特別編「寝苦しい夜に贈る物語」〜完〜
寝苦しい夜に贈る物語Ver.の最終回です。
それでは、行ってらっしゃい。
『青色の夏』
「むつやー? どこ行くの?」
「ちょっとお祭り行ってくる! 夜ご飯はいらないから」
「あら、靴なんか磨いちゃって……さては響香ちゃんね?」
「何で響香が帰ってきてるって知ってるの?」
「夏休み帰ってくるって連絡があったのよ」
「教えてくれれば良かったのに」
「響香ちゃんから連絡来てるのかと思ってたわ」
「え?」
「響香ちゃんママからの手紙にむつやの連絡先知りたいって書いてあったから、教えといたし」
「知らなかった」
「まぁ、楽しんでおいで。これで響香ちゃんにかき氷でも買ってあげてね」
「ありがとう。じゃ、行ってくるわ」
母からもらった千円を財布にしまいながらふと携帯を見た。
「やっべ、もう四時五十分だ」
小走りで双葉神社まで向かう。既に太鼓の音が聞こえ、屋台も人が並び始めていた。双葉神社までは後少しだ。
「遅くなってごめん!」
「全然大丈夫だよ。というかまだ五時三分だし」
そう言って響香は笑った。紺色の生地で、花火が描かれている浴衣を着ている。
ぼーっと見つめていると、ふいに腕を掴まれた。
「ほら、早く行こう」
「う、うん」
屋台が連なり、人もさらに増していった。
「知ってる子に会うかな?」
響香は弾んだ声で言う。
「会うかもしれないね」
できれば会いたくないと思いながら、地面を見る。
「ねぇねぇ、かき氷屋さんあったよ」
「あ、そうだ」
「なになに?」
「うちの母さんが……」
そう言いかけて、やめた。
「なに?」
「なんでもない。……かき氷、奢るよ」
「いいの? むっちゃんもすっかり大人の男になったね」
つんつんと肘でつつくポーズをして、嬉しそうにしている。
かき氷を食べながらしばらく歩いていると、りんご飴の屋台を見つけた。響香の大好物である。
「響香」
「なにー?」
「ほら、あっち見て」
「あ! りんご飴」
りんご飴とかき氷を交互に見て、口をつぐんでいる。
「あそこに座って、かき氷食べきっちゃおうよ」
そう響香に声をかけると、小さい子みたいにこくんと頷いた。
二人とも食べ終えると、代表して僕が買いに行くことになった。両手に持つと、ずっしりと重い。
「わぁ! ありがとう」
響香は目をキラキラさせて受け取る。りんご飴を食べながら、僕は夏休みが終わることを考えていた。夏が終われば響香はまた帰ってしまう。だけど……。
「そういえばさ、携帯買ったんだって?」
「あぁ、うん」
「母さんから聞いたよ」
「そっか」
「なんで連絡してくれなかったの?」
「え……?」
「連絡先、知ってるんでしょ」
「それは……そうだけどさ。なんか、照れくさくって」
僕は言い方を間違えたのかもしれなかった。本当はもっと、スマートに、上手く伝えたかった。浴衣から出るその白い手にそっと手を置く――。
「響香、今まで言わなかったけど、ずっと好きだったんだ」
黒い瞳が大きく開いた。食べかけのりんご飴も時が止まったように、動かない。
「私も」
響香の声に僕は思わずりんご飴を手から滑らせそうになった。その後かじったりんご飴は、飴のない実の部分ばかりで、少し甘酸っぱく感じた。
いかがだったでしょうか。今年の夏も暑かったですね。そして、段々と秋の気配もしてまいりました。きっと眠りやすい夜がやってくると思いますよ。
それではそろそろ、
「おやすみなさい」