第34話 準備はいらない?
四人はその依頼を受けることにした。
悪魔が出る山、というのは気になるが、それ以外は何も問題ない。
山賊など出ても返り討ちにしてしまうだろう。
「今日出発しようよ、食べ物とか準備して」
「野宿の準備は私たちがするから、テオとヘルヴィさんは食事の準備をお願いするわ」
おそらく四日間ほどはこの依頼にかけると思われるので、食事の準備が一番大変だ。
食事を一任するテオと、妻のヘルヴィがそれを担当するのは当然のことだろう。
「どのくらいで準備できるかな?」
「そうですね、保存食とかも準備しないといけないので……」
「テオ、家にはその準備があるのか?」
「はい、新しく買わなくても四日分ぐらいの食べ物はあると思います。なので食材とかを厳選して荷物に詰めて……」
「いや、その必要はない」
「えっ?」
準備をしなくてもいい、と言うヘルヴィ。
他の三人は不思議そうな顔を浮かべる。
「家にあるのなら大丈夫だ。私たちはすでに準備が終わっている。そしてキャンプの準備もいらないな」
「どういうこと? 三日間くらいは外で野宿しないといけないんだよ?
「そうよ、さすがにキャンプの準備をしないのはキツイわ」
「まあ見せたほうが早い、とりあえずテオの家に戻るぞ」
ヘルヴィはそう言うと、ギルドの外へ出る。
三人は慌てて後を追っていく。
荷物の準備もしないで、野宿の準備をしないなんて普通はありえない。
準備の大切さを知っているジーナとセリアは、疑いながらもついていく。
後ろに追いついたテオは、ヘルヴィに話しかける。
「あの、ヘルヴィさん……」
「大丈夫だ、テオ。私に任せておけ」
「は、はい、それはいいのですが……」
テオは少し恥ずかしそうに、ヘルヴィの隣に立ち顔を覗き込んで言う。
「僕の家、じゃなくて、僕たちの家ですよ」
「っ! あ、ああ、そうだったな……私たちの家に、戻るぞ」
「はいっ!」
言い直したヘルヴィの言葉に、満面の笑みで頷くテオ。
それを後ろから見ていたジーナとセリアは、その可愛いやり取りに顔を見合わせて破顔した。
そして家に着き、そのまま中に入ろうとするテオ。
しかしヘルヴィはテオの肩を掴んで、それを止める。
「少し危ないから、私の後ろにいろ」
「は、はい」
一歩二歩と後ろに下がり、ヘルヴィの後ろに回るテオ。
「家の中に食事の準備があるのだったら、こうすればいいのだ」
ヘルヴィは手を前に出し、魔法を行使した。
すると、地面がいきなり揺れ始める。
ジーナとセリアは軽く耐えられたが、テオはいきなりのことでフラついてしまい、ヘルヴィの腰に抱きつく。
「あっ、ご、ごめんなさい……!」
「……いや、まだ離れるな。揺れるからな」
「は、はい……ありがとうございます」
テオはそう言われて顔を赤くしながら抱きついている。
ヘルヴィは平静を装っているが、内心はドキドキし興奮していた。
(ああ、後ろからテオに抱きしめられている……! 腰やお腹に回された手があったかい、気持ちいい……ずっと抱きついてていいんだぞ……!)
そう思いながらも、魔法を行使し続け地震は少しずつ大きくなり……。
テオとヘルヴィの家が、浮いた。
確実に地面から離れ、いや、地面ごと浮いていた。
「ええっ!?」
「ま、まさか、重力魔法なの? こんな大きな家を、浮かせられるの?」
後ろで様子を見ていた二人が、目を見開いてそう言った。
重力魔法は潰すだけではなく、浮かすこともできる。
しかしそれは潰すよりも繊細な魔力操作が必要になる。
セリアは人を浮かすことすらできない、できるとしても短剣くらいだ。
それをヘルヴィは簡単に家を浮かしてみせた。
ここでも力の差を歴然に感じてしまう。
「えっ、ヘルヴィさん、もしかして……?」
テオも家を浮かせられるとは思わなかったが、ヘルヴィが考えていることがわかり、口角を吊り上げながら問いかける。
「家を持っていけば、食事は中に入っている、野宿もせずに家で過ごせる。完璧だろ?」
したり顔でそう言ったヘルヴィ。
しかし……。
「いや、その、ヘルヴィさん……旅はテントで過ごすから、楽しいところもあってさぁ」
「そうね……家を持って行ったら、冷めるわね」
女性二人からは反対される。
「むっ、テオもそうか?」
「そ、そうですね……限られたところで料理するってのも、旅の醍醐味だったりするので……」
「ふーむ、そうか。私は旅というものをしたことがないから、わからなかったな。では家を持っていくのはやめようか」
そう言うと、ヘルヴィはゆっくりと家を降下させていき、いつも通りの光景に戻った。
「すまんな、これが一番いいと思ったのだが」
「いえ、大丈夫です」
「いやー、まさか家を浮かして持っていくなんて、考えもしないよね」
「そうね、まず普通はできないから考えようともしないわね」
そういうことで、四人は普通に食事や野宿の準備をして、出発することにした。




