二枚の写真②
「莉々亜、こっちだよ」
塀から覗いている莉々亜に声をかけ、腰ほどの高さの門を開けた。キィと音が鳴る。
「千鶴君、私かばん持つよ」
「いいっていいって」
笑って答えながら、敷石の先にある引き戸を開けた。カラカラと音が鳴って、ピアノの音と元気いっぱいの幼い歌声が溢れだした。下駄箱の先には左右に廊下が伸びているが、直進すれば中庭に繋がっている。千鶴は下駄箱を通り過ぎ中庭に出た。
中庭からはコの字型の建物がよく見渡せる。教室で園児たちが口を大きく開けて歌っている姿もよく見えた。
「かわいい!」
莉々亜が目を輝かせながらそう言うので、千鶴はそれとなく聞いてみた。
「莉々亜は子供好き?」
「大好きよ! とってもかわいいもの!」
そう言って顔をほころばせながら園児たちの様子を見ていた莉々亜は、不意に千鶴に振り返った。
「どうしたの? 私、顔に何かついてる?」
千鶴は「なんでもないよ」と慌てて首を振った。
「莉々亜は将来いいお母さんになりそうだなと思って」
そう言ったところで、元気な合唱が終わった。その隙に、手を振って大声で呼びかける。
「花江せんせー! 今帰りましたー!」
ピアノを弾いていた女性は驚いた様子で振り向くと、すぐに顔いっぱいに優しい笑みを浮かべた。
「千鶴君、お帰りなさい!」
園児たちを他の女性に任せ、花江は一人つっかけを履いてやってきた。
「待ってたわ! あらあら、また背が伸びたのかしら」
にっこり微笑む花江。
眼鏡をかけて、豊かな黒髪は緩く大きな三つ編みにしている。歳は三十代だが、そのほんわかした雰囲気が実年齢よりかなり幼く見せていた。
昔は千鶴と視線を合わせるために膝をついてくれていたのに、今では千鶴が花江を見下ろしている。
「あー、伸びたかな。そういえばこのズボンも少し短くなったような気がするし」
「どこまで伸びるか楽しみね」
嬉しそうにそう言ってから、花江は千鶴の隣に目をやった。
両頬に手を当てて、またまた満面の微笑みを浮かべた。
「女の子を連れてくるって聞いてたけど、こんなに可愛いなんてどうしましょう!」
莉々亜は緊張しているのか、頬を赤くしながら「春日部莉々亜です。二日間お世話になります」とお辞儀をした。
「伊崎花江です、よろしくね。しっかりしてて笑顔の素敵なお嬢さんね。そうだわ、今日はお寿司を頼もうかしら! 千鶴君がこんなに素敵な彼女を連れてきたんだもの!」
「ちょ、ちょっと待って!」
千鶴は慌てて舞い上がる花江を制止した。
「彼女じゃないって! そんなこと言ったら莉々亜が困るよ」
「あら、お付き合いしてないの?」
「してません!」
千鶴が断言すると、花江は残念そうに、けれども疑いの眼差しで二人を交互に見た。その疑いを晴らそうと千鶴は言った。
「本当は陽介と雪輝も誘ったんだけど、予定があるみたいでさ」
「あらあら、それは残念だわ。雪輝君っていう子に一度会ってみたかったのに」
「お会いしたことはないんですか?」
莉々亜が尋ねると、花江は肩を落として「そうなのよ」とため息交じりに言った。
「いつも話に聞くからどんな子なのかしらと思ってね。千鶴君の相棒なんでしょう?」
「ええ! アクロバットも息がぴったりで本当に仲がいいんです! 私、櫻林館のコーヒーショップでアルバイトしてるんですけど、陽介君も交えていつも三人でお店に来てくれるんですよ」
花江は「まあ、それは楽しそうね!」と両手を合わせた。
「陽介君も背は伸びたの?」
千鶴は「うーん」と呻ってから、「莉々亜と同じくらいかな」と答えた。
「よしよし、みんな成長してるわね」
満足そうに頷くと、花江は二人に促した。
「千鶴君の部屋はまだ空けてあるから、千鶴君はそこを使って。莉々亜ちゃんは私の部屋でいいかしら?」
「はい!」
莉々亜の明るい返事に、花江も「じゃあとりあえず荷物を置きに行きましょうね」と嬉しそうに言った。
莉々亜にボストンバッグを渡すと、花江と共に保育園の中に上がっていった。
花江と楽しそうに廊下を歩いていく姿を見て、千鶴もよかったと胸をなでおろした。そして保育園の裏にある懐かしい木造の別棟へ向かった。




