もう一機の次世代戦闘機⑤
「操縦技術は申し分なかった。いえ、予想以上だった。鳥が空で遊ぶように軽々と戦闘機を乗りこなし、雪輝君とは二機同時のスパイラルダイブだって難なくこなしてた。まるで本当に自分に翼があるように、戦闘機に乗っている千鶴君は自由に羽ばたく鳥そのもの。だから、クレインになんて乗せちゃいけないと思ったの!」
莉々亜は目を細めた。
「クレインの専属パイロットになってしまったら、国に縛り付けられた籠の中の鳥になってしまう……。そらを愛し飛ぶことを愛している千鶴君を国の切り札となる兵器に乗せるなんてこと、私が望むわけないじゃない!」
顔を両手で覆ってしまった莉々亜を千鶴はしばらく見つめていた。
裏切られたと思っていないと言えば嘘になる。ここまで仕組まれていて傷つかないはずはない。
けれどもこの一年以上もの間、莉々亜が千鶴を観察し続けていたように、千鶴もまた憧れの眼差しで莉々亜を見続けていた。
莉々亜の発する一言一句はこの胸に淡く響き、その女の子らしい仕草や苦しくなるほど眩しい笑顔はひとつも取りこぼすことなくこの目に焼き付けてきた。
朗らかで春の木漏れ日のような優しさも、責められてもなお自分の責任を果たそうとする誠実さも、千鶴はその目でその心で感じていた。
だからこそ今莉々亜が語ること全てを信じようと思えた。自分がこうして傷ついても、同じように莉々亜も傷ついてきただろうから。
「莉々亜が乗せたくないと言っても、俺はこのクレインに乗る」
千鶴の断言に、莉々亜が青い顔を上げた。今にも涙をこぼしそうな莉々亜の視線を直視しながら千鶴は言った。
「雪輝を追いかけるためだけじゃない。戦いたいからでもない。理由をみつけたんだ。戦闘機に乗る理由を」
莉々亜は何も言わず、千鶴の言葉を待っているようだった。重たいものがのしかかったその小さな肩を震わせながら、無言で、ただじっとこちらを見て。
千鶴は莉々亜を真っ直ぐに見つめた。
「俺は莉々亜を信じることに決めた。俺の知ってる莉々亜は、面白半分で兵器を作るような人間じゃない。人を軍事利用するような人間でもない」
そして千鶴は、頬を緩めて微笑んでみせた。
「戦闘機に乗る覚悟を求めながら、莉々亜は俺に戦闘機に乗せたくないと言ってくれる。責任と必死に闘いながら俺を心配してくれるなんて、莉々亜はやっぱり強いよ。そして優しい」
千鶴はクレインを見上げた。
「こんなもの、作りたくなかったんだよな?」
莉々亜は頷く。
「本当は人命救助のための機体を作ろうとしてたんだよな?」
もう一度莉々亜は頷いた。
「兵器になんてしたくなかったんだよな!」
「そうよ!」
格納庫に莉々亜の声が響く。
「兵器なんて作って何になるのよ! 人が死ぬだけじゃない! 兵器なんかで平和や命が守れるわけないでしょ! だから千鶴君に乗ってほしくないのよ!」
「だからこそ俺が乗るんだ!」
千鶴は大きく叫んだ。莉々亜が怯んだように身を縮めたのがわかった。
千鶴は声を落として続けた。
「だから俺が乗るんだ。莉々亜が不本意に作ることになった戦闘機……。俺はそれに乗って、莉々亜のその思いを守る。莉々亜が作ったこのクレインが人を不幸にする兵器に成り下がらないように、俺が守るんだ!」
大声で言い切ると、その叫びの残響が聞こえそうなほど格納庫は静まり返った。莉々亜は大きな瞳を見開いている。
千鶴は莉々亜にほんの少し歩み寄った。こちらを見上げる莉々亜の瞳は潤んでいる。ずっと必死に気を張っていたのだろうが、やはり莉々亜も不安でたまらないのだ。
静寂が張りつめていた。その中で千鶴は静かに言った。
「でも、それは莉々亜のための理由だ。俺自身の理由はそんなにかっこよくないよ」
「千鶴君の理由……?」
反芻した莉々亜に頷くと、千鶴は視線を落とした。




