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RedWing ~光翼のクレイン〜  作者: やいろ由季
第六章 トロイの鷹
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決別④

「雪輝……!」


 千鶴はファルコンの消えた空を睨んだ。

 雪輝が憎いわけではない。自分自身が憎かった。同じ赤色人種だったのに雪輝のことを見抜けなかった自分を悔しく思った。


 赤色人種には赤色人種にしかわからない苦しみがある。

 千鶴がその記憶を意識の奥底に封じてしまうほどだった火星での生活は、同じように生まれた雪輝も経験しただろう。赤い鳥の幻覚は千鶴の幼少期の自由を奪った。雪輝も苦しんだに違いない。


 赤い髪を、赤く変化する緑色の目を、雪輝は周囲に何と言われて生きてきたのだろうか。


 雪輝は髪を黒く染め、本来の緑の瞳を黒のカラーコンタクトで隠していた。雪輝が時折赤色人種を軽蔑するような発言をしていたのは、雪輝が雪輝自身をそう思っていたからだろう。そう思わされるような環境で育った証拠だ。


 赤色人種に他の人種と比べて劣ることなどない。そもそも優劣など存在しない。そう言って励まし合い、これまでの苦しみもこれからの未来も、色々なことを分かち合えるはずだった。


 それなのに気付けていなかった。だから雪輝は行ってしまった。


 背後で燃え上がる炎が、まるで雪輝の怒りや絶望そのものに思えた。


「俺が気付くべきだったのに――!」


 千鶴は膝をつき、強く握った拳を地面に叩きつけた。


「千鶴君」


 千鶴の前に、誰かが膝をついた。

 誰と問うまでもない。莉々亜の声だ。しかし千鶴は莉々亜の顔を見ることができなかった。


「私のことは憎んでくれていい。でも、そのままでいいから聞いてほしいの」


 莉々亜の声は驚くほど凛としていた。


「雪輝君が言っていた通り、次世代戦闘機はもう一機あるわ」


 千鶴は思わず顔を上げた。

 莉々亜の真剣な眼差しが千鶴を見つめていた。


「だけど、今の千鶴君に次世代戦闘機を預けることはできない」


 戦闘機に乗る理由。莉々亜がこだわるのはそこだろう。千鶴はそれがわかっていたから、反論はできなかった。


「だからといって、雪輝君を追いかけないわけにはいかない。あれは特殊な戦闘機なの。外部にシステムの漏洩は許されないわ。それに……雪輝君を放っておくわけにはいかないもの」


 莉々亜は悲しそうに目を細めた。

 千鶴は重たい吐息と共に頭を抱えた。ただの防衛官候補生に何ができるわけもない。千鶴は自分の無力さを身に染みて感じた。


 だがそこへ、莉々亜が意外なことを告げた。


「だから、もう一機の次世代戦闘機をこれから用意するわ」

「……誰を乗せるんだ?」

「あの戦闘機に乗れるのは、千鶴君だけよ」


 莉々亜は視線を落としてしばし沈黙すると、再び顔を上げた。


「千鶴君は乗りたい?」


 赤色人種を軍事利用して作られた次世代戦闘機。それを非難しつつ、雪輝は乗って行った。


 呆れのため息が多くて冷たく思われがちだが、本当はみんなで撮った記念写真をわざわざ写真立てに飾ってくれる友人思いなやつだ。そうして大切にされていた写真が割られているのを見て、さっきの言動がどうして本心と受け取れるだろうか。


