第11話 お味
「どうですか……? 僕の、お味は……?」
テオがヘルヴィの顔を恐る恐る窺うように覗き込む。
その頰は上気していて、額からは汗が流れている。
「ああ……美味い」
ヘルヴィは出された料理を一口一口噛み締めながら、そう言った。
テオは不安そうな顔は一気に明るくなり、料理で使用した火で熱くなって流した汗を手で拭いた。
「良かったです! おばあちゃんが教えてくれた、肉じゃがです! 結構肉多めで濃い味付けなんですけど、気に入ってくれたなら嬉しいです!」
「美味いな。毎日食べたいくらいだ」
一緒に作った味噌汁を食べながら、ヘルヴィはにこやかに言った。
この世界に久しぶりに降り立ってから、一番良い笑顔である。
それを見てテオはさっきとは違う理由で頰を赤く染め、自分も食べていたのだがその手を止め、見惚れてしまった。
「ん? どうした、テオ」
「あ、いえ……ヘルヴィさんって、やっぱり綺麗だなぁって……」
「なっ……!」
その言葉に今度はヘルヴィが赤面する番だった。
真面目で今まで女性と付き合ったこともないテオは、女性の褒め方なんて全然知らない。
自分が思ったことを伝えることしかできない。
しかしヘルヴィは、テオの心が読める。
いつも読めるわけではないが、一度読んでしまったテオの心はとても純粋で嘘なんてつけるものではなかった。
だからこそ、そのままストレートに想いが伝わってくるのでヘルヴィには効果覿面だった。
二人の間に、沈黙が訪れる。
どちらも料理に手をつけなくなった。
テーブルの対面に座っている二人。
目を見つめ、赤くなった顔を見合わせて……。
「ふふっ……!」
「ははっ……!」
お互いに吹き出し、笑い出す。
「食べましょうか」
「ああ、そうだな」
今までのイチャイチャとは違い、家族の幸せな空気がそこには流れていた。
食べ終えて、一緒に皿洗いをする。
「こうか?」
「はい、そうです!」
悪魔であるヘルヴィは家事などしたことがなく、皿洗いすら初めてだ。
最初はぎこちなくやっていたが、すぐに慣れてきた。
「はい」
「ああ」
テオがスポンジで皿の汚れを取り、終わったらそれをヘルヴィに渡し水気を拭いてもらう。
良い流れで作業はスムーズに進んだ。
そして全てが終わり、二人は一息つく。
「はぁー、なんかまだお昼なのに今日は疲れました……」
「そうか? ああ、料理を頑張ってくれたのか?」
「それもありますけど、あのキマイラが……」
「何か疲れることをしたか? 行って帰ってきただけだと思うが」
「行くまでが精神的にすごい疲れましたよ」
テオとしては、絶対に倒せないであろう化け物に死ぬ覚悟で挑むような気持ちで行ったのだ。
実際テオは何もせずに、本当に行って帰ってきただけだったが。
寝ているキマイラに近づいたときは、もう死んだと思っていた。
キマイラの向こう側に、祖父母が手を振ってるのが見えた。
身体は疲れていないが、精神的にはもう一度死んでいた。
「そうか、それは悪かった。それなら疲れを取ってやろうか?」
「えっ、疲れを取るって……マッサージとかですか?」
「それに近いものだ。そこに横になってくれ」
テオは使い古されたソファに、うつ伏せに寝転がる。
その上に、ヘルヴィがまたがった。
「重くないか?」
「はい、大丈夫です」
「ふっ、そういうときは軽い、というべきところだぞ」
「あっ、す、すいません。その、重いけど耐えられるっていう意味じゃなくて……!」
「わかってるから、そう慌てるな。逆に怪しいぞ」
尻の下で顔を赤くして自分の行動を悔いているテオに、ヘルヴィは穏やかな笑顔を浮かべる。
女性との付き合いに慣れていないからこその行動だから、ヘルヴィにとっては好感的だ。
彼女は魔法を使って自分の身体を軽くしているので、重いわけがない。
ただテオの慌てる様子を見たかっただけだ。
(あー、可愛い可愛い、そんな無防備に私に背中を向けて……ここが数千年前だったら死んでしまうぞ。思ったよりも硬い感触が、私のお尻に……)
テオには見えていないが、結構危ない顔をしているヘルヴィ。
頰を赤く染め、口角は上がりニヤケが止まらない。
目は何か獲物を狙うような獣と化している。
「ヘルヴィさん? マッサージをするんじゃ……?」
「っ……あ、ああ、そうだったな」
ギリギリで何かを耐え切ったヘルヴィは、垂れそうだったヨダレを引っ込める。
「服を捲るぞ」
「えっ、あ、はい」
上のシャツを捲り、テオの背中を露出させる。
そしてヘルヴィはそこに右の手の平を置いた。
すると……。
「あっ……なんだか、背中から身体中が暖かくなって、気持ちよくなってきました……」
テオは全身の力を抜いて、気の抜けた声でそう言った。
「相手の魔力を操り、活性化させる。一歩間違えればそのまま爆発するが、私ならそんなことせずにこうして癒すことも可能だ」
「はぁ……気持ちいいです……」
「ふっ、聞こえてないか」
恐怖心をとてつもなく煽る言葉がヘルヴィの口から出ていたが、テオには聞こえてないのでそのまま続ける。
「んふぅ、ああっ、はぁ……んんっ……」
(なぜお前は喘ぎ声をあげるんだ……! 襲って欲しいのか……!)
背中に手を当てながらテオの声を聞いて悶えているヘルヴィだったが、その姿を見た者はいなかった。




