第124話 海は初めて?
恥ずかしくて顔を赤くした二人は、しばらく顔を背けていたが……チラッと、お互いの顔を見る。
どちらも一回しか見ていないのに、同じタイミングで見てしまったせいで、目が合った。
そして……笑った。
「ふふっ、せっかく海に来たのだ、遊ぼうか」
「あははっ、そうですね! 僕、生まれて初めて海見ました!」
「ん? そうだったのか?」
「はい、ネモフィラの街から出たことはなかったので……」
赤ちゃんの頃に捨てられ、老夫婦に育てられてきたテオは、ネモフィラの街を出る機会はなかった。
ただ傭兵ギルドで日銭を稼いで、必死に一日一日を生活していた。
ネモフィラの街には海はなく、小さな川くらいしかない。
これほど広大で綺麗な海を見たのは、初めてだ。
「ヘルヴィさんは、海は見たことありますか?」
「ああ、あるぞ。数え切れないくらいな」
「そうなんですか!」
ヘルヴィは一万年も生きているのだから、もちろん見たことがある。
大昔に召喚された時……この世界の強い魔物を、滅ぼしてくれという願い。
ヘルヴィはそれを叶えた。
強い魔物というのは地上にいるものだけじゃなく、もちろん海中にもいた。
龍の見た目をして、海を支配しているかのような強さをした魔物。
海中火山の中に潜み、噴火と共に出てくると近くの大陸を破壊し尽くす魔物。
他のも大小様々な魔物が、海の中にいた。
むしろ地上にいた魔物よりも、海中にいた魔物の方が多く、強い魔物が多かった。
それを全て、ヘルヴィが滅ぼしたのだ。
(時には海を割って、蒸発させて魔物を殺し尽くしたな……懐かしいものだ)
強烈な魔法で海の底の底まで見えるようにして、魔物を滅ぼした。
その当時はまさしく地獄のような光景が広がっていたが、それが嘘だったかのように綺麗な海が目の前には広がっている。
(時の流れというのは、すごいものだ)
そんなことを思いながら、ヘルヴィは水平線まで広がる海を眺めた。
「……なんか遠い目をしてますけど、どうしました?」
「いや、なんでもない」
「そ、そうですか……」
なんだか嫌な予感がして、掘り下げて聞くのをやめたテオだった。
「ヘルヴィさんは何回も海に来ているんですね」
「ああ、そうだな。だけど……誰かと海に来たのは、初めてだ」
「っ! そ、そうなんですか……!」
「だから私もテオと同じく、初めての経験だぞ」
「うっ……わかりました?」
「ああ、顔を見ればな」
自分だけが初めてで、落ち込むというほどではないが、少し気になっていたテオだった。
それを見抜かれて、しかもちゃんとフォローされたことに、嬉しいと思いつつも恥ずかしくなってしまう。
(まあ、顔を見たというよりも、心を読んだだけだが)
テオの顔を見ただけじゃなわからなかったが、心を覗けば何を考えているかなど一瞬でわかる。
(なんとも可愛いことを考えるのだ……ふふっ)
そう思いながら、照れ笑いをしているテオの心を覗き続ける。
「ヘルヴィさんの初めてを貰えて、嬉しいです!」
「んんっ!? そ、そうか……」
言い回しがとても意味深的で、ヘルヴィはビックリしてしまった。
(ま、まあ、ソッチの意味でも……私もテオも初めてだったわけだが)
テオの一言で、そんなことを考えてしまうヘルヴィ。
外で大衆の目がとてもたくさんあるところで、イケナイことを妄想してしまう。
「……テオ、では今日も、お互いの初めてを経験しよう」
「そ、そうですね! 海、入るのも楽しみです!」
テオはそのまま海に駆け出して行きそうだったが……。
「テオ、ちょっと待て。このまま海で遊んだら、日に焼けてしまうのだ」
「えっ、日に焼ける?」
「ああ、長時間ずっと太陽に当たっていたら、肌が赤くなって火傷のような状態になってしまう」
「そうなんですね! そういえば、依頼でずっと草原を歩いていたら、次の日腕とか顔が赤くなってた気がします」
「ああ、それくらいならいいが、こうも肌を出して日光を浴びると、それだけじゃ済まなくなる」
「じゃ、じゃあ、海で遊べないってことですか?」
ここまで来て海に入れずに帰る、ということを想像して、残念そうにするテオ。
「いや、入れるぞ。ルナの母親に、日焼けを防ぐオイルをもらったのだ。それを塗れば防げるらしい」
「そんなのがあるんですね。海に入れるようでよかったです」
「テオ、そこに横になれ。私が塗ってあげよう」
「えっ、大丈夫ですよ、自分で塗れます」
「テオは背中の隅々まで、自分の手が届くのか?」
「あっ……いや、それは無理ですね」
「そうだろ? だから私が塗るのだ」
ヘルヴィはニヤリと笑いながら、貰ったオイルの蓋を開けた。




