赤色人種②
「訓練の合間に宇宙空間でアクロバット飛行を試してみようと思ってたのに!」
喚く千鶴に嘆息をもらし、雪輝はピザ一切れを食べ終えた。
そしてアイスコーヒーを一口飲むと、ため息交じりに言った。
「お前、いい加減そうやって目立つのやめとけよな」
「目立ちたいとかそんなんじゃないって! だって滅多にない宇宙空間でのチャンスなんだぞ! 宇宙で飛び回りたいから櫻林館に入ったのに――」
「そんな理由を並べる前に、自分の立場を考えろよ」
雪輝は語気を強めて続けた。
「忠告してんだよ。お前は赤色人種だろ」
その言葉に、千鶴は一瞬凍り付いた。だがそれを表に出すことなく千鶴は目をしばたたいただけで、苦笑でごまかした。
「そりゃそうだけど、飛ぶのに人種は関係ないし、やっぱり宇宙は憧れるしなぁ」
「そんな風に能天気だからなめられるんだ。国が赤色人種の人権を認めても社会的にはあからさまな差別がある。それを一番わかっているのはお前だろ? いつまでもニワトリだとか言われてないで、もっと賢く生きろよ。俺たちにまでとばっちりがきたらどうしてくれるんだ」
「なんてこと言うんだよ、雪輝!」
テーブルに両手を叩きつけて反論したのは陽介だった。
「千鶴が千鶴のままでいて何が悪いんだ! 千鶴が自分を変える必要はないだろ!」
雪輝は冷静に肩をすくめて言葉を返す。
「正論を訴えたところで誰もが改心できるほど世界は純粋じゃない。赤色人種ってだけでいろんなチャンス逃してたらそれこそ馬鹿らしいだろ。容姿をごまかすのも戦略の一つだって言ってんだよ」
「千鶴はそれをわかってて、それでも自分のままでいたいと思って、髪も目も隠さずに生きてるんだ! そんな千鶴を応援しなくちゃいけないのは親友の僕らなのに、雪輝は千鶴を裏切るのか!」
雪輝に掴みかからんばかりに身を乗り出す陽介を、千鶴は「まあまあ」と抑えた。
「どうして千鶴が僕を止めるんだ! 僕は千鶴の味方をしてるのに!」
陽介の剣幕に千鶴が気おされていると、雪輝がため息と共に席を立った。
「じゃ、俺は先に自主練の準備してるから」
「雪輝、まだピザ残ってるぞ」
プレートにはサラダが半分とピザが丸々一切れ残っているが、雪輝はそれらを置き去りにして軽く片手を上げた。
「やるよ。いらなかったら一緒に片付けといてくれ」
そうして行ってしまう雪輝の背を見送っていると、鼻息荒い陽介はそっぽを向いて頬を膨らませてしまった。
そんな陽介や、あんな言い方でも実際は味方でいてくれる雪輝の存在に、千鶴は助けられている。
だからこそ二人がこのように対立するのは心苦しかった。