決別②
櫻林館に到着すると、千鶴はバイクを寮の前に乗り捨てて雪輝の部屋へ走った。最上階までのエレベーターがもどかしい。
八階への扉が開くと、千鶴は廊下を走った。考査明けの連休なので部屋を空けている者が多く、寮は静かだった。
部屋の前まで来ると、千鶴はインターホンを押した。返答がくるまでの時間さえ惜しく、千鶴は扉を叩いた。
「雪輝! いるか! いるなら出てきてくれ!」
それでも返答はない。
「いないのかな」
陽介がそう言うので、千鶴は焦燥を抑えて扉を叩くのをやめた。その代り、ドアノブに手をかけてみた。
「開いてる……!」
あっさりドアノブが動いたので拍子抜けしてしまったが、千鶴は我に返って扉を引いた。
部屋は真っ暗だった。
部屋に上がって明かりをつけると、コーヒーメーカーが置かれた小さなキッチンの奥に、備え付けの机やベッド、クローゼットがしつらえられた部屋がある。首席ではないが成績優秀な雪輝は個室を与えられているので、全て一人分だ。
いつも通りベッドの白いシーツは整えられ、床にもちりひとつない。しかしそこに雪輝の姿はない。
「どこへ行ったのかしら……」
莉々亜が不安げに呟く。
「こんな時にどこへ行ったんだ!」
胸騒ぎはどんどん膨らんでゆく。何か手がかりはないかと部屋を見渡すと、机の上の分厚い資料に気が付いた。
極秘と書かれた資料を手に取ってめくってみると、次世代戦闘機ファルコンの詳細や操縦方法の解説が細かく記されていた。
「どうしてこんなものがここに!」
そしてふと視線を移した先のゴミ箱に、写真たてが捨てられているのを見つけた。
拾い上げてみると、それは千鶴が渡した雪輝の誕生日を祝った時の四人の写真だった。しかしそのガラス板は何かが叩きつけられたかのように蜘蛛の巣状にひび割れている。
「雪輝……!」
トロージャン・ホークによるフェスティバル襲撃。雪輝はその後から何かと理由をつけて一人で行動することが増えていた。隠し事もしているようだったが、千鶴はあえてそれが何かを問い詰めることはしなかった。
しかし道場でひとり形で汗を流している姿を見つけたあの日、雪輝は笑いながらこんなことを言っていた。
――俺がいなくても課題くらい一人で片付けられるようにならないと、後悔するのはお前なんだからな――
あの時は日常の会話の一部でしかなかったが、今なら意味深に捉えてしまう。
陽介が揃えた謎を解くピースの中に雪輝を当てはめると、描ける筋書きはとんでもない方向へ向かってしまう。
「くそっ!」
千鶴は資料を投げ捨て、雪輝の部屋を飛び出した。
◆ ◇ ◆
雪輝の心中は本人さえ驚くほど穏やかだった。
いや、冷めているという方が正解なのかもしれない。最初からこうなることはわかっていたのだ。櫻林館に入れられた理由も、飼いならされた鷹として働くためだったのだから。
雪輝は紫色のパイロットスーツを身にまとい、同じ色のヘルメットを抱え、静まり返った格納庫の中で次世代戦闘機を見上げていた。
戦闘機に変形可能なヒト型の機体。紫色でところどころに黄色のパーツがあり、白いラインが走っている。ファルコンというその名の通り、ヒト型であってもどことなく鳥を思わせるデザインだ。
資料を見ているだけでもそうであったが、現物を見て雪輝はさらに呆れていた。いくら見栄えを良くして好感度を高めたところで、所詮兵器なのだ。それも、特殊なシステムを搭載している。
「何のために作ったんだか……」
ため息交じりにそんな言葉が漏れてしまう。
良からぬ者の手に渡れば軍事開発に革命が起こり、この世の兵器は一変するだろう。同時に、希少な赤い髪の者たちの価値は高まり、彼らはまた檻の中に引きずり込まれるだろう。
この特殊システムの技術を人々の生活に応用することもできただろうに、国はそれを兵器として使う道を選んだ。
「いつの時代も科学は兵器のために発展するのか。ホント、ご愁傷様だよ」
雪輝は他人事のようにそう呟いた。
静かな格納庫には外の足音もよく響いてくる。雪輝は足音の方へわずかに顔を向けた。
勢いよく扉が開き、見慣れた三人が飛び込んできた。
真っ黒の戦闘服に身を包んだ陽介、不安に満ちた表情の莉々亜、そしていつもの能天気さなど微塵もない強張った顔の千鶴。三人は雪輝の姿を認めると、そこに立ち尽くした。




