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RedWing ~光翼のクレイン〜  作者: やいろ由季
第二章 フェスティバル
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思わせぶりなサンドイッチ④

 白衣をまとったポニーテールの少女は、研究室の窓辺でため息をついた。


 丁度この位置からは遠くにではあるが航空宇宙防衛隊本部が見える。夜空の下、海辺に沿うように灯る滑走路の照明が皮肉にも美しかった。

 窓の外を眺めてどれだけの時間が経っただろうか。とても長い気もするし、そう錯覚しているだけで実は全く時間が経っていない気もする。


 とっくに日も暮れた夜の研究室には誰もいない。スタッフのほとんどはすでに退勤し、残っている者も別の実験室に出払っていてここにはいない。


「明日なのね。もう私の手の届かないところへ行ってしまう……」

 静寂の中ぽつりとつぶやいたとき、研究室の扉がノックされた。

 応答をする間もなく開けられたところに、白い隊服に身を包んだ金髪碧眼の男が立っていた。


「これは遅くまでご苦労様です、本田先生。今日中にお会いできてよかった」

「こんな時間に何のご用でしょうか、早乙女さん」

 本田は語気を強めた。若い女だからと舐められないよう、早乙女航空宇宙幕僚長の子息である早乙女常影の目を見据えた。


「そんなに怖い顔をなさらずに。遅くなりましたが、前日のご挨拶に来ただけですから」

 そんなことを言いながら不敵な笑みを隠さない常影に、本田は心労を覚えて思わずため息をもらした。


「そのようなお気遣いなど結構です。あの機体を正しく使っていただけるのでしたら、それ以外に望むことはありません」

 そう本田が言い放っても、常影は笑みを崩さず大げさに肩をすくめてみせた。


「兵器の正しい使い方など、人それぞれです。人を救うために使う者もあれば、人を殺すために使う者もいる。それが現実ですよ」

 容姿は似ても似つかないが、やはり早乙女幕僚長の子息だ。本田はやるせなく肩と視線を落とした。


「何をそんなに落ち込まれるんです? あなたが作った兵器じゃないですか。抑止力として国の盾となるのです。もっと自信をお持ちになってもいいと思いますが」

「あなたのような人には、きっと私の気持ちなどわからないのでしょうね」

 睨みつけて言ったのに、常影は小さく鼻で笑い捨てた。


「我々の仕事は綺麗ごとで片付けられるものではありませんのでね。あなたもそれをわかっていたからこそ、次世代戦闘機の稼働条件を厳しくしたのでしょう? あなたが開発したあのシステムは、搭乗者を制限するためのものでもあるのではないですか?」

 図星をつかれて、本田は押し黙った。


 見透かすように常影の目が笑う。

 まるでそれを隠すように、常影は制帽のつばをほんの少し下げた。


「明日のフェスティバルでは私がファルコンに搭乗します。私は赤色人種ではないので簡単な操作しかできませんが、間違った使い方をしないよう努力させていただきますよ」


 あからさまな皮肉を残して、常影は「では」と去っていった。


 扉が閉まり静寂が戻った研究室で、本田はうつむいたまま両手の拳を握りしめ、しばらくの間立ち尽くした。


◆ ◇ ◆


 研究室を出て白い廊下を突っ切ると、研究棟のエレベーター前に雉早が立っていた。


「待たせたな」

「いや。もっとかかると思っていた」

 雉早と合流してエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押した。


「それで、どうだった?」

 雉早の簡潔な問いに、常影は後ろ手に組んで口の両端を吊り上げた。


「やはり搭乗者の制限は意図的に厳しくしている部分もあるようだ。確かにあのシステムは理論的に赤色人種にしか動かせんが、もしかするとスペックを落とせば赤色人種以外にも乗りこなせるのかもしれん」

「それを本田研究員が?」

 思い出して常影は思わず鼻で笑った。


「かなり虚勢を張っているようだが、所詮小娘だ。少し挑発しただけで顔に出る」

「そうやってすぐに敵を作るのはお前の悪い癖だぞ」

「誰彼構わず易々と同情や慰めの言葉をかけられる性格ではないのでな。致し方あるまい。その点はお前に任せる」


 一階に到着したエレベーターを出ながら言うと、雉早の短いため息が続いた。

「常影。本田研究員は我々側についてもらわねば困る。今後に支障をきたさないためにも、もう少し気を遣え」

「それは大丈夫だろう。我々は永野防衛大臣側だ。それに、私が気に食わないからというだけであのクソ親父の方へつくと思うか?」

 研究の廊下を歩きながら、横目で雉早を見た。


 雉早はあまり表情が豊かな方ではないが、感情はよく顔に出る。

 一瞬そうかと納得したように目をわずかに見開いたが、すぐに眉間にしわを作って難しい顔をすると、じろりとこちらを睨んできた。


「どちらにもつかないという選択肢もあるだろう」

 お堅い官僚のイメージそのものの雉早ではあるが、昔からのそういった素直な部分に常影はくすりと笑った。


「それはもっともだが、多分大丈夫だ」

「根拠はあるのか?」


「ひるみながらも鬼の幕僚長に意見する女だ。自分の信念を守るためならいくらでも意地を張るだろうからな。まあ、途中で折れなければの話だが」

「お前がへし折ってしまいそうだから言っているんだ!」

「仕方ないだろう。鉄は熱いうちに打てと言うからな」


 必死な雉早に、常影は声を上げて笑った。

 研究棟を出ると、夜空に大きな月が出ていた。

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