第14話 ゴミ掃除
テオの家の裏路地――そこに、男たちが集まっていた。
その数は十六人。
全員が傭兵ギルドに登録している者たちで、テオと一度でも組んだことあるパーティが五つほど集まっているのだ。
今日の朝、婚約者の女をいきなり連れてきたテオが調子に乗っていると、あの場にいたパーティの二人が色んな奴らに声をかけた。
テオが今まで組んだパーティは七つ。
一つのパーティを除いて、全部が集まった。
その理由はやはり、テオの婚約者というヘルヴィのことだった。
「おい、めっちゃいい女じゃねえかよ」
「あんな極上の女、見たことねえ」
小さな声でそう話している男たち。
この世界でほぼ見かけないほどの美貌。
女に飢えている男たちが夢中になるのは当然だった。
そしてその女が、自分たちよりも下と思っているテオの女ということがわかった。
男たちはイラつき、そしてほくそえむ。
極上の女がテオのものというのは許せないことだが、それだったらすぐに奪える――と。
そう思った者が、十六人集まっているのだ。
「お前らのパーティのリーダー、名前なんだっけか……」
「カールだ」
「ああ、そうだ。カールは来てないのか?」
「あいつは今怪我をしているからな。置いてきた」
「はっ、可哀想だな、こんな良い夜に怪我をしてるなんて」
カールのパーティにいた男は、嘘をついた。
確かにカールが怪我をしたのは本当だ。
しかし、来ない理由ではない。
今男たちが狙っている女に怪我をさせられ、カールは怖気付いたのだ。
右腕に包帯を巻き、やり返そうと提案する仲間にカールは全力で拒否した。
『無理だ……あの女、人間じゃねえ……! 今度こそ殺される……!』
無理やり連れていこうとしても、頑なに動かなかった。
見限った仲間はカールを置いてきて、他のパーティに声をかけ今夜の襲撃に踏み切った。
他の奴らにこのことを言わないのは、自分たちのパーティが今後舐められる可能性が高いからだ。
だから怪我を理由に来ない、ということにした。
「おい、いつ仕掛けるんだよ!」
「もう待てねえよ!」
血走った目でそう話す男たち。
今テオの家には受付嬢のフィオレもいる。
テオの婚約者ほどではないが、フィオレも良い女だ。
今襲えば、二人の女を食える。
そう思って居ても立っても居られない男たち。
「そうだな……じゃあそろそろ行くか!」
「よっしゃ!」
「テオを殺した奴が、あの極上の女を食える権利をもらえるってことにしようぜ!」
全員がこれから起こる宴に、心を踊らせている。
しかし――その宴は、違うものに変わる。
「ゴミが、うるさいぞ。その臭い口を閉じろ」
突如その場に女の声が響き、驚いて全員が声がした方を向いた。
そこには男たちが狙っていた極上の女、ヘルヴィがいた。
いつの間に自分たちの背後にいたのかわからなかったが、その姿を見てニヤける。
自分たちから行かなくても、あちらの方から来てくれたのだ。
こんなチャンスはない、と。
「さて、時間がないのでな。早速場所を変えよう」
ヘルヴィが指を合わせ、パチンと鳴らす。
刹那、男たちは一瞬の浮遊感と共に、目の前の光景が変わったことに驚愕する。
「な、なんだ、ここは!?」
さっきまで裏路地で暗くて狭いところだったのに、いきなり広い空間に来た男たち。
周りを見渡すと、暗くてよく見えないが岩肌っぽい壁がある。
「ここはキマイラの巣だったところだ」
ヘルヴィの言葉に、男たちは狼狽える。
「キ、キマイラの巣だと!?」
「あんな化け物がいるところに連れて来られたのか!?」
そう口々に言うが、ある男が冷静に思考して叫ぶ。
「落ち着けお前ら! キマイラは討伐されたと聞いたはずだ!」
その言葉にハッとして、落ち着き始める。
「そ、そうだ、今日倒されたって聞いたな」
「よかった、キマイラがいたらどうしようかと思ったぜ……」
安堵したように息をついた男たちに、ヘルヴィはもっと騒ぎ立てるようなことを言い放つ。
「キマイラは、私が倒した」
「はっ……?」
十六人の男たちが、呆然として言葉も出ない。
目の前の女が、伝説の化け物のキマイラを殺した?
そんなの信じられるわけがない。
「信じていないようで結構だ。そのまま死んでいけ」
ヘルヴィはキマイラを倒したときのように、右手を前に出し、軽く振った。
「えっ――」
男たちの中の、誰が言ったのだろうか。
もしかしたら全員が、それとも一人生き残っている者が漏らしたのかもしれない。
十六人中十五人の、頭が飛んだ。
目の前の光景がクルクルと回っていることを認識した男たちは、それを最期の光景として見て、死んでいった。
「はっ、えっ……?」
一人取り残された男は、周りが血の海に変わる中、ただただ立ち尽くしていた。
目の前の光景が、信じられなかった。
しかし目では仲間が死んでいる姿を、鼻では夥しいほどの血の臭いが感じ取れる。
「さて、貴様を残した理由だが……」
この光景を作り出したであろう目の前の女は、言った。
「『テオを殺した奴が、女を食える権利』と言っていたな、貴様は」
残った男はヘルヴィが来る前に、そう言った者だった。
「テオを、殺す。この言葉が、私をこれほど不快にさせるとは、私も思っていなかったよ」
ヘルヴィは男を睨む。
「あっ、ああっ……!」
それはカールを恐怖させた殺気よりも、強い殺気を含ませた視線だった。
「貴様には、他の奴らとは違う地獄を見せてやろう」
男は泣きながら、首を落とされて死んでいった奴らを羨んだ。




