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RedWing ~光翼のクレイン〜  作者: やいろ由季
第七章 檻の中
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邂逅⑤

 その赤い翼を大きく広げたまま、鳥は言った。


「私は君にとても素晴らしい居場所をもらった。だから私は君にこの翼を差し出したのだ。君が君の世界をもっと自由に充実したものにできるよう、私は力を貸したかった。……しかし、そうはうまくいかなかった」


 鳥はその翼を畳んでしまった。


「君は成長するにつれ、私を異物とみなすようになった。君が自分で様々なことを考えられるようになり始めた頃から、君は自分の中に宿る私に怯え始めたのだ」


 鳥は頭を千鶴の目の前にまで降ろし、千鶴の顔を覗きこんだ。


「だが今、君はようやく私を受け入れた。どうして急に私を怖れなくなったか、理由を答えられるかい?」


 頭の片隅で自問していたことを改めて問われ、千鶴は押し黙った。


「わからないはずはない。これは君自身のことなのだから。目を閉じて、自分の奥深くに潜るのだ。そこに必ず答はある」


 千鶴は言われた通りに目を閉じて、思考の奥深くへ潜るように答を探した。記憶の海に潜り、ずっと昔の感情をかき分けた。


 恐怖を植え付けられた火星での生活。見えるもの、近づいてくるもの全てが恐ろしかった。恐怖と痛みに満ちた檻を抜け出しても、襲ってくる幻覚と薬の副作用に耐える日々。


 それを乗り越えられたとき、青空と星空が広がる世界が千鶴の目の前に広がった。偏見にさえ立ち向かえる強さをくれた出会いが待つ、輝きに満ちた世界が。


「今は何もかもに『ありがとう』と言える。苦しかった昔の出来事にさえも」


 千鶴は目を閉じたまま言った。


「死ぬんじゃないかと思うくらい苦しかったよ。でも俺はもうそれを乗り越えられた。あの時の俺が頑張ってくれたから」


 そっと目を開ける。赤い鳥がじっとこちらを見ていた。


「小さい頃、常に怯えていたのは恐怖に立ち向かい続けていた証拠だった。両手の傷は外に出ることをあきらめなかった証拠、寝込んでいたのは副作用と闘っていたから。自分のことずっと弱いやつだって思ってたけど、俺はこんなにも強かった。誰でもできることじゃなかったんだ」


 今もなお、幼い自分を抱きしめた時の温もりを胸の中に感じることができる。


「苦しかった過去の出来事は、俺に俺の強さを教えてくれたんだ。あたり前にあるこの世界がものすごく大切なものだってことも教えてくれた。空を見上げて深呼吸ができる、ただそれだけで俺は泣きそうなほど嬉しくなれる」


 鳥は静かに耳を傾けていた。そんな赤い鳥に、千鶴は苦笑した。


「だからお前のことを責めずに受け入れられるんだ。はっきり言って、お前のせいで死にかけるほど辛かったよ。得体のしれない何かに乗っ取られて、自分が自分じゃなくなりそうで怖かった。でもお前がいたから俺は色々なことを知れたし、こんなにも強くなれた。あたり前にあるものがあたり前じゃないんだって気づくこともできた」


 千鶴は胸に手を当てた。あたたかく鼓動し続ける、生きている証がそこにある。


「今の俺には何もかもが輝いて見える。だから俺を苦しめた全てに、乗り越えられた今なら感謝できるよ。あの苦しみが世界が光に満ちていることを教えてくれたから。それが答えだ」


「なるほど。過去の苦しみも自らの糧であったと認識できたことで、私をも受け入れることができたのだね。君は苦しみさえも自らの成長のために吸収したようだ」


「花江先生が昔から言ってたんだ。自分を自分の味方にしろって。俺もやっと自分を味方にできた気がする。今まで人に迷惑かけたばかりで無力な自分のことが好きになれなかったんだ。それなのに無理して笑ってさ」


 千鶴は顔を上げた。


「でもそんな状況で笑える俺ってすごいんだよな。無理して笑ってたんじゃない。笑えるまでに強くなれたんだ。ちょっと考え方を変えたらこんなに楽になれる」


 千鶴はグローブのない手の甲を見下ろした。見るたびに胸の奥が重たくなった傷跡も、今は愛おしい。まるで勲章のようにさえ思えた。


 だがそこへ、鳥が訴えてくる。


「ひとつ言っておくが、私は君の苦しみそのものではない。結果的に苦しみを与えてしまったようだが、私は君の翼だ。君にこの翼の存在を気づかせたかっただけなのだ。それは理解してくれたまえ」


 その必死な様子に千鶴は笑った。


「わかってるよ。俺が勝手に怖がっただけだ。でも、自分の中に自分じゃないものがいるってものすごく怖いことなんだから、それだけは覚えておけよ。俺はお前に自分を乗っ取られるんじゃないかと思ってずっと怖かったんだからな!」


「それはすまなかった。心から詫びよう」


 申し訳なさそうに言う鳥に、もう一度千鶴は笑った。


「俺は今の俺が好きだよ。こんな風に強くなれた自分のこと、心からすごいとお思える。こうなれたのもお前のおかげなんだろうな」


 千鶴は赤い鳥を見つめた。


「ありがとう」


 その言葉に応えるように、鳥は再び光り輝く大きな翼を広げた。煌めく光の粒を放つ赤い光が頭上を覆う。その迫力と美しさに、千鶴は目を見開いて吐息をもらした。


「君の中に降り立った私は、もはや君の一部となった。だからこの翼は君のものだ。精神的な飛翔を実現する翼、つまり君の持つ可能性のひとつなのだ。この翼の存在に気付き受け入れた君の心は、どこまでも自由だ!」


 自由という言葉に千鶴は心揺さぶられた。それを求めて空を宇宙を目指したのだから。


 しかし、自由を閉じ込めてしまったらどうなるのだろうか。そう、たとえば、足枷をつけたり籠の中に押し込めたりして。


「もしお前を狭いところに閉じ込めてしまったら、一体どうなる……?」


 千鶴の問いに、鳥は翼を畳んで穏やかに言った。


「君は、君の友人のことを考えているのだね」


 鳥は千鶴から目を反らし、横に目を向けた。何を見ているのかと思って千鶴もそちらを見ると、そこには大きな鳥籠がいつの間にか現れていた。


 鳥籠の中には千鶴の目の前にいるのと同じような赤い鳥が閉じ込められていて、翼を広げられずに困っていた。足には鎖のついた金属製の足枷がついている。


 その鳥籠に背を向けて立っているのは、雪輝だった。

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