第105話 勝負下着
ヘルヴィが湯船に浸かって、十分ほど経っただろうか。
いつもはテオと一緒だともっと長い時間入っていることもあるが、今日は一人だ。
しかもテオを部屋に待たせている。
だから早く風呂を出よう……とヘルヴィが思ってから、五分ほど経っている。
やはり勝負下着を着る緊張からか、湯船から出るのが遅くなってしまっていた。
(くっ……いや、さすがにもう出るぞ!)
そう決意して、風呂から上がる。
いつもならテオに乾かしてもらっている髪。
だが今日は魔法を行使して一瞬で乾かした。
そして脱衣室に持ってきた勝負下着……何着かあるので、その場で吟味してみる。
(こ、これは、ほぼ紐だぞ……! こっちも、なぜ隠すべきところがわざと見えるような……!)
さすがに攻め過ぎている下着を着る心の準備は出来ていない。
まず始めは無難な……だけどテオに喜んでもらえるような、綺麗で魅力的なものを……!
脱衣室で勝負下着を選ぶのに、五分。
ついに上と下、両方を決めて着用したヘルヴィ。
上と下、どちらも黒で統一。
ヘルヴィの綺麗な純白の髪と真反対な色、肌も透き通るような白なのでとても黒の下着は目立つ。
そして漆黒のツノと翼。
これを出してテオの前に立つかどうか迷ったが、出すことにした。
テオがこの悪魔を象徴とする姿も好きと言ってくれたし、黒の下着にも合うはずだ。
黒の下着なのだが、やはり勝負下着だからか普通の下着とは違う点がある。
それは――少し、透けてる、ということだ。
大事な部分は上と下、どちらも隠れつつも、「見えそう……!」という点がこの下着の真骨頂である。
ヘルヴィとしては、これでもだいぶ攻めた方である。
(紐とか、丸見えな奴よりは大人しめだが……これはこれで、恥ずかしいぞ……!)
なぜ裸を見せるよりも、裸を隠す下着を見せる方が恥ずかしいのか。
ヘルヴィでも全くわからないが、恥ずかしいのだから仕方ない。
(よ、よし、いくぞ……!)
もうヘルヴィが風呂に入ってから、十五分以上経っている。
ずっとテオを待たせるわけにはいかない。
それに恥ずかしいが、やはりテオがどういう反応をするのか気になる。
ゆっくりと脱衣室のドアを開け、テオが待ってるはずの一人用のソファへ。
いつもよりも歩く速度もとても遅く、忍び足のように進む。
そしてソファの後ろからテオの頭が見えると、さらに心臓が跳ねるように高鳴る。
「……テ、テオ、待たせてしまったな」
下着を隠すように右手を胸の辺りに、左手を下の方に当てながら声をかける。
悪魔であるヘルヴィの心臓が飛び出すのではないか、というぐらいドキドキしながら、振り向くのを待つ。
……しかし、いつもなら声をかけるとすぐに顔をこちらに向けるテオだが、いつまで待っても反応しない。
さすがに不思議に思ったヘルヴィだが、冷静になってテオの頭、というよりも気配を探るとわかった。
「……テオ、寝ているのか」
もう隠す意味もないので、普通に歩いてテオの前に回り込む。
テオは目を閉じていて、すでに夢の中に旅立った後であった。
「はぁ、そうか。疲れていたのはわかっていたが……」
確かに今思い返すと、夕飯を食べ終わってから眠そうにしていた。
ヘルヴィは別のことを意識していたので、気づかなかったが。
テオが風呂から出た後なんて、寝る三分前のような状態だった。
それに気づかなった、というよりも今さら思い出したヘルヴィが悪いだろう。
気づいていたら、こんなに下着のことで悩む必要もなかった。
ため息をついたが、それが下着姿を見せれなくて残念、というため息なのか。
それとも安心した、という安堵のため息なのかは、ヘルヴィもわからない。
「……ふふっ、可愛い寝顔だ」
ソファの背もたれに頭を預けるようにして、上を向いて寝ているテオ。
まだ十四歳なので幼さが残る寝顔で、いつもよりも可愛い。
「こんなところで寝たら、風邪を引くぞ」
眠るテオにそう言いながら、ヘルヴィはテオの背中に手を回し膝の裏を持って抱っこする。
いわゆる、お姫様抱っこというものである。
普通なら配役が逆だが、この二人を知る者からすれば特に違和感のない姿だろう。
そのままテオをベッドまで運び、優しく降ろす。
そしてヘルヴィも隣に寝転がり、一緒に布団の中に入る。
テオの頭を抱きしめて、自分の胸に引き寄せた。
「ふふ、先に寝た罰として、私の抱き枕になるのだ」
足もテオの身体に巻きつけるようにして、ギュッと抱きしめる。
とても密着感があり、あったかくて気持ちがいい。
「……おやすみ、テオ」
久しぶりに夜の営みをしないで寝る二人だったが、それでも幸せなのは間違いなかった。




