第66話 親心? 下心?
朝の商店街。
テオにとっては何十回、何百回と通ってきた道である。
それほど通り、一人で買い物をすれば、顔見知りはもちろん増える。
テオの性格や容姿を考えれば、なおのことだ。
「おはようございます!」
「あら、おはようテオ君」
商店街で店の準備をしているおばさんに挨拶をする。
おばさんも自分の子供を見るような目で、挨拶を返してくれる。
「ヘルヴィさんも、おはようね」
「ああ、おはようご婦人。良い朝だ」
隣にいるヘルヴィにも、おばさんは挨拶をする。
ヘルヴィもにこやか……とまではいかないが、しっかりと返す。
数日前から息子同然に見ていた子にいきなり出来た彼女、否、奥さん。
美人過ぎる奥さんで、これほど美しい女性をおばさんは知らない。
テオが嬉しそうに、そして照れ臭そうにヘルヴィを紹介したときは、さすがに信じられなかった。
彼には悪いが、騙されているんじゃないかと思ったものだ。
しかしそれは大きな勘違いだったと、後から知ることになった。
「あっ、これ美味しそうですね」
「ふふっ、さすがだねテオ君。それは今日入ったばかりの野菜で、とても新鮮だよ」
「ふむ、私にはわからんな。テオ、何が違うのだ?」
「これはですね……」
一緒にしゃがんで野菜を見ている二人。
顔の距離が近いけど、前のように恥ずかしがって離れるようなことはしなくなった。
初めてヘルヴィと会った時、顔が近くなってお互いに顔を赤く染め、すぐに離れるという出来事があった。
それを見ておばさんは、「この人は本当にテオ君が好きなんだね……」と安心したものだ。
もうそのような初々しい姿が見られなくなったのは、きっと三日前……二人の家に近くに住んでいる者から聞いた、夜事情が原因だろう。
三日前のその日だけ、少し声が響いてきたらしい。
二人の家はお世辞にも新しい家とは言えず、防音対策はほとんどしていない。
その日以降はしていないのか、全く聞こえなくなったとのことだ。
(そういうのがご無沙汰になると、二人の仲が少し心配になるけど……今の所は大丈夫みたいね)
と、余計な心配をしてしまうのは、テオを昔から見てきた親心からか、それとも下心からか。
(下心に決まっているだろ……)
と、おばさんの心の中を覗いて、同じように心の中で呟くヘルヴィ。
初めてやった日の朝、外へ出かけると周りの目が変だった。
気になって心を読んでみると、声が周りに漏れていたということが判明した。
さすがのヘルヴィも顔から火が出るほど恥ずかしかった。
テオは周りが知っているとは微塵も思っていないだろう。
その日から夜する時は、絶対に結界を張って声が漏れないようにした。
(だからそんな心配せずとも仲は良好だし、毎日している……伝えないけどな)
フィオレ達のように心に入り込んで伝えるわけにはいかないので、心の中だけにとどめておく。
良い食材を見つけたが、さすがにギルドへ行く途中で買うわけにもいかず。
おばさんのご厚意で、出来る限り取り置きをしておくとのことで話は終わった。
その後も道行く人と挨拶や会話をしながら、二人はギルドへと向かう。
会う人会う人、心の中で考えているのがおばさんのようなことで、ヘルヴィは心を覗くのをやめた。
そしてギルドに着き、いつも通りフィオレがいるカウンターへ。
「フィオレさん、おはようございます!」
「テオ君、おはよう。ヘルヴィさんも、おはようございます」
「ああ、おはよう」
三人は笑顔で挨拶をするが、心の中では……。
(ヘルヴィさん、肌艶が良い……昨日の夜もしたんだ)
(フィオレ、お前もか)
(……もう覗かれることに慣れてしまったのが悲しいです)
全く顔には出さずに、そんな会話をしている女性二人だった。
フィオレは心の中で軽く夜のことを話しながら、顔色を変えずにテオとも会話をする。
「今日もテオ君の指名依頼来てるよ。薬草採取のね」
「本当ですか! 嬉しいです……!」
いつも受けている指名依頼一つで、こんなに嬉しそうに笑顔を見せるテオ。
そんな可愛いテオが、夜になるとヘルヴィとあんなことやこんなことをしている……。
ヘルヴィの話を聞いていたら、自分と立場を入れ替えて考えてしまう。
(フィオレ、妄想だけにしとけよ。実行に移したら……どうなるか、わかるな?)
(も、もちろんです! 間違ってもテオ君に手を出しません!)
キマイラを軽々と殺せるヘルヴィに、喧嘩を売るつもりは毛頭ない。
絶対に結果が見えている。
どう考えても血が流れる、一方的にフィオレだけのが。
(血を流したくないのであれば簡単だぞ。キマイラも、首を切った後血を全く流させなかったからな)
(やめてください、私の首を落とすのは。絶対にしませんから)
冗談だとは思うが、それが簡単に出来るヘルヴィが言うと、冗談ではすまない。
もはや脅迫に近い。
しかしそれも自分の夫を大切に思ってやる行動だと思えば、可愛げが……少しだけ、ある。
だがやはりやり過ぎなのは否めない気がしたフィオレだった。
前にテオとヘルヴィにちょっかいを出し過ぎた、あの二人。
あの二人が受けた仕打ち……少しだけ聞いたが、想像もしたくない。
(あの二人のようになりたくなければ、くれぐれも注意するのだな)
(は、はい、大丈夫です。節度を守るのは仕事柄、慣れています)
(ふむ、それは良かった)
心の中でそんな会話をしながら、テオとの手続きをしていくフィオレ。
テオは気づく素振りも見せず、自分への指名依頼を嬉しそうに受ける。
「じゃあいってきます、フィオレさん!」
「うん、いってらっしゃい。気をつけて」
テオはヘルヴィと自然に手を繋いで、ギルドの出口へと向かった。
その仕草を嬉しく感じながら、ヘルヴィは思った。
(……私よりも、フィオレの方がテオに「いってらっしゃい」を言っている回数が多いな)
このことはフィオレにもテオにも、誰にも伝えることはなかった。




