第24話 薬草採取
「ギャァァァ!!」
醜い魔物の悲鳴が、森に響き渡る。
胴体を引き裂かれて、上半身と下半身がそれぞれ地面へと崩れ落ちた。
「あ、ありがとうございます、ヘルヴィさん」
「ふむ、このくらい朝飯前だ」
いきなり襲いかかってきた魔物からテオを庇うように、前に出たヘルヴィ。
一瞬で魔法を発動させ、ゴブリンを真っ二つにした。
ヘルヴィにとっては軽く腕を振るっただけで殺せる敵だが、テオにとっては不意打ちされたらやられてしまう可能性がある相手だ。
テオの肌に一つの傷もつけさせてはいけない。
そう思いヘルヴィは、いつもより過剰に周りに気を配っていた。
「しかし、結構魔物が多いのだな」
「そうですね、いつもはこんなに多くないんですけど……」
テオがいつも薬草を採取している場所は、魔物の遭遇確率が低いところだ。
薬草がもっと生えている場所はあるが、危険なのでそこは行ってない。
それなのに、今日は魔物が多い。
ヘルヴィが遭遇する前に自分の射程範囲内に魔物を見つけたら、殺しているにも関わらず遭遇率がいつもより高いのだ。
二人は理由がわかっていないようだが……実際、その理由はヘルヴィにある。
いや、厳密に言うと少し違うのだが。
ヘルヴィが簡単に倒した、伝説の生き物キマイラ。
あれは存在するだけでここら一帯の生態系を壊していたのだ。
キマイラから攻撃を仕掛けてこないということを知っていた人間たちは、キマイラを放置した。
しかしその知恵が無い魔物たちは、戦いを挑むか逃げるかの二択だ。
キマイラに戦いを挑んだ魔物は完膚なきまで潰された。
そして逃げた魔物たちが、キマイラが倒されたことによって一気に帰ってきたのだ。
そのせいでこの森には魔物が多くなってしまっている。
しかしこれは一時的なものなので、数日後にはいつも通りの森に戻っているだろう。
「テオ、薬草は集め終わったか?」
「あともう少し必要です」
「そうか、意外とかかるものだな」
「ヘルヴィさんがいるなら最初から薬草がいっぱいある場所に行けばよかったですね……すいません」
いつも行っているところに何も考えずに行ってしまったが、こんなに強い護衛がいるのだったら多少強い魔物がいるところでも大丈夫だったはずだ。
こんなに動き回って薬草を探すよりも効率的に採取できたというのを、ヘルヴィに無駄に疲れてしまうことを強いてしまって申し訳なく思う。
「なに、謝ることはない。私は薬草採取というものをしたのは初めてだから、新鮮で楽しいぞ。それに……」
「あっ……」
後ろからヘルヴィが抱きついて、テオの肩に顔を置く。
頰と頰が触れるか触れないか、そのくらいの近さだ。
「ここだと、誰にも見られないから……人の目をはばからずに、イチャつけるからな」
「へ、ヘルヴィさん、だけど魔物がきたら……」
「大丈夫だ、さっきの魔物で周りにはいなくなった。私が言うのだから間違いない」
先程傭兵ギルドでフィオレや他の受付嬢たちに昨日の夜と朝のことを話して、我慢ができなくなったヘルヴィ。
「テオ、こちらを向け……キスが、できない」
「ヘルヴィ、さん……んっ」
その後、二人はキスに夢中で依頼をこなすのを数十分ほど忘れていた。
いつもより早く薬草を集めていたのだが、最終的に終わったのはいつもより遅くなってしまった。
(うぅ、またヘルヴィさんとキスをしてしまった……! 気づいたらこんな時間に……だけど、気持ちよかった……)
(はぁ、最高だ……どんな料理や酒よりも、テオの唇の方が良い……もっと味わいたいから、帰ったらもう一回……!)
しかし二人とも、全く後悔はなかった。
◇ ◇ ◇
「久しぶりに帰ってきたね、ネモフィラの街に」
一人の女性が、丘の上から街を見下ろせるところに立ってそう言った。
まだ遠くに街はあるが、夜までには到着できるだろう。
「一年ぶりくらいかしら?」
隣にいる女性も、懐かしそうに街を見下ろしながら言う。
「あの子は元気にしてるかな?」
「少しでも強くなってればいいのだけど」
かつて一緒にパーティを組んだ男の子を、二人は思い出す。
実力差がかけ離れすぎていて、難しい依頼を一緒に行けないので仕方なく男の子とはパーティを解散したのだ。
別れるときは本当に辛かったのを覚えている。
「待っててね、テオ君」
「テオ、今から会いに行くから」
二人はあのときの男の子――テオに会うために、ネモフィラの街へと歩き出した。




