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第23話 指名依頼へ


「あ、ヘルヴィさん、おかえりなさい」


 受付嬢たちからの質問攻めからやっと抜け出したヘルヴィに、テオは笑顔でそう言った。


「……ああ、ただいま」


 自分よりも弱い生物に、ここまで追い込まれたのは初めてだったヘルヴィは精神的に疲れてしまっていた。


 しかしテオの言葉と笑顔に、その疲れはもともと無かったかのように吹き飛んだ。

 それだけでこんな幸せな気持ちになるとは、自分でも単純だと思い笑ってしまう。


「何を話してたんですか?」

「ふふっ、女同士の会話だ。男のテオには聞かせられないことだ」

「そ、そうですか」


 本当に、聞かせられないことだ。

 フィオレに頭の中で話したことよりも鮮明に、より具体的に昨日の夜と朝のことを話した。


 受付嬢たちがヘルヴィの後ろから、ニヤニヤとしながらこちらを見てくるのがわかる。

 まあ面倒くさいからもう関わりはしない、が……。


(それよりも思い出しながら話したから、またテオの唇を貪りたくなってしまったのが問題だ……)


 正面からテオの顔を見て、その柔らかそうな……いや、柔らかかった唇を見る。


「どうしたんですか?」

「……いや、なんでもない」


 これだけで我慢できなくなるのでは、これからずっとキスしてないと気が済まないぐらいになってしまう。

 それではダメ……いや、ダメじゃない気がするけど、いろいろと困りそうだからやめておく。


(家に帰ったら、またしよう。今度は数十分ではなく、数時間……)


「ヘルヴィさん、この依頼を受けたいんですけど、どうですか?」


 桃色の思考をしていたヘルヴィだが、テオに話しかけられてすぐに切り替える。


「ん? どれどれ……薬草採取? それだけでいいのか? もっと凶悪な魔物の討伐でも、私なら余裕だぞ?」

「それは僕が余裕じゃないです!」


 昨日はこの依頼はなかったが、街の薬屋から新たにギルドの方にあったのだ。

 街には何軒か薬屋があるが、久しぶりの薬草採取の依頼である。


「一応これ、僕に指名依頼なんですよ」

「ほう、テオに指名依頼か。とても見る目がある依頼者なのだな」

「そ、そんな、言いすぎですよ……」


 テオは照れながらそう言ったが、フィオレもヘルヴィに同意する。


「そうなんですよ。傭兵ギルドへの薬草採取の依頼は、ほとんど全てテオ君への指名依頼です」

「そうなのか」

「はい、テオ君の丁寧な採取のお陰でとても助かっているという方が多くて、定期的にこの依頼が届きます」


 フィオレが話した通り、テオの薬草採取はとても好評で何度も依頼が届いている。

 傭兵ギルドに属している者は力自慢が多い者ばかりで、そういった繊細な作業をする依頼を嫌う。


 薬草は素人には見極めが難しく、そして採取も引っこ抜くだけでは絶対にダメなのだ。

 葉も根も必要なので大雑把に引っこ抜いてはいけない、しっかりと綺麗に採取して運ばないと使い物にならない。


 だからテオがやる前までは、薬草採取の依頼など傭兵ギルドに全くなかったくらいだ。


 テオが薬草採取をするようになって、傭兵ギルドにその依頼が来るようになった。


「テオができるくらいのならば、安全なのか?」

「うーん、他の依頼よりは断然安全ですね。魔物と戦う必要がないですし。だけど街を出る必要があるので、魔物が出る可能性はありますよ」

「そうか」

「見つからないように隠れながら、見つかってもそこまで強くないので僕でも逃げれますよ」

「それならば今日は、見つかっても逃げなくてもいいな」

「は、はい! ヘルヴィさん、一緒にやってくれますか?」

「もちろん、私はテオの奥さんだからな」


 絶対に断るはずがないのに、ちょっと心配そうな目で見上げてくるテオを安心させるように頭を撫でる。


「お、奥さん……そ、その、ありがとうございます……」

「……う、うむ」


 テオが「奥さん」発言に恥ずかしがると、ヘルヴィもそれにつられて少し頬を赤く染める。

 後ろで受付嬢たちが黄色い声をあげて騒いでるとなんとなくわかるが、関与したら負けだ。


「じゃあ、この依頼を受けるってことで大丈夫?」


 カウンター越しにちょっと胸焼けしているフィオレが、そう問いかける。


「あっ、はい、お願いします!」

「じゃあ手続きしておくから、気をつけていってきてね」

「はい、ありがとうございます!」

「ヘルヴィさんも、いってらっしゃい」

「ああ。テオのことは心配するな、私は最強なのだから」


 ヘルヴィはそう笑って、テオの後に続いてギルドの出口へと行った。


 二人が出て行ったあと、フィオレは呟いた。


「……ヘルヴィさんって、イケメンだなぁ。テオ君が女で、ヘルヴィさんが男でも、二人はお似合いな気がする」


 たまたま近くにいた受付嬢の一人が他の受付嬢たちにそれを伝え、さらに妄想を捗らせたのだが……今は語らないでおこう。




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