」
普通ならば拳で大岩を砕くなど出来るわけがないのだが、それにツッコミを入れる者はいない。
(私なら拳でこの星を砕けるぞ)
「……今頭の中に、エゲツない言葉が聞こえた気がするけど」
「すごいなぁヘルヴィさん、私もやっぱりそのくらいの力欲しいかも」
昼時になったので、四人はテオが作ってきたお弁当を広げて食べる。
「二人は明日から、新婚旅行に行くんだっけ?」
ジーナが口をもぐもぐさせながらそう問いかけた。
「は、はい、そうです。王都に行きます」
テオは「新婚旅行」という響きに、少し恥ずかしがりながらも答えた。
「何日行く予定なの?」
「そこは決めてない。金ならあるし、一ヶ月でも二ヶ月でも可能だからな。王都に飽きれば他のところに行くのもありだ」
「うわー、すごい新婚旅行だね。王都は広いけど、そんな何ヶ月も見れる場所はさすがにないかな」
「そうね、観光場所は結構あるけど、何日も見ていたい場所はそこまでは」
「それなら他の街に行くか、帰ってくるかだな。気ままに旅行を楽しめればそれで良い」
重要なのは場所などではなく、二人で行くことだ。
二人で行って、ついでにそこが楽しい場所なら嬉しいというぐらいである。
「いいなぁ、私たちも王都に行きたいけど、もう何個かこの街で依頼を受けてるんだよね」
「最低でもあと一週間くらいはこの街で依頼をこなさないと」
「一緒に行くのは論外だったが、あちらで会う程度なら問題ないだろう。一週間程度なら待っていられる」
「はい、王都を案内してくださると助かります!」
「うん、行ったら任せて! 私たちのオススメの場所教えるから!」
王都で観光出来る場所はだいたい教えたが、まだ二人の行きつけの酒場やレストランなどを教えてはいない。
そこで四人で飲むのも、また一興である。
「あっ、そういえば二人とも、私たちを雇っている貴族に二人のことを話しておいたわ」
「えっ? そうなんですか?」
「ええ、ヘルヴィさんが何かやらかさないようにね」
「なぜ私が? 絡まれない限り、私は何もするつもりはないぞ」
「ほぼ確実に絡まれるから言ってるの。ただでさえ目立つ格好してるんだから」
整いすぎている容姿、肌の露出も存外激しい。
道を行く誰もが目を惹くほどの美貌を持っている者が、目立たないわけがない。
無表情で歩いていると美人だからか怖い印象を受けるが、テオと並んで歩いていると無意識に顔が綻んでいる。
美人で、華麗に微笑んでいるのだから、男が隣にいても絡まれる可能性が高い。
テオが隣にいても、知らない人からすれば弟のように見えて、夫だとは到底わからないだろう。
「……僕がもっと身長があって、ヘルヴィさんの隣に立てるぐらいの男なら――」
王都でヘルヴィが絡まれるであろうことを予想したテオが、俯きながらそう言う。
しかしその言葉の続きは、ヘルヴィの人差し指がテオの口元に置かれて言えなかった。
「私の隣に立てる男は、この世でただ一人。テオだけだ。そんな世界最高の男が、自分を卑下するんじゃないぞ」
「へ、ヘルヴィさん……」
「私の愛する男を馬鹿にする口は、どの口かな。どう塞いでくれようか……」
口元に置かれた人差し指が動いて、俯いたテオの顎をくいっと上げる。
ヘルヴィは妖艶な微笑を浮かべながら、テオの口を塞ぐために顔を近づける――。
「はいはーい! 二人ともそういうのいいから!」
「早く昼飯を食べましょう」
二人の世界に入ったのをすぐに察して、慣れたようにジーナとセリアが大声をあげて邪魔をした。
「……まあいいだろう。後にしておこう」
「あっ……」
ヘルヴィの顔が離れていくのをテオは少し寂しげに声を上げ、すぐに二人に見られていることに気づいて顔を赤くした。
寂しげな声ですら、とても可愛いと思ってしまうジーナとセリア。
ヘルヴィが「後にする」と焦らしたが、この後どれだけ可愛い姿になるのか。
想像して楽しむ二人と、その姿を楽しめるヘルヴィだった。