「いつもちぐはぐなんだよ! 思ってることと、やってることが!」


 千鶴は地面についた拳を握りしめ、顔を上げて立ち上がった。


「莉々亜、次世代戦闘機を用意してくれ」


「千鶴!」

 少し離れたところにいた陽介が制止するように呼び止めてきたが、その後に言葉は続かなかった。


 ゆっくりと立ち上がった莉々亜に、千鶴はもう一度強く言った。


「あれは雪輝の本心じゃない。だから俺が乗って、雪輝を連れ戻す」

「こんな私がつくった、赤色人種を利用する機体でも?」

「それでしか雪輝を追えないのなら」


 千鶴は莉々亜の目を見続けた。


 莉々亜はしばらく千鶴の気持ちを確かめるように目を合わせていたが、ふと辛そうに視線を落とした。


「今から準備に入るわ。もう一機の次世代戦闘機はまだ初期起動も済んでないから、動かせるようになるまで少し時間がかかる。それまでに考えておいて」


 莉々亜の強い眼差しが、もう一度千鶴を捉えた。


「その時に聞くから。千鶴君が戦闘機に乗る理由を」


「わかった」


 千鶴の返事に莉々亜は頷くと、肩からかけていたポシェットから、莉々亜に似つかわしくない軍用ID端末を取り出した。


「その端末を使う必要はない。状況は把握した」


 唐突に割り込んできた声の方へ振り向くと、白い制服の長身の男が立っていた。


「早乙女二尉……!」


 制帽のつばに手を添えながら、常影は辺りを見渡した。


「これはまた豪快にやられたものだ。スパイの存在は想定内だが、まさか櫻林館の学生として潜り込んでいたとは、一本取られたな」


 この状況でも常影は不敵に笑みを湛えている。隣には格納庫で会ったスーツ姿の男が立っていた。


 常影は制帽の下の瞳を細く歪めた。


「随分と熱心に専属パイロットの身辺調査をしていたかと思えば、恋人ごっこですか、本田先生」


「なんと言われても仕方ありません。春日部莉々亜の心を殺してでも、本田莉々亜の信念を貫くと決めました。それが私がしてしまったことの代償です」


 いつになく大人びた莉々亜の眼差しは、凛としていながらもどこか張りつめていた。

 それはずっと前に滑走路で見かけた白衣の女性のものだった。冷たく見えていたのは、彼女の強張りのせいだった。


 くすりと笑って、常影がこちらを向いた。


「それで、貴様の方は『その先』を見ることができたのか?」

「……いえ」


 格納庫での常影の言葉の意味は、今もよくわからない。

 常影はポケットから軍用ID端末を取り出し、操作しながら言った。


「騒がしく暴れるしか能のないニワトリはいらん。ニワトリなら大人しく小屋で飼われていればいい」

「早乙女二尉!」


 睨む陽介に挑戦的な笑みを向けたまま、常影は言った。


「ニワトリはいらんと言ったまでた。誰がニワトリとまでは言っていないが、心当たりでもあるのか?」


 鼻で笑いながら言うと、常影は端末を耳に当てた。


「私だ。今しがた盗まれた次世代戦闘機ファルコンの奪還のため、これより戦艦松波(まつなみ)でスクランブル発進する。針路は火星航路。乗艦命令を出すのは最小限の乗組員のみに留めろ。松波にはもう一機の次世代戦闘機を急いで積み込め」


 常影はスラスラと指示を出してゆく。


「コンテナのままでかまわん。丁度ここに本田研究員もいるので同乗してもらう。初期起動は発艦後におこなう。パイロット候補もここにいるので問題ない。では頼んだ」


 端末を早々にしまうと、常影は陽介に向いた。


「ところで、その戦闘服と鷹のシンボルは葉山家のものだな。葉山家の人間でありながら櫻林館の通信管制科に入学したという変わり種はお前か」


「……葉山家当主の長男、葉山陽介です」


「都合が良いので同行願おう。何せ極秘扱いの機体なのでな。次世代戦闘機との通信と機体の管理を頼む」


 思わぬ命令だったのか、陽介は驚きの表情をすぐに引き締めて大きく頷いた。


「了解!」


 陽介の返答に満足して背を向けた常影を、千鶴は思わず呼び止めた。


「早乙女二尉! 俺に次世代戦闘機を任せてもらえるんですか……!」


 常影は笑みを湛えたまま、制帽のつばに手を添えて振り返った。


「それを決めたのはそこの小娘と貴様だ。私の指揮のもとで乗るなら私の足を引っ張るようなヘマはするな。それだけだ」


 そしてつばを降ろすと、白い戦艦が停泊している港へ踵を返した。

 スーツの男も、千鶴に念を押すような視線を残して常影と並んで港へ歩き出した。


「了解!」


 千鶴は敬礼と共にそう叫ぶと、莉々亜と陽介と共に港へ走った。


 夜空には赤い星が二つ並んで輝いていた。

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