暗闇の鷹③
薄暗い部屋の中で、煌々とモバイルノートタブレットのディスプレイが光っていた。
コンピューターが何台も並ぶ、人の気配のない櫻林館の情報資料室。櫻林館に関する情報や麗櫻国のみならず、世界の軍事情報をまとめた資料が安置されている。
古い年代の資料は紙ベースだが、ほとんどのものはコンピューター内のデータベースに蓄積されていた。
櫻林館の学生ならば自由に出入りできる部屋であるものの、データベースならば寮のパソコンからもアクセスできるので、わざわざここに来る者は滅多にいなかった。
その部屋の奥に、金庫のような頑丈な扉がある。厳重なロックで施錠され、この中にもコンピューターが設置されている。
こちらには国家機密レベルの情報が蓄積されており、ネットワークは麗櫻国の限られた上層機関としか繋がっていない。
もちろんそんなコンピューターは自由に学生が触れるられるはずもなく、頑丈な扉を開けるのもコンピューターを動かすのも相応の権限やキーが必要であった。
しかし現在その金庫のような扉は非正規に開かれ、薄暗い部屋に一台のモバイルノートタブレットのディスプレイがぼんやりと光っていた。
常設されているデスクトップコンピューターのモニターは真っ暗なままだが、本棚のように立ち並ぶ大型コンピューター本体は動いていた。それと接続されているのが、モバイルノートタブレットだった。
小さなディスプレイの光を受けて浮かび上がる人影は、ノートタブレットのキーボードに指を滑らせている。
「『人工ROPシステム』……?」
人影はそう呟いて手を止めた。しばらくして、またキーボードが音を立てる。タイプ音は次第に早くなったが、また不意に止まる。
「まさか、あれを再現しただと?」
しばらく人影はディスプレイを食い入るように覗き込んでいた。
キーボードの上に置かれていた手が突然握りしめられる。
ぎりぎりと強く握られた拳は、すぐそばの壁に振り上げられた。だがそれは、叩きつけられる寸前で止まった。
「ふざけるな! 俺たちを何だと思ってやがる!」
拳を握りしめ憤りを押し殺し、それからまたキーボードを叩き始めた。
荒々しいタイピングの音と共に、コンピューターの唸りが大きくなる。
「人工ROPシステム開発についての論文か。軍を持たないと宣言しておいて、麗櫻国も卑怯なことを――」
人影の声が途切れた。短く息を吸い込む音がして、しばしの沈黙の後で「嘘だろ」と絶望の滲む声がぽつりと落ちた。
「そうか。姓が変わっていたから気付かなかったのか……」
しばし人影は動かなかったが、やりきれない様子でうなだれると、「くそう!」と声を荒らげた。
唐突にポケットの中が震えだした。
人影は軍用小型通信機を取り出すと、受信ボタンを押して耳に当てた。
「何だ、こんな時に」
「いやぁ、お久しぶりです。ちゃんとお仕事して下さってるかなぁと思いまして」
声だけなのに、男のニヤニヤと笑う顔がありありと脳裏に浮かんだ。
「今作業中だ。邪魔するな。切るぞ」
「おやおや、それは失礼しました。でもこれも私の仕事なもので」
くすりと声が漏れた後に、男は続けた。
「いくら有能でも、あなたは所詮飼われた鷹ですから。こうしてたまに確認しておかないと逃げられてしまうかもしれませんし、許してください」
増幅してゆくばかりの苛立ちを、人影は語気に込めた。
「ちゃんと獲物を持ち帰ってほしいなら黙って待っていろ」
「ええ、今は邪魔しないようにそうします。楽しみにしていますよ。では」
切られた通信機を握りしめ、叩きつけようと振り上げたが、これも思いとどまった。その代り、噛みしめた奥歯がギリリと鳴る。
ウエーブのかかった黒髪の下に覗く瞳には、憎しみの色が強く宿っていた。




